虹のワルツ

14.枯れ葉を踏む足がリズムをつくる(夏碕)


「夏碕ちゃーん、ちょっと」
文化祭が終わった翌日、久しぶりに部屋でゆっくりしていたら階下からお母さんに呼ばれた。今日はお着物の教室はお休みで、昼過ぎからお父さんと一緒に出かけるとか言ってたはずだけど。
「なに?」
「ゆっくりしてるのにごめんね?今からママたち出掛けるけど、ちょっとお願いがあるの」
着付けを教えている割に普段着は洋服が多かったり、自分のことをママと言ったり、変わった人だと思う。
「お願い?」
「いつものお花やさんに注文を出してて、今日届いたらしいけど受け取りに行ってくれない?」
いつもの、というのは、着付けの教室に飾るお花とうちに飾るお花を買っているのですっかり常連になった『アンネリー』のことだ。
お母さんは冷蔵庫に貼っていた、アンネリーの伝票の控えと、代金の入っているらしい封筒を手渡した。ついでに、はいお駄賃、と笑いながらぽち袋もくれた。ぽち袋は和柄なのに、着ている服はワンピースのスーツ。なんだか違和感を覚えてしまうのは私だけじゃないはず。
「いいよ。買ってきたらお水張って、浸けておけばいいでしょ?」
「助かるわぁ!じゃあ、美奈ちゃんと琉夏くんにもよろしくね」
いってきまーす。お母さんは楽しそうに玄関を出て行った。外でエンジンの音がするから、お父さんはもう車に乗ってるんだろう。
……美奈子ちゃんも琉夏くんも今日はお休みなのに。それにしても、いつまでも仲がいい夫婦だなあ…………娘が呆れるくらいに。
ちなみに、美奈子ちゃんは夏祭りの着付けの件、プラス、アンネリーでのアルバイトのせいでお母さんに覚えられている上にかわいがられている。かわいそうに。花を買いに行くたびにいらんことまで話してるんじゃないだろうか。美奈ちゃんとか呼んじゃってるし。
そのつながりなのか前から目をつけていたのか、母さんは琉夏くんのファンだ。学校でもモテモテ(本人談)なんだからしょうがないといえばしょうがないのかもしれないけど。本当に妙なこと言ってないといいんだけど。『私があと20若かったら!』とか。美奈子ちゃんが浴衣を着たときも、
『最近の若い人もちゃんと着物着てくれるんだから、うれしいわぁ』
とかなんとかいって喜んでた。美奈子ちゃんも一緒にきゃいきゃい騒いでたから、実はあの二人が親子なのかもしれない。……なーんて。


「いらっしゃい」
私を出迎えてくれたのは、店の外を箒で掃いていた琉夏くんだった。あれ?今日もアルバイトなのかな。
「こんにちは」
「あ、夏碕ちゃんだったんだ。お買い物?」
「んー、お遣いかな。この伝票、琉夏くんに渡してもいいのかな?」
「どれどれ?」
一つにくくった髪が、秋の風に揺れた。細くてやわらかい髪なんだろうな。
「オッケー。俺が出してくるから、中に入ろ?」
「掃除は?」
箒を店の壁に立てかける琉夏くんに聞くと、「だって寒いし、仕事には変わりないし」との返事。ああ、寒がりだもんね。大きなジャンバー羽織ってるけど、おいつかないのか。

「はい、お待たせしました。いつもありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。母がお世話になっています」
笑いながらお互いにお辞儀をした。
「それにしてもさ、夏碕ちゃんのママって若いよね」
「そう?」
琉夏くん、ママとか言うんだ……。
「うん。美奈子ちゃんも言ってるし店長も言ってる」
「えっ、それ、恥ずかしい」
「いいじゃん、それに綺麗だし」
琉夏くんが丁寧に包んでくれた花束を受け取りながら、まるで我が事のように照れてしまった。
「どっちかっていうと変わってるよー。今日だって子供みたいに、スキップするみたいにしてお父さんと出かけて行ったし」
「あはは、仲いいんだ」
「娘が呆れるくらいにね」
レジカウンターを挟んでお話していると、店長らしき人が声をかけてきた。
「ん?瑞野さんとこの?」
「あ、娘です。母がいつもお世話になっています」
「いやいや、こちらこそ」
また同じやりとりだ。
「桜井、お前はもう今日は上がって良いぞ。休みなのに悪かったなあ」
「はーい、お疲れ様でーす。あ、夏碕ちゃん、送っていくよ」
「え?あ、じゃあ待ってるね?」
店長さんのご厚意で、大きな紙袋に花束をまとめて入れてもらった。おかげでずいぶん持ち運びやすくなった。

