虹のワルツ

10.踏み切りの向こう側(美奈子)


夏碕ちゃんは、大会が終わった後、しばらく落ち込んでいた。
無理もないかもしれない。応援に行ったんだけど、最後の最後でリボンが脚にひっかかって、大幅減点。惜しくも入賞を逃してしまった。
努力家の夏碕ちゃんだから、何て声をかけていいのかわからなかった。けど、意外なところで夏碕ちゃんを励ましてくれた人がいた。
それが今、私の隣の席の不二山くん。二学期初めの席替えでは私と夏碕ちゃんが不二山くんを挟んだ位置に落ち着いて、それからなんとなく三人で休み時間に喋ったりする。柔道部設立のために日々がんばっている不二山くんは、夏碕ちゃんが落ち込んだ経緯を聞くとこう言った。
「悔しいよな。俺もわかる、一瞬で負けに持ち込まれたことあるし。でもさ、一回ミスしたとこをもう二度とミスしないように気をつけるだけで、結構違うと思うけどな。小波が言ってたけど、瑞野ってがんばってんだろ?積み重ねてきた努力は絶対お前を裏切らない」
さすが。の一言だった。なんていうか、琥一くんとはまた違った意味でのお父さんだなぁ。なんて考えていると、HRを利用した、文化祭に向けてのクラス会議は終わりに近づいていた。
「では、多数決の結果文化祭の出し物は喫茶店に決定しました」
「みんなで協力して、明日の放課後から準備をすすめましょう」
喫茶店かあ。議長と副議長に拍手して、みな散り散りに帰宅、クラブへ向かっていった。私は夏碕ちゃんと帰ろうと思って声をかけようとしたけど、夏碕ちゃんと不二山くんはなにやら話している。なんだろう。
「どしたの?」
「おー。俺さ、イベントで柔道の百人掛やろうと思ってたんだよ」
「でもね、やっぱりクラス出展と同時だと大変だと思うから、不二山くんがそっちに集中できるように先生に話してみたら、って……」
百人掛がなんなのかよくわからないけど、多分柔道部の設立のために何かやるってことだろう。不二山くんががんばってるのも知ってるし、少しくらいならお手伝いしたいし、できると思った。
その日のうちに三人で職員室に行って、大迫先生に許可をもらった。その後は流れで喫茶店によって、私と夏碕ちゃんもビラの版作りを手伝うことになった。
「イラストとか入れたいね」
「ミヨに頼む?美術部だし」
「そうだね……うん、ちょっとメールで聞いてみる」
不二山くんは早々に烏龍茶を飲み干して、氷をがりがり食べている。
「顔広いよなー。ホント、お前らに頼んでよかった」
「私たちが?」
メールを打ってる私の代わりに、夏碕ちゃんが返事を引き受けてくれた。
「うん。だって俺だけだったらすっげえ暑苦しいビラになってただろうしさ」
「そうかな……。でも、顔が広いのは美奈子ちゃんだと思うよ?」
「そうなのか?」
えっ、なんでそういう話になるの?
「そうそう。だって、この前なんて生徒会長とか、設楽先輩とも普通に話してたし」
「へー。小波ってすげーやつだったんだな」
「そ、そうかな…………。あ、メール帰ってきた!OKだって!」
今度ミヨに、何かお礼しなきゃ。

その日は不二山くんが飲み物代をおごってくれて、なんだか気が引けてしまった私たち二人はビラ配りも手伝うことになった。言い出したのはこっちだけど、今思えば上手く乗せられた気がする……ま、いいか。
不二山くんとは家が逆方向だから、私と夏碕ちゃんが並んで二人で帰る。
「そういえば、もらったハンカチ使わないの?」
ミヨへのお礼を考えていたら、ちょっと前に夏碕ちゃんから聞いた話を思い出した。
ちなみに例のハンカチは見せてもらってはない。だって、“なんだかもったいなくて”なんて言ってるんだもん。
「え?うん……」
「えー?もったいないなぁ……」
「だって……でも、本当、ここまでしてくれなくてもよかったのに」
困った笑顔だ。なんだかんだで夏碕ちゃんも嬉しいのかもしれない。
「はい、それより今は文化祭の準備と不二山くんのお手伝いを考えないと!」
「そうだね。じゃあ明日の休み時間に三人でまた話そうか」
今日決められなかった細かいレイアウトとか、ミヨからイラストをもらってきたりとか。
あ、こういうのいいなあ、なんか高校生って感じ。
でも、それにしても夏碕ちゃんが元気になってよかった。

20100712