虹のワルツ

20.砂糖をスプーンに一杯(夏碕)


バレンタインにチョコを作ると言い出したのは美奈子ちゃんで、カレンとミヨはそれを手伝ったみたい。
みたい、というのは、私は新体操部の同級生のイノちゃんとサリーちゃんのチョコ作りを手伝うことになったから。ちょっとだけ紹介すると、イノちゃんはサバサバした気の強い子で、井上さんだからイノちゃん。サリーちゃんは天然パーマののんびりおっとりした子で、長くなる前の髪型が“魔法使いサリー”に似ていたからサリーちゃん。命名はイノちゃん。ちなみに本名は「古めかしいからサリーでいいもん」と言ってめったに口にしない。中等部時代はクラブで学年一人だったけど、二人が入ってくれたおかげで楽しい。
で、私は不器用な二人にブラウニーの焼き方を教えたんだけど、あの二人、失敗の連続でなんと私の作るはずだった分の材料がなくなってしまった。
「はー……どうしよう」
と、二人が帰った後の夜のキッチンで思案する。残っているのは小麦粉。何かほかにないのかなと思って戸棚を開けると、ホットケーキミックスと粉ゼラチンぐらいだった。困り果てて冷蔵庫を開けても、お菓子作りに役に立ちそうなのは卵と牛乳とバターぐらい。
作れそうなものがない上に、そもそもたくさん作らないといけないわけだから……。とりあえず私は冷蔵庫に貼ってあるメモ紙を一枚とって、あげる人リストを作り始めた。
「ええと、美奈子ちゃんとカレンとミヨに渡して、それからクラブのメンバーに、大迫先生に……」
同じクラスの、仲のいい男子にもあげようかな。不二山くんと……あ、クラスは違うけど琉夏くんにもあげよう。そしたら琥一くんにもあげないと変だし……。
でも、不二山くんや琉夏くんは甘いものも食べれそうだけど、琥一くんはどうなんだろう。
そんなことを考えている間にも時間は過ぎて、もうすぐ夜の8時だ。ていうかおなかへったな。先に食べよう。
出張の父さんと、友達と遊びに行っている母さんのいない家に一人、冷蔵庫の中に入っている作り置きの晩御飯を取り出しながら、とあるものに気がついた。しばらくそれを見つめながら、ホットケーキミックスの裏を確認して、それから引き出しの中を確認する。
いける。

2月13日の学校はなんだか雰囲気がフワフワしてる。女の子も男の子もそわそわしていて、そうじゃないのは先生方ぐらいかも。
大きな紙袋の中身を、先に大迫先生とクラスの分から配り終わって、昼休みにその他の人たち、放課後にクラブの人たち。お世話になってますの意味を込めてもいいよね、バレンタイン。
まずはHR前に不二山くんと美奈子ちゃんに、それぞれ青とピンクの紙袋を手渡した。男の子用が青、女の子にはピンク。
「おー、サンキュ!腹減ってるから今食ってもいい?」
不二山くんは喜んでくれた。って、朝から食べるの!?といおうとしたら大迫先生が現れた。特別な連絡事項のないHRの後は、女子が先生に群がって紙袋やら箱やらを手渡している。私も美奈子ちゃんもその中の一人。
「大迫ちゃん、めっちゃモテモテじゃん!」
「うらやまし〜」
「はいはい男子やかない!」
両手を叩きながらの女の子の声にどっと教室が沸いたところで、「コラー!静かにしないとまた氷室先生に怒られるだろー!」と大迫先生がチョコの山に埋もれながら注意した。でも、先生も嬉しそうだし、いいよね。

「瑞野」
HRが終わったあと、不二山くんに声をかけられた。
「うまかった!朝の糖分補給ができた」
「えー!?本当にもう食べちゃったの!?」
「おう」
ま、まあ……早弁常習犯の不二山くんなら可能だよね……。
美奈子ちゃんからももらった紙包みは、休み時間に食べようとしているらしい。すごい……。

