虹のワルツ

12.踏みつけた影の持ち主(夏碕


………………視線が痛い。

追い立てられるように教室を後にして、人の多い廊下に出ると一気に注目を浴びた、気がする。
あ、メイドさんだ。誰?一年生?どっかのクラスの出し物?メイド喫茶なんてあった?
文化祭ではしゃいでる人たちの声は大きめで、ひそひそばなしのつもりだろうけど一々耳に入ってきてしまう。メイド喫茶って、何……。俯いてため息を一つ。
「お前何してんの?」
声をかけられて後ろを振り向く。焼きそばのパック二つとペットボトルを抱えた不二山くんだった。
「びっくりした……」
「そういやさっき、おんなじかっこの小波とも会ったけどさ、なんでそんなヒラヒラの着てんだ?」
うっ。やっぱり変だよね。
こうなってしまったいきさつを話すと、不二山くんはちょっと顔をしかめた。
「ひょっとしてさ、俺の手伝いさせちまったからクラスの奴らがお前らに損な役させてんのかな」
「えっ?そんな……」
楽しんではいたけれど、そういう……悪意めいたものは感じなかった。
「もしくは、あんまりクラス展示の手伝いできなかったのをいいことに勝手に決めたとか」
あ、それはあるかもしれない……。でもどっちにしろみんな、嫌がらせのつもりは毛頭ないと思う。
「まあ、いいんじゃねーの?変な格好じゃねーし、喫茶店っぽいじゃん」
「ええ?喫茶店ぽい?……っていうかそんな、他人事みたいに……」
「だって他人事じゃん」
けろりと言ってのける不二山くんにデジャブを感じた。いいやこれはデジャブじゃない。
夕方前から百人掛で、そのために腹ごしらえをしているらしい不二山くんは「がんばれよー」と、まさに他人事を決め込んで廊下の向こうに立ち去った。
残された私と、腕の中の看板。3枚を張り合わせて強度を増したダンボールに、パステルカラーの不透明インキで書かれた『1−A 喫茶店 ミルイヒ』 ミルイヒって、何……。
ともかく一周してくればいいんだから。深呼吸をして気合を入れなおして、新体操演技用スマイルを貼り付けたそのとき、
「うっわ!何この子!かっわいい!」
「君一年生?A組の喫茶店かあ〜」
野太い声とともに、行く手を阻まれた。男の人二人。……誰?
「あれー?先輩に返事は?」
「す、すみませ……」
上級生だったんだ……。じりじりと何気なく距離を縮めてくる二人から逃れるように私も後ずさりすると、壁にぶつかる。
これってよく漫画とか映画である、やばいかんじ……なんじゃ……。
「で?喫茶店やってるんでしょ?」
「は、はい……A組の教室で」
「その格好いいね〜。女の子みんなメイドさんなの?」
「いえ……私と、もう一人だけで……」
ふぅん。その人は興味を失ったようで、かがめていた上体を起こした。なんとなくほっとしたのもつかの間、いきなり肩を抱かれた。
「だったら喫茶店に行くより君とデートしたほうがいいな」
「ちょっ……あの、困ります!」
いやだ!反射的に手を退けようとして身をよじった。看板が床に落ちて軽く跳ねる。下手に抵抗したのがまずかったと思った。もう一人が私の手首を掴んで苛立たしそうに口を開いた。
「あんだよ、おとなしくついてこ……」
言葉が途切れる。
「どうし……げっ…………」
もう一人の言葉も途切れる。
二人の視線の先に、琥一くんがいた。
「オラ、痛ぇ目にあいたくねえならとっとと消えな」
ドスの聞いた声に、二人は「ひっ!?」と情けない声を上げて逃げ去った。「たわいねぇ」と琥一くんが、私の頭の上で呟く。
なんだかよくわからないけど、助けてもらったんだろう。琥一くんがここに、どうしているのかわかんないけど、きっと偶然。安心して力が抜けて、しばらく動けそうになかった。
「……お前はお前で何つー格好してんだか」
呆れた声を聞くのは何回目だろう。
いつもは、怖いとは思ってるけど嫌じゃない。嫌じゃないのに、今は違った。もどかしくて、反論する。反論っていうか、口答えだ。
「……琥一くんこそ何してんの」
俯くと、転がったままの看板が目に入った。拾うためにかがむと、琥一くんが体の向きを変えながら言った。
「俺ぁ…………生徒会長に揉め事がありそうだったら止めろって言われただけだ」
ああ、それで校内を巡回してるのか。なるほど。
拾った看板を叩いて埃を落とす。
「私はクラスの喫茶店の、客引き」
「んな格好でかぁ?」
半そでのワンピースが寒い。脚はスースーする。ひらひらのエプロンは似合わない。
「………………もん」
「……あ?」
琥一くんの声が戸惑っていた。
「わたしだって、好きで着てるんじゃないもん…………」
油性インキでよかった。水性だったら、きっと滲んでた。目元をこすったら、本当に自分が情けなくなるみたいで、それだけはしなかった。片手で二の腕を抱いて、またひとつ、しずくが落ちる。
「おい、」
「じゃあ、私行くから。……ありがとう」
踵を返して歩き出そうとしたら、背中、というより体の後ろ全体に柔らかい衝撃が走った。
えっ、と思って立ち止まると、紺色の大きなブレザーがかけられていることに気づく。立ち止まったちょっとの間に琥一くんは私の前に回りこんで、ブレザーの両袖を一まとめにして引っ張った。
「来い」
「ひえっ!?」
ぐいと引っ張られて、琥一くんの背中にぶつかりそうになりながら歩き出した。歩き出さざるを得なかった。無茶苦茶力が強い。
「ちょっ、と!琥一くん!」
声をかけても振り向きもしない。
「どこいくの!」
「うるせえ」
にべもない返事に、また泣きそうになりながら、たどり着いた先はA組の教室だった。

ものすごく、悪い予感がする。

20100714