虹のワルツ

16.バランス感覚の悪い少女(琉夏)


“クリスマスが今年もやってくる”
美奈子ちゃんの鼻歌は、もう随分前から某フライドチキン屋さんのCMでおなじみの曲だった。家にテレビがない俺でも知ってる。
クリスマスまであと一週間という日、バイト先で流れる曲もクリスマスソングばっかりだ。どこに行っても同じかもしれないけど。ウチ、アンネリーも例に漏れずクリスマスリースやらポインセチアの鉢植えやらが特設の台の上に並んでいて、美奈子ちゃんはそれがどうやら楽しいらしい。ここのところやたら、その台を気にかけている。
「クリスマス、楽しみ?」
肩を叩きながら声をかけると、俺と同じような一つ結びにした小さな頭が振り向いた。
「もちろん!」
満面の笑みって言葉がぴったりの笑顔は、見ているこっちまで穏やかな気分になる。ずっと前からそう。
「パーティもあるし、すごく楽しみ!こないだね、カレンたちとドレスも買いに行ったの」
「へぇ」
どんなドレスなんだろう。
「高校生なのに、こういう機会があるのっていいよねぇ。琉夏くんたちも来るでしょ?」
「え?」
正直、どうするか迷ってた。クリスマス当日ならバイトもかき入れ時だろうし、時給も上がるかなあとか考えてたから、当然来るだろうと言わんばかりの顔に俺はちょっとたじろいだ。
「あれ?行かないの?」
でもこんな風に言われると、
「行くよ。ドレス姿を拝みに」
「え?……もう!」
と、言わざるを得ない。

「というわけで」
帰宅早々、コウに服を貸してくれとせびることになる。いやまあ、確かに俺は日常的にコウの服を借りてるけど。
夏碕ちゃんのママに『遅くなるとお惣菜が安くなるのよ!しかも美味しいの!』と教えてもらったスーパーの袋の中身をカウンターに出しながら、相変わらず仏頂面のコウに向かい合った。
「てめえで買え」
案の定、にべもない返事がまず返ってくる。
「そんな金あると思う? ほら、これ買ってきたからさ」
半額シールのついた牛肉コロッケのパックを渡すと、コウはながーいため息をついた。
「割に合わねえ」
そんなことを言いながら、コウは絶対貸してくれる。スリーピースのスーツが二着あるの、俺知ってるから。
コウはぺろりとコロッケを平らげると、自分の部屋へ戻っていった。予定調和気味な会話も、もう何年繰り返してるだろう。俺はこの先、あとどれくらい、コウに甘えるんだろう。
ああ、やめだやめ。そんなことを考えるのはもうやめた。ポテトサラダと、それから春巻き。それが今日の晩御飯。足りなさそうだからホットケーキ、焼こうかな。即物的なことを考えていると、もっと高次の悩みをあまり気にしなくてすむ。俺はひょっとしたら、それを無意識に感じ取ってここで暮らし始めたのかもしれない。
そんなことは、ないんだろうけど。

パーティの前日に知ったんだけど、どうやらパーティは食べ放題らしい。おかげで俄然やる気が上がった俺とコウは、ばっちりスーツを着こなして会場へと向かった。
にしても、理事長の家でパーティとか本当にすごいと思う。全校生徒が入れるだけのホールがある家とか俺見たことない。
何故か花椿さんのファッションチェックを受けて、その横にいたみよちゃん(怒られるけど呼ぶ)と美奈子ちゃんに挨拶をした。三人ともドレス姿が決まってて、いい目の保養になった。ただ気になるのが、そこに夏碕ちゃんがいなかったこと。
「夏碕?壁の花になるって言ってたよ?」
青いチャイナドレスの花椿さんがおかしそうに言った。壁の花?
「あそこ」
みよちゃんが指差した方向に、グレーがかった白のドレスを着た夏碕ちゃんがシャンパングラスを片手にたたずんでいた。話をしているのはクラブの先輩かな。大会のときに見たような気がする。
「具合でも悪ぃのか?アイツ」
コウがちょっと眉をひそめながら言った。
「そういうわけじゃないみたいだけど、もったいないよね!行こ!」
美奈子ちゃんの言うとおり、まるでお姫様みたいに変身した夏碕ちゃんがひっそりとしているのはもったいない。ということで、先輩方とのお話が終わった頃を見計らって、俺とコウと美奈子ちゃんの三人で突撃した。
ローストビーフとフライドポテトと、それからチキンサラダの乗った皿片手に。

