虹のワルツ

50.夢をみせる優しさもない(美奈子)

3月12日

「やった!」
「あ、負けちゃった」
「……くだらねぇ」
三者三様の感想が何に対するものかというと、学年末テストの結果についてだ。
私が40位、琉夏くんが111位、琥一くんが112位。
「つーかさ、オマエけっこうがんばった?」
「実はね?ちょっとは見直した?」
褒められると嬉しいけど、照れちゃうのもあるからついふざけてふんぞり返ってしまう。
「見直すって……オマエが出来る子だってことくらい知ってるよ、な?」
琉夏くんは琥一くんを見ながら笑った。琥一くんも「まぁな」とふっと笑う。なんか保護者みたい。
でも今回のテストはしっかり勉強もしてたし、ヤマはってたのも当たったし、これなら来年度のクラスわけで選抜クラスに入れるかもしれない。入ることが目的じゃなく、入ってからが大変なんだろうけど。
琉夏くんと琥一くんは無理、っていうか望んでもいないだろうけど、ミヨと夏碕ちゃんとは一緒のクラスになれるかもしれない。
ミヨは今回、42位……あ、私ミヨに勝っちゃったんだ。なんかうれしいな。
「俺ぞろ目だよ」とかなんとか言って琥一くんに呆れられている琉夏くんはさておき、夏碕ちゃんは……。
「あれ?」
1位から50位まで見ても、夏碕ちゃんの名前がなかった。
まさかと思ってその下を見ていくと、顔を俯けないといけないくらい地面の近くでようやく見つかった。
「……え」
“140位 瑞野 夏碕
絶句してしまった私に気づいて、後ろでふざけてた二人が顔を覗き込む。夏碕ちゃんの名前を指差すと、そろって怪訝な顔になった。
「……どうしたんだろ」
「……具合が悪かったとか?」
私の独り言に、琉夏くんが答えた。
具合が悪かったなんてそんなことは、なかったはず。二月末に『もうすぐテストだね』って言いながら一緒に帰ったときは元気そうだったし、帰りにハロゲンで肉まんとピザまん買って食べ……それはどうでもいいや。
三月に入ってからも、特におかしいところはなかったし、とにかく夏碕ちゃんが不健康だったってわけじゃないと思う。
じゃあ何故だろうと考えながらちょっと顔を上げると、険しい顔をした琥一くんの眉間の皺が目に入った。


「責任?」
放課後、私と琉夏くんはウィニングバーガーに寄った。会話の内容は、先に帰ってしまった琥一くんと部活動に励んでいる夏碕ちゃんのことについて。
“限定復活!”の大きなポップに惹かれて選んだ照り焼きうどんバーガーは正直ビミョーで、琉夏くんと同じフィッシュフライサンドにしておけばよかったと思う。諦めてもそもそと炭水化物バーガーを口に運んでいると、琉夏くんは窓の外を見ながらぼそっとつぶやいた。
“アイツ、責任感じてる”
「なんで?」
白い大きな手でポテトフライを口に運びながら、琉夏くんは口篭った。顔をしかめて、
「今日のポテトさ、塩ききすぎてない?」
「……琉夏くん」
しょっぱいと言いながらも人差し指と中指をぺろっと舐めて、琉夏くんは笑った。
「アイツはさ、そんなこと気にする必要もないのに、余計なこと考えすぎて傷ついちゃうんだ」
琉夏くんのヘーゼルの目は、さっきと同じように遠くを見ていた。
修学旅行のとき、小樽の海を眺めていたときと同じ目だった。
時々琉夏くんは黙り込む。小樽のときもそうだったけど、私はその沈黙が嫌いじゃない。
何か考えているんだろうけど、私をそばに置いていてもいいって思ってくれているのならそれで十分だった。
でも今は違う。
アイツって誰のことだろうなんて、聞くのは馬鹿げている。それだけじゃなく、私は何も言えなかった。
琉夏くんの心の中に澱のようによどんでいる何かの正体が少しつかめそうな気がしたけど、それは私が知っていいものだとは到底思えそうにない。
そこまで立ち入っていけるのはきっと私じゃない。
どうしてだろう。
ちょっと前までは、どこかに飛んで行ってしまいそうな琉夏くんのシャツの裾を、一歩後ろで握り締めているだけで十分だったのに。今の私は彼の前に回りこんで何もかも問い質したい。
欲張りになってしまってる。
私のことをもっと知ってほしいし、琉夏くんのことがもっと知りたい。
二人の、重なる部分がもっと広くなればいいのに。そんなことばかり考えている。
そして気がついてそんな自分に嫌気がさしてしまう。
夏碕ちゃんと琥一くんのことを話していたはずなのに、私は自分のことばっかり考えてしまっているから。薄情者だって言われてもしょうがない。
きっとこんなとき、夏碕ちゃんは自分のことなんか差し置いて人のために動けるんだろうな。
だからクリスマスに倒れちゃうほど無理するし、クラブに遅れそうでも違うクラスの不二山くんに生徒会のプリント届けるし、ミヨのスケッチの申し出も快く引き受けるんだろう。それがあまりにも自然だから、私もみんなも夏碕ちゃんに甘えちゃうのかもしれない。
琉夏くんは琥一くんのことをきっと心配してるし、同じくらい夏碕ちゃんのことも気にかけてる。
琥一くんは夏碕ちゃんのことで心を痛めているし、琉夏くんのことも大事に思ってる。
私だけ、いつまでも子供みたいに自分のことばっかり――。

「どうした?」
琉夏くんに声をかけられて、はっと我に返った。
「やっぱてりう、ビミョーだろ?」
両手で抱えたままの照り焼きうどんバーガーに苦笑しながら、琉夏くんはポテトの残りを平らげた。
多分、今も琉夏くんは私に気を遣ってくれてるんだろう。
ハンバーガーの味なんて、今はどうだっていいことなのに。
「うーん……同じ照り焼きでもやっぱ照り焼きチキンにすればよかったかな……」
「それが正解だ」
二人で顔を見合わせて笑った。
なんだかうわべだけのようで、心苦しかった。
「ねえ、今度の日曜日、三人で新体操部の練習見に行こう?」
きゅっと手に力をこめると、照り焼きのタレがぷくりと浮かんだ。こぼれ落ちないように力を抜く私を笑いながら、琉夏くんは静かに頷いた。
きっとずっと私たちは一緒にいられると思う。それなのにどうしてこんなに、どうしようもない焦燥感でいっぱいになるんだろう。
カリカリのポテトフライは、確かにしょっぱかった。
涙の味のように。

20101107