「おまたせしました。夏碕ちゃん、それ俺が持ってあげる」
黒いジャケット姿になった琉夏くんは、私の腕から紙袋を奪っていった。いや、奪うといっても無理矢理じゃないんだけど。
「ありがとう」
「お得意様だからね」
やっぱり笑顔が人懐っこいので、つられて私も笑う。
「そういえば、今日もアルバイトだったの?」
「うん。今日入るはずだった人が風邪で、俺がヘルプ」
「わ、お疲れ様です。いいの?送ってもらって」
「だって夏碕ちゃんの私服姿って初めて見るから、目に焼き付けておこうと」
えっ?と琉夏くんを見上げると、品定めをするように視線を上下に動かしていた。
「流行の色だね、コート」
軽いコートは去年買ったものだったから、うっかり“そうなの?”と聞くとボロが出そうなので曖昧にうなずいた。
「それから……」
「えっ?まだ続くの!?」
「だってめったにないし。あ、夏碕ちゃんが今度デートしてくれるなら、やめる」
「デートぉ!?」
デートって、そんなお付き合いもしてないのに!
声に出さずとも、私の表情を読み取ったように琉夏くんは笑った。
「そんなに変かな?」
「変っていうか、その……」
「美奈子ちゃんとは行ったりするよ?コウと三人でも行くし」
三人でもデートなんだろうか。
「夏碕ちゃんも誘おうって言ってたけど、クラブとかあるから忙しいかなって思って」
「そうだったの?」
ますます、デートなんだろうか。いや、ダブルデート?誰と誰の組み合わせ?
そんなことを考えていたから、今度みんなでどっか行こうねって言われても生返事しかできなかった。

結局家の前まで琉夏くんに送ってもらった。あたりは薄闇に包まれ始めて、冬がもうそこまできてるんだなって思う。
「ごめんね、家まで持ってもらって。せっかくのお休みなのに遅くなっちゃったし」
「いいよ。コウがバイクで迎えに来てくれる」
「あ、そうなんだ?」
「……ホントはわかんない。ちょっと電話してみる」
ちょっと困ったように笑う琉夏くんが携帯を取り出しながら震えたので、それにここまで荷物を運んでもらったお礼も兼ねてコーヒーでもどう?と誘ってみた。琉夏くんは嬉しそうに笑って、琥一くんに電話をしながら玄関をくぐった。
「コウ?俺。……うん、そうそう……」
後ろで通話中の琉夏くんをダイニングに誘導する。椅子に座るように手で示して、私はキッチンに向かってとりあえずお湯を沸かすことにした。薬缶をコンロにかけようとして、大きな鍋に気がつく。なんだろう?
蓋を開けてみると、何故か筑前煮がたっぷり入っていた。あれ?母さんたちは外で食べてくるって言ってたはず。ついでに炊飯器も、きっといつもの癖でセットしちゃったんだろう、あと10分で炊き上がるみたいだ。どうしよう。
「うん、夏碕ちゃんち。わかる?……ん、じゃあおねがいな」
琥一くんは来てくれるみたいだ。よかったね、と私。さすがに歩いて帰すのは私も気が咎めていたから。
「コウが来てくれるって」
「みたいだね。……あの、琉夏くん」
「なに?」
本当はタッパーにでも入れて持たせようかと思ったけど、琥一くんも来るしご飯も炊けちゃうから、
「ご飯、食べていかない?」

20100719