「あ、メリークリスマス」
夏碕ちゃんに近づくと、何か違和感を感じた。何だろう。
「メリークリスマス…………んんー?」
「どうしたの、琉夏くん」
あ、わかった。違和感の正体。
「夏碕ちゃん、背のびた?」
ぽかんと口を開けてしまった夏碕ちゃんの横で、つやつやのバルーンスカートのドレス姿の美奈子ちゃんが笑った。
「靴のせいでしょ」
いやいや、わかってますよ。ちょっと冗談を言ってみただけで。
「やっぱり変だよね、私背が高いのにこんなに高いヒールの靴なんて……」
あらら、俺、地雷を踏んじゃったかも。夏碕ちゃんがしゅんとしてしまったので、美奈子ちゃんがフォローする。
「変じゃないよ!似合ってる!」
どうやら靴のサイズが同じ花椿さんに、無理矢理ハイヒールを履かされたらしい。結果、履き慣れなくて歩きづらくて、結局壁の花にならざるを得なかったとのこと。本当にパーティ開始から一歩も動いてないらしい。
ドレスと同じ色合いのパンプスは、とても似合ってると思うけど。にしても、何かを髣髴とさせるな、夏碕ちゃんのドレス。
「あ!わかった……コウ、ちょっと横に並んでみて」
「あ?」
ぐいと手を引いてコウを壁際に立たせると、思ったとおり、
「アン王女とグレゴリー・ペック!」
「わ!ローマの休日!」
「でしょ?コウ、ふけ顔だし」
余計な一言にいらっとした顔のコウの横で、また夏碕ちゃんがぽかんとしている。俺と美奈子ちゃんは一緒にポテトをつまみながらはしゃぎ続けた。
「夏碕ちゃんは髪をまとめてあげてるし、」
「琥一くんはオールバックだし」
「ティアラがあったら完璧だね」
「さすがに売ってないよね」
「SRじゃなくてべスパだったらよかったのに」
「それはドレスじゃやらないでしょ」
なんて、勝手なことを言ってたらコウに睨まれた。別に、けなしてるわけじゃないのに。
「あ、ほ、ほら!琉夏くんお寿司が出てきたよ?」
照れてるのか、ホントに恥ずかしかったのか、さすがにたまりかねた夏碕ちゃんがテーブルのほうを指しながら困った顔で訴えてきた。うーん、仕方ない。
「じゃあ俺いってこよ」
「まだ食べるの!?」
美奈子ちゃんには呆れられたけど、こういう生活だとお寿司なんて滅多に食べられないし。
「琥一くんは?」
「あー…………んじゃ、俺も行くかな」
夏碕ちゃんは別に、コウに関しては追い払おうとしたわけじゃないと思う。
「お前、ろくに食ってねえだろうから取ってきてやるよ」
コウのセリフに、嬉しそうな顔をしていたから。
そのときの夏碕ちゃんは、いつものお姉さんっぽい顔じゃなくて、かわいい顔をしていた。いつもがかわいくないわけじゃないけど。
ところでコウは、見た目の割に本当に気が利く、いいヤツだと思う。なんとなく、夏碕ちゃんと似てると思う。保護者属性とか、口下手っていうか、口数が多くないとことか。
クリスマスにお寿司なんてちょっとずれてるかもしれないけど、美味しかったし楽しかったからいいや。
美奈子ちゃんは「ホワイトクリスマスがよかった」なんて言ってたけど、俺は寒いの苦手だから雪なんて降らなくてよかったと思う。
うん、総合的に見てすごくいいパーティだったな、ホント。

20100722