三年最後の、というよりは引継ぎ前最後の文化祭は滞りなく終わりそうだ。けれどこの後に控えているキャンプファイヤーが一番危険な気もするし、全部終わるまでは気が抜けないな。そう考えながら生徒会室を出てちょっと休憩、と校内を散策することにした。
どの展示もほぼ終了間際で、早いところは片付けを始めている。へえ、駄菓子バー、か。そういえば提出された企画書の中で見たような気もするけれど、実際に見てみると中々面白いことをやっていたんだなと実感する。というより、自分が楽しめない側にいたのかということを実感する。それも、しょうがないのかもしれないけれど。
ぶらぶらと目的もなく歩いていると、疲弊した顔の設楽と出くわした。
「設楽」
「!……ああ、紺野か……脅かすなよ……」
いつもとは別の感じに気を張り詰めている設楽は、僕の顔を見ると一気に気を抜いたようだった。それはそれでちょっと微妙な気になるけど。
毎年色んな女の子たちに追い掛け回されているのは知っているけど、今年はいつもより疲れている気がする。
はて、何か設楽が疲弊するような要素があっただろうかと考えて、企画書の一枚を思い出した。
「ああ、クラスの出し物で……」
「そうだ。酷い目にあった」
さも災難のように肩をいからせている設楽に、もうこの話題は振らない方がいいなと判断して、僕たち二人は校内を歩き回ることにした。
「なあ」
「どうした?」
いつものように口元に手を当てて考え込みながら、設楽はあたりを見回した。
「なんでこんなに人が少なくなってるんだ?」
確かに。終わりかけとは言えまだ文化祭の最中なのに人があまりいない。僕も同じように周りの様子を窺うと、どうやら各クラスのムードメーカー的ポジションの快活な生徒たちが揃って抜け落ちているように思えた。片付けや談笑をしているのは、大人しい生徒ばかりだ。
「あ、もしかして」
「なんだよ?」
「ローズクイーンの発表があってるんじゃないかな」
いつから始まったのか、生徒会が関わる公式のものではないからわからないけど、ローズクイーン決定の知らせは毎年体育館前の渡り廊下で行われている。
僕の言葉に対して設楽は、多少納得したような顔を見せた後にぼそりと呟いた。
「そういうの決めて、一体なんだって言うんだろうな」
「まあ……いいじゃないか。決められた本人は思い出が出来て嬉しいだろうし」
誰が決めているのか、そして今年は一体誰が女王になったのか、僕には知る由もないけれど。
「俺には関係ないけどな」
ツンとすましたように言う設楽も僕も、正直あまり興味がないようだ。
「あ、紺野先輩、設楽先輩」
立ち止まってぼうっとしていると、瑞野さんに声をかけられた。クラス展示で使ったのであろう小道具類をどこかに運んでいる途中のようだった。
「やあ、君か」
「お二人ともお疲れ様です」
瑞野さんはわざわざ荷物を廊下に一度下ろして、丁寧に会釈つきの挨拶をした。華やかさが評判の新体操部の部長は、今までにない穏やかな性格かつ優等生。こう言うと失礼だけど、正反対の見た目と気質の持ち主だと思う。
「俺は別に疲れてない。疲れるようなことをしていない」
「設楽、またそういうことを……」
言いかけて、別に不機嫌になっているわけではなさそうなのでやめる。二人は美化委員の仕事を通じてなにやらよく話すようになったらしいというのを、同級生から聞いた。
瑞野さんも設楽の悪態にはもう慣れてしまったようで、笑って流している。
「そうですか?お忙しくなかったのなら、お二人ともうちのクラスのお化け屋敷に誘えばよかったですね」
「ああ、B組はお化け屋敷だったね」
「へえ。お前が脅かし役でもしてたのか?」
「いえ、私は裏方だったんですけど」
前に出て行くタイプではないのかな。と、僕は勘ぐってみる。多分そうだろう。
「それより、君はローズクイーンの発表、見に行かないの?」
「私はちょうどこの時間がクラス展示の、ええと、店番?担当だったので……」
ああ、そういえば片付けの最中だったんだと、僕は引き止めてしまったことをちょっと申し訳なく思った。
「それに、あれって知り合いが選ばれたりしたら嬉しいですけど、あまり知らない人が選ばれても……」
「ふぅん、としか言えないよな」
相変わらず冷めている設楽の言葉に、瑞野さんはちょっと笑いながら同意した。でも確かにそうかもしれない。
「すみません、それじゃ私そろそろ……」
「ああ、がんばれよ」
「瑞野さん、引き止めてごめん」
「いえ、またキャンプファイヤーのときにでも」
そういうと、箱に入った小道具を抱えて彼女は廊下を急ぎ足で歩いていった。
「俺は詳しくないけど、」
設楽がその後姿を見送りながらぽつりともらす。
「ああいうのはローズクイーンの候補にはなれないのか?」
「……さあ……どうだろう」
僕も詳しくはないから。というか、人を指差すのはよくないだろう、設楽。
「でもあいつはちょっと、内面が地味だな」
どの口がそういうことを言うのやら。とんでもなく上から目線の設楽に呆れながら、でも確かにもっと華やかな場面に出て行けば女王らしさ、だろうか、そういうものが彼女にもつきそうな気はする。
「そんなに気になるなら、来年遊びに行くかい?」
「はぁ?」
げんなりした顔で僕を振り返った設楽は、ちょっと考えてから腕を組みなおして渋々のように口を開いた。
「まぁ……予定が合えば行ってもいいけど」
それが女王の条件になるのかはわからないけれど、設楽にここまで言わせたというのはかなりすごいことだと思う。女王ではない、また別の何かの称号もあってもいいんじゃないかなと思う程度には、僕も彼女に好感を持っているということだろう。彼女が言うとおり、確かに親しい人物が選ばれれば嬉しいと思うから。
その後、僕はキャンプファイヤーの準備も本番も片付けも問題なく終えた。
安堵感と一抹の寂しさを感じながら、篝火に赤く染まる空を見上げる。星はあまり見えなかったけれど、全校生徒の楽しそうな穏やかな笑顔がとてもすばらしく、価値のあるものだと思った。
プレッシャーに押しつぶされそうだった僕もなんだかんだ、高校生活を楽しんでいたんだろうなと、心からそう思えた。
20100907