虹のワルツ

34.体の奥底を刺激する痛み(夏碕


フォークダンスその他諸々の、そうせざるを得ない場合以外で男の子と手をつないだのは、恥ずかしながら初めてだったりした。
びっくりした。ドキドキした。なんでかわからないけど、いけないことをしているような気になった。
でもそれが琥一くんでよかったと思う。

「あー!夏碕さん!」

明日は文化祭という日、放課後の校舎はどのクラスも展示の最終準備に追われている。クレープ、たこ焼き、うどん、今年は食べ物やさんが多い気がする。私のクラスは今年はお化け屋敷で、私も裏方として大道具やら衣装作りにいそしんでいた。琉夏くんはオバケ役、というよりこんにゃくぶつけ係を買って出て、美奈ちゃんがオバケ姿で呼び込み係。琉夏くんは更に「コウさ、立ってるだけで脅かし役になれるよ」と言って「それ、オバケじゃないじゃん」と美奈ちゃんにツッコまれ、「お前ら喧嘩売ってんのか」と琥一くんに睨まれていた。琥一くんは結局裏方にまわって、比較的真面目に大道具を作っている。
私はというと当日のオバケ……というべきか、幽霊と言うべきか、の着付け担当で、今日は家庭科室の一角で衣装の仕上げをしているメンバーに届け物をしたその帰り、廊下を歩いているところだった。
声をかけた後に走りよってきたのは、新名くんだ。
入学式の日に変な再会をして以来、顔を合わせるたびに人懐っこく挨拶やら、それ以上の口説き文句(?)をかけてくれる。言っちゃ悪いけど軽い感じなのに、文武両道なのだからすごいと思う。
「ちょりっす!」
いつも思うけど、なんのことだろう。同じ柔道部の(新名君を毎日追い回している)不二山くんが「なんだろうな、チョリソーってな?」とか言ってたけど、それはそれで違うと思うし、なんなんだろう……。
そんなことは聞かずに、私の前で止まった新名くんに尋ねた。
「どうしたの?」
「うん、ちょっと来て欲しいから!」
「え?どこに?」
「うん、いいからいいから」
いや、よくないよ。と言う暇も与えず、新名くんは私の手を握って歩き出してしまった。
自然と、琥一くんと手をつないだことを思い出す。男の子って、気軽に手をつなぐんだろうか。いやいや、違うだろうきっと。新名くんと琥一くんじゃタイプが違いすぎるし、新名くんにとってはどうということない行為、なんだろう、きっと。欧米人の挨拶代わりのキスみたいな。うーん、それも違う気がする……。

新名くんに連れられてたどり着いたのは彼のクラスだった。
「ど?コレ。企画立案全部俺!」
片腕を教室の中に差し出すようにして、新名くんが誇らしげに見せてくれたのはスタンドのようなものにずらりと並んだ駄菓子。
「わ、懐かしい……」
量り売りなんだろう、透明なケースに色とりどりのゼリービーンズや丸いガム、きらきらの包み紙のチョコレートが、目移りしそうなくらいに詰まっている。それだけでもすごいのに、教室の中もノスタルジックなポスターや、紙風船とかのおもちゃで飾られている。本当に昔の駄菓子屋さんみたいだった。
「すごいでしょ?」
「うん、すごい……!ちょっと中、見ていってもいいかな?」
「オッケーに決まってるっしょ!」
新名くんに背中を押されるようにして教室の中に足を踏み入れると、一年生たちがちょっと興味津々な顔で私を見てきた。
「あれ?新名、その人……」
男の子が新名くんに訝しげな視線を投げた。後ろを振り返ってみると、新名くんはにやっと笑って私の両肩に手をぽんと置いて、
「あー?俺のカノジョ。だから手ぇ出しちゃダメ」
「はい!?」
違うでしょうと否定する間もなく、周りが騒然とし始めた。
「彼女いたの!?」「って、上級生じゃね?」「マジ!?」
男の子たちが騒いでいると教室後方のドアがガラリと開いて、見知った顔が入ってきた。
「新名!適当なこと言わない!」
「げっ……出た……」
新名くんがたじたじになった相手は、新体操部の一年生、つまり私の良く知る後輩二人だった。
夏碕先輩に手ぇ出したら許さないからね」
夏碕先輩、近づいたらダメです」
二人は私を新名くんから引き剥がすと、かばうように立ちはだかった。
「じょ、冗談じゃん!」
新名くんは両手を上げて降参するようなポーズをとった。私も二人の勢いにはいつもたじたじしてしまうので、苦笑いしかできない。噛み付かんばかりの勢いの二人は更に追撃するように口を開く。
「っていうか新名、夏碕先輩に手ぇ出したら桜井先輩にぶっ飛ばされるよ?」
「はっ!?」
「えっ!?桜井どっち!?」
「琥一先輩。ってかどっちでも怖いっしょ」
「そうなの!?夏碕さん!ちょ、言わないでね?俺まだ死にたくない!」
「言うも言わないも、それ違うから!」
それに琥一くんだってそんなことしないだろうし。
本気で怯えているように見える新名くんはもちろん、周り全体に対して弁明する必要が……というか、なんでそうなるのかと思って二人を腕を掴むと、
「だって、一緒に帰ったりしてるじゃないですか」
「一緒にいるとこよく見るし」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う二人をたしなめる横で、新名くんと男の子たちが話してるのが聞こえた。
「琥一さんって、でも他の女の人とも一緒にいねえ?」
「あ、美奈子さんだろ?だよなあ……っていうか、じゃあ夏碕さんは実はフリー?んじゃ俺、立候補……」
新名くんはニコニコしていたものの、またギロリと睨まれている。
「あ、えーっと、弟!弟に立候補!」
「ぶはっ!なんだよそれ新名!」
「まぁ……そんくらいならいいけど?夏碕先輩にいらんことしたら私らが許さないからね!」
「お前らマジ怖えっつーの!夏碕さんを見習え!」
「うっさい!」