昼休みになると、いつもより教室を行き来する女子が増える。何故かイノちゃんとサリーちゃんからもブラウニーをもらって、私もドーナツの包みを一つずつ渡した。結局昨日はホットケーキミックスを使い切ってドーナツをたくさん揚げた。油きりの網に乗り切らなくて、ばたばたしながら作ったけど、味は大丈夫だろう。……なんたってホットケーキミックスなんだから。情けないけど。
カレンとミヨにも渡したし、あとは琉夏くんと琥一くんだけど、クラスが違う上におとなしく席に座ってる人でもないから探すのも大変そう。
ということで、彼らに渡すチョコを用意している美奈子ちゃんと手分けして探そう、ということになった。

購買前、渡り廊下、中庭。探しても見つからない。さすがに一筋縄ではいかないと思いながら自販機でカフェオレを買っている最中に、ポケットの携帯が震えた。美奈子ちゃんからのメールは『おくじょう』と一言だけ。屋上?変換する手間も惜しむほど急がないとまずいのかと、私はカフェオレの缶をひっつかんで中庭を走り抜けた。

「今日は俺、ご飯代かからなくていいからラッキー」
「全部チョコですますの!?」
「…………考えただけで胸焼けする」
屋上の端に陣取っている三人は、そんな会話をしていた。小走りで近寄ると、琉夏くんが目を輝かせていた。期待されてる?
「夏碕ちゃん」
名前を呼ばれているだけなのに、このプレッシャー……。
「あんまり期待しないでね?」
琉夏くんには青い紙袋、それから琥一くんにはネイビーの少し大きな紙袋。
「やった!ありがと!」
「俺にもあんのかよ?」
琥一くんは意外そうな顔をしていた。その横で、昼ごはんを食べていた美奈子ちゃんが「ちゃんとお礼を言う!」とたしなめる。なんか、美奈子ちゃんもお姉さんみたいになってきたな、最近。
琉夏くんはウキウキしながら(そう見える)紙袋を開けて、覗き込んだ。美奈子ちゃんにあげたものと同じだから美奈子ちゃんは覗き込まないけど、琥一くんはちょっと気になるみたいに、柵に背中をつけたまま琉夏くんを見ていた。
「あ、ドーナツだ!」
「ごめんね?簡単なものになっちゃって……」
昨夜の話をすると、琉夏くんは感心したような顔になった。そのあと、俺ドーナツも好きだよ?とフォロー(なのかな?)される。
「でもコウの袋のが大きい……」
「ああ、中身が違うから……」
「違うの?コウ、ちょっとあけてよ」
「あ?今かよ?」
「見たいもん」
「あ、私も!」
琉夏くんと美奈子ちゃんに催促された琥一くん自身もちょっと興味があるのか、そんな顔で紙袋を開け始めた。
「お?」
「な、なんかバレンタインぽくないけど、ごめん!」
何故か咄嗟に謝ってしまった私を押しのけるようにして琉夏くんと美奈子ちゃんが覗き込む。
「いや、こういうバレンタインもいいと思うよ?俺」
「うん!琥一くんにはぴったり!私もそうすればよかったかな……」
うんうんと頷きながら、琉夏くんと美奈子ちゃんは私を褒めてくれた。琥一くんは、
「確かにな。全部こういうのなら俺だって飯代かかんねえのにな」
と、ちょっと笑いながら中身を取り出した。
「今食べるの?」
「腹減ってるしな」
「じゃあ、こんなこともあろうかと……」
お弁当袋から、二つ折りにして出すタイプのケチャップ&マスタードを差し出した。琥一くんは驚いたみたいだったけど、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
「お前……用意いいな」
「さすが夏碕ちゃん……」
半ば呆然としている美奈子ちゃんの声を聞きながら、私は琥一くんが“アメリカンドッグ”を食べるのを見ていた。
なんだろう、すごく嬉しい。どうしてかな。


その一ヵ月後のホワイトデー、たくさんの人からもらったお返しの中には琥一くんと琉夏くんからのかわいい包みもあった。
中身は……アナスタシアのフィナンシェ詰め合わせ。おいしそうだったけど、もったいないから少しずつ食べた。綺麗な箱は今、アクセサリー入れに仕立て上げて大事に使っている。
明日から、二年生。

20100725