虹のワルツ

43.どこかの国でだれかが笑う(カレン)


パジャマパーティーは大体二ヶ月か三ヶ月に一回のペースでやってるから、こんな風に前回からようやく一月経ったころにみんながアタシのうちに集まるのって実はけっこう珍しい。
何をしてるのかって言うと、明日にせまったバレンタインのためにチョコレート作り。
大好きなアイドルグループのバレンタインソングはもちろん、ラブソングもエンドレスリピートで流して、バンビと夏碕はガトーショコラ作りに奮闘している。ミヨは指示だしで、アタシは……雰囲気作り兼味見係?もちろん味見は太らない程度に、だけど。
いつもは一人ぼっちで寂しいアタシの部屋がチョコレートのにおいとかわいい曲のメロディーでふわっと満たされて、なんともほほえましい。
この時期になると街中が赤とピンクとチョコレート色に染まって、洋菓子店もデパ地下もコンビニも半分浮かれたような、もう半分は戦々恐々って感じの空気。そこかしこにずらっと並んだチョコレートは、試食品の味はもちろんだけど箱がかわいかったり形が凝ってたり、自分のためにだって買いたくなっちゃう。
お菓子会社の戦略でも、なんか経済効果的なものありそうだし(あんま詳しいことは言えないケド)、っていうかそれよりなにより、それに乗じてキモチ伝えることができるんなら、バレンタインってすごく素敵なイベントだと思うわけよ。


今週の頭、月曜日の昼休みだった気がするけど、アタシはたまたまその場面に遭遇してしまった。
「無理無理無理!」
悲鳴みたいな夏碕の声が廊下から聞こえてきて、何事かとそちらを見たら新体操部の井上ちゃんと夏碕が何か話している。
「またそんなこと言ってさ……いいじゃん。誘って、行ってくるだけっしょ?でーきるって!」
「無理なものは無理なの!」
「何が無理って?」
二人の頭の上からひょいと顔を覗かせると、井上ちゃんはしたり顔になった。
「いいところに!カレンもこの子を説得してくれない?」
夏碕を?説得って?」
「しなくていい……」
井上ちゃんが話してくれた計画を聞いて、それは確かに夏碕も「無理」というだろうと思ってしまった。


「新名くんが言ってたけど、それって手に入りにくいらしいよ?今」
メレンゲをあわ立てているバンビが、時々手を休めながら疲れたように笑う。
申し訳ない、ウチにハンドミキサーがあればよかったんだけど。
夏碕は話しかけられたくせにだんまりを決め込んでいる。ちなみにせわしなく動く手はグラニュー糖と卵黄をすり混ぜているんだけど、あれじゃちょっと混ぜすぎじゃないかな。
「ストップ。やりすぎるとボロボロになっちゃうから」
とうとうミヨに止められた。
「ごめん……」
ボウルと泡だて器をミヨに手渡すと、夏碕は自分の手を流しで洗っている。そんなに、飛び散るほどに力いっぱい混ぜてたんだろうか……。バンビと替わればよかったんじゃないだろうか。
湯煎して溶かしたチョコレートとバター、それから生クリームを、ミヨが慣れた手つきで混ぜ合わせる。さっきまで夏碕が混ぜていたボウルの中身に加えると、チョコバナナのようなマーブル模様になった。
「でももう誘ったんでしょ?」
「……うん」
物いいたげな夏碕はタオルで綺麗に手の水滴をふき取っている。「お菓子作りに水気は厳禁」と、ミヨが口をすっぱくして言っていたからだろう、多分。
「まさかOKされるなんて思ってなかった、もの……」


「カレンは知ってるよね?ウチの兄貴のバンドさ……うん、そう、“ReD:Cro’z”。……え?いや、ウチらはウチらなりに夏碕の入院には責任感じてるしさ?だからたまにはパーッと遊びに……オッサンくさいとか言うな。とにかくチケットを兄貴から二枚ゲットしたからさ、夏碕に琥一くん誘って行けば?っつってんのに無理ってしか言わないんだもん」
あの日井上ちゃんがまくし立てた内容はこんな感じだった。
“ReD:Cro’z”はメジャーデビュー目前なんて噂されるくらい人気のバンドだけど、夏碕とコーイチ君が楽しめるかって言われると言葉に詰まってしまう。
どちらかというと夏碕に同情しそうになっていたアタシに、更に井上ちゃんが畳み掛けた。
「そんな甘っちょろいこと言ってるから全然進展しないんでしょうが。どこに行くかじゃなくて二人でどっかに行くってのが大事なんでしょ。あとはどうにでもなるわ」
男前だ。正直、井上ちゃんは副部長より部長に向いてるんじゃないかと思ってしまった。
けど確かにモジモジしっぱなしの夏碕にはこのくらいの荒療治も必要かもしれない。
機嫌のよさそうな無表情なんてものがあるのかはともかく、いつもどおりの顔をしながらそれでも楽しそうな井上大先生の味方に寝返った(夏碕にはにらまれたけど)アタシも夏碕説得に加わった。井上ちゃんとアタシは同じくらいの身長だから、二人して夏碕を取り囲んでいたのは結構、絵的に色々問題があったかもしれない。まあとにかく、話だけはしてみると夏碕に言わせたそこで昼休みが終わった。
「あわよくば帰りに告白して来い。バレンタインだし」
夏碕曰く「無茶苦茶だよ……」な捨て台詞を残し、髪をなびかせて歩き去る井上大先生は非常にかっこよかった。
本当に兄妹ともに美形だ。お兄さんの姿はたまにCDショップのフリーペーパーなんかでバンドメンバーの写真として見たことがあるけど、ファンがつくのも納得できるほどの美形だった。
井上ちゃんもアタシのファンクラブの半分くらい持っていってくれないかな……。ダメかな……。

「バレンタインライブなんて、素敵だよね」
バンビがちょっとトリップ気味の声色で呟いている。
バレンタイン当日にデート、きっと日本中が愛の告白の嵐に包まれる。女の子からでも男の子からでも、どっちもアリだと思うから、このライブを主催してくれる“ReD:Cro’z”にアタシはちょっと感謝したい。大事な友達の代わりに。
それにかこつけて、とか、便乗して、とか、そういうのはかっこ悪いって思う子もいるかもしれない。けどやっぱり、背中を押してくれるイベントに頼ってもいいんじゃないかなあとアタシは思ってみたりする。
オーブンから甘い香りが漂ってきた。
…………。
明日のご飯を減らせば、今日はちょっと食べ過ぎてもいいよね?

20101005