虹のワルツ

17.めぐる明日に花が咲く(カレン)


ミヨと夏碕とバンビにメールは完了。部屋の掃除も完璧。お気に入りの茶葉はお店で補充済み。
「あ、と、はー……」
うふふとほくそ笑みながら、一度洗って糊を落とした4着の“パジャマ”を丁寧に畳む。
「バンビはともかくー、ミヨと夏碕は絶対嫌がるのかなー」
でもそれを着せるのがカレンさんの役目でしょ!アタシはもう一度うふふと声を漏らしながら笑った。

今日は女の子4人のパジャマ・パーティ。

最初に来たのは時間に厳しい夏碕だった。厳しいって言うか、常に10分前行動っていうか、自分が遅れるのが嫌なだけで、人を待つのは別に嫌じゃないらしい。変わってる。
「うわあ……広い…………本当にここに一人で住んでるの?」
「うん、まあ、ね?」
家賃を払ってるのはアタシじゃないけどね。
「すごいな……あ、カレン、これ母さんがお夜食にって」
「え、ホントー!?」
夏碕に手渡された包みの中は、かわいい箱に入った野菜チップス。プラス……
「“レンジで作りました。油を使ってないから夜中でも安心です^^”……ママわかってるー!」
ドクロクマの便箋に書かれた綺麗な字を読むと、夏碕も苦笑した。あ、バナナとリンゴも入ってる。
「いいの?」
「いいの!たまには贅沢したいの!」
さすがに夏碕も新体操部だから急激な体重の増減や体型の変化がないように気をつかってる。アタシがモデルをはじめてからは、美味しいものを食べたいのにできない、その苦労を分かち合う仲間。
ピンポーン。
「あ、着たみたい」
「迎えに行ってくる!あ、そのへん座ってて!」
ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら玄関に向かう道すがら、アタシは段取りを考える。
ええと、とりあえずパジャマパーティは夜で、それまでに何をするのかっていうと…………。

「……ファッションショー」
ミヨがいつもの高くもなく低くもないテンションで呟いた。
今何をしているのかというと、まぁ、一言でいうなら着せ替えバンビ?夏碕とミヨは紅茶を優雅に飲みながら、ニコニコしている。
「本当。ファッションショーだ」
「はーい、じゃ次コレ!」
60年代のお嬢さんみたいなワンピースを着たバンビに、次の衣装一式を渡した。ちなみに、コーディネートは昨夜遅くまでかかっていくつも考えた。まだあと20着分はある!やっぱりバンビみたいにかわいい子にかわいい服を着せるのはすっごく楽しい。
「これ、私よりも夏碕ちゃんに似合う気がする……」
バンビがアウターのジャケットを開き、ひっくり返し、をしながらアタシにささやいた。
「そう?夏碕がこれ?」
「うん!」
あ、バンビがちょっと意地悪そうに笑った。なんかこういうとこ、似てきたよねアタシたち。
「夏碕、ちょっとこれ着てみてよ!」
「私が?」
もちろん、こそこそささやきあっていたアタシたちに突然声をかけられた夏碕は驚いてる。
「うんうん、ちょっとでいいから着てみて?」
「う、うん……?」
一応別の部屋に夏碕を閉じ込めた。ミヨが怪訝そうに聞いてくる。
「何着せるの?」
「えっとね……ホットパンツと、それから……」
バンビ、正しくは『クラッシュドホットパンツと三段フリルのキャミソールとラビットファーのコート』です。
「へー……」
ミヨが意外そうな顔をした。確かにアタシも、夏碕がちょっとセクシー系の服を着てるのは想像できないかも。いやいや以外に似合うかもしれない。何しろ、
「夏碕ちゃん、脚細いし長いし絶対似合う!」
バンビの言うとおりの体型なんだもの。おしゃれしないのがもったいないくらいに。
「だよね!バンビもファッションのセンス、上がったよね!」
「ほんと?嬉しいな……」
「ということで、はい次はこれ!おしゃれ道をさらに極める!」
「はいっ!」
あー、ヤバイ。超楽しい。あ、どうせだからあのニーハイブーツも出しておこうっと。それからバンビには……。

「着てみたけど……」
全体的にすーすーする……と夏碕は太腿をさすりながら出てきた。あ、かがむと胸元が無防備。
「いいじゃん!いい、いいよー!」
「ほら私のいったとおりだったでしょ?」
「うん、似合ってる。大人っぽくてすごく綺麗」
「ほ、ほんとにー?」
照れながらもまんざらではなさそう。アタシはさりげなく、脚が寒いならと言ってハイソックスを差し出した。疑いもなくそれを履く夏碕の横で、ティアードスカートにデニムジャケットのバンビがとても得意そうにしている。
「夏碕、髪も整えてあげる」
めずらしく気乗りしたのか、ミヨが夏碕の髪を整え始めた。うん、まあ珍しいもんね。というか、珍しいものがそろったというか……。
「んじゃ、かわいく変身した二人にちょっとお遣い頼んじゃおうかな?」
夏碕の顔色が変わった。
「大丈夫!そこのコンビニで“はばたきミックスジュース”買ってくるだけだから!」
「二人だから大丈夫だよ?夏碕ちゃん」
バンビはきっと、文化祭のことを言ってるんだろう。実際のところ又聞きだから、アタシも詳しい話は知らないんだけど。
「いいよ。行ってくる」
夏碕は多分、へどもどしたままじゃいけないってこともわかってるんだろうな。まぁそれもあるんだけど、本心はこの、かわいーく変身した夏碕を街中に見せびらかしたい気分だから。
「じゃあコーディネートの仕上げに、夏碕はこれ履いて!バンビはコレ、撮影のサンプルでもらってきたの。アタシには小さいからプレゼント!」
黒いエナメルのニーハイブーツと、白いウエスタンブーツをそれぞれに渡した。
「いいの!?かわいい……!カレン、ありがとう!」
「いいのいいの!」
「ちょっとカレン……これどうやって履くの……」
いやファスナーついてるから。上がりかまちで奮闘する夏碕を手伝って、身長がアタシより高くなった夏碕と、ヒール高4センチじゃとうていアタシには及ばないバンビを見送った。
「“はばたきミックスジュース”、4つだよね?」
「うん!」
「じゃ、行って来ます」
ドアが閉じられると、残されたミヨに向き直る。
「さーて……」
「私は着ない」
何も言ってないのに……。

20100724