妙に騒がしくなってしまった教室を後にしながら、なんだかもやっとした気持ちだった。
新名くんに「明日絶対来てね!」と言われて教室を出て、また廊下を歩いている間、もやっとする原因は何なのか考えていた。
でも考えてもちっともわからない。根も葉もないようなことを立て続けに言われたからかな。
「あれ? 夏碕!」
今日はよく声をかけられる日だなと思って振り返ると、カレンとミヨと美奈ちゃんがいた。声をかけたカレンが手を振っている。そして美奈ちゃんの手には何故か私の鞄。
「もーどこ行ってたの?」
「準備終わったから、鞄持って来ちゃった」
「帰ろう」
「あ……ごめん、ありがとう」
へらっと笑って、鞄を受け取ったら、少しだけ気分が晴れたような気もする。でもそうじゃない気もする。軽く混乱しているみたいだ。

夕焼けの中を、四人で歩いて帰る。そういえば四人で帰るのも久しぶりだった。てんでバラバラの長さの影が、時折入れ替わりながら家路をゆっくりと歩んでいる。その光景は、なんだか懐かしいような物悲しいような気分にさせた。
美奈ちゃんは明日が待ち遠しそうな顔で私たちに尋ねた。
「みんな明日はどうするの?」
「アタシはクラス展示と食べ歩きかなぁ」
「部の展示があるから。ね、夏碕
「え?」
ちょっとぼうっとしていた私は、ミヨが何を言っているのか最初、わからなかった。
「ほら、スケッチした」
「あ……そうか。うん、見に行くよ」
ミヨがちょっと気にしているような顔をしていたけど、私は気がつかないフリをして目をそらした。悪いことをしている気は、ある。あるから、タチが悪いんだろうけど。
「バンビはどうするの?」
気まずさを感じていると、お構いなしのカレンが美奈ちゃんの肩に手を回していた。
「え?ええと……どうしようかなあ」
美奈ちゃんは結構、行き当たりばったりな子だと思う。
「誰かと一緒に回るとか?」
「当日、監視しなきゃ」
カレンとミヨが意地の悪い笑みを浮かべると、美奈ちゃんは顔を真っ赤にしてしまった。
「しないしない!一人で回るもん、違うよ!?だって、る――」
寸でのところで口を塞いだ美奈ちゃんが何を言いたいのか、多分その場にいた皆がわかっていただろう。でも、誰も追及するようなことはしなかった。
“琉夏くん”、だろう。
ああ、そうだったんだ。そうとなれば、応援しなくちゃってそう思う。でもどうして私は今、美奈ちゃんの言葉を聞いて、ほっとしたんだろう。
カレンもミヨもニヤニヤしてる。私は自分がどんな顔をしているのかよくわからない。けど、二人とも美奈ちゃんの顔を覗き込んでいるから、きっと見られていないはず。
ようやく自分が笑っている実感が沸いてきたと思ったら、今度は二人の矛先がこっちに向いてきた。
「で?夏碕は?」
「――え?」
「誰と回るの?」
「誰とって……」
何かを確信したような顔のカレンに、クラブの二人と回る予定だと伝えたら怪訝な顔をされた。
「本当に?」
「本当だよ……嘘ついたってしょうがないでしょ?大体、二人が期待してるような相手なんて、いないもの」
言い切ると、何故か胸の奥がちくりとした。
「そう?」
「そうだよ?」
やましいことはないのに、私は顔を伏せてしまう。
「――そっか!」
カレンが無理して明るい声を出しているようだった。なんだか気まずい感じになってしまって、きっと私のせいだと思うんだけど、それがどうしてなのかわからないから、どうしようもなかった。
ごめん。
ごめんね。

でも私は、ヒロインにはなれない。

20100830