虹のワルツ:番外 - if



風紀委員はじめました

やや肌寒くなってきた今朝はバイクを使わずに登校することにした。
歩いている最中もルカのやつはネックウォーマーを耳の下まで上げて「寒い」を連発している。海風にさらされる通学路を歩くのも急ぎ足になっている。
そのおかげだろう、いつもより早く学校に着いてしまったのは。

「……何してんだ?」
昇降口でクリップボードを抱えた夏碕の左腕に、生徒会のような腕章がついている。ついでに、気付くのが遅れたが横にいた小波の腕にも同じように腕章がついていた。
「何って、今週だけ風紀委員に任命されちゃったから、服装検査」
なんだそりゃと思う間もなく、ボールペンで首元を指される。
「はい、ボタンを留めてネクタイをちゃんと締めてください。ピアスも外して」
中々サマにはなっているが、それとこれとは別問題だ。
「やなこった」
通り過ぎていこうと思ったら、腕を掴まれる。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよ。ちゃんとしないとダメでしょ?」
「ウルセ」
何をやる気になってんだか。
ちゃんとしようがしまいが同じだろと言って腕を振り払おうとすると、夏碕は目の前に回りこんできた。
「ああそう?そういうこと言うなら力ずくでやるもん」
もん、って。
笑いそうになって鼻を鳴らすと、手が伸びてくる。ボタンを留めるんだかネクタイを締めるんだか、そのつもりだろうが俺だって黙ってはいない。
「甘ぇよ」
ひょいと片手で両手を纏め上げると、脇に挟んでいたクリップボードが床に落ちる。
「あっ、もう!離して!」
「離したら実力行使すんだろうが」
「あたりまえでしょ!もう、今ちゃんとしなかったら放課後呼び出しなんだよ?」
「へぇへぇ。それでいいから今は見逃せ」
行く気はさらさらないが。
「もー!」
ぱっと離してやると、両手をひらひらさせて「どうせ来ないくせに」だの、グチグチ文句を言っている。
とにもかくにも開放されたようなのでさっさと教室に向かおうとする俺に背中を向けて、夏碕は風紀委員活動とやらにまた精を出し始める。
「あ、キミ、ちゃんとネクタイ締めて?」
また誰かとっつかまったらしい。かわいそうに。
「すいませ〜ん、オレネクタイの締め方わかんねえッス〜」
「しょうがないのねぇ……」
慌てて振り返ると、夏碕がさっき俺にしたように、一年坊主のネクタイに手を伸ばしていた。
ガキのくせして鼻の下を伸ばした締まりのない顔に腹が立つ。
「待て」
「!?」
またも俺に両手を掴まれて、夏碕は呆気に取られたようだった。
「ちょっ……どうしたの?」
「気が変わった。呼び出しはカンベンしろ」
「はぁ!?」
夏碕の両手を引いて自分の胸元に倒れこむようにさせる。見せ付けるようで些か恥ずかしくはあるが、引きつった顔の一年には効果があったようだ。つーかなかったら恥のかき損ってもんだろう。
「…………なんなのよ、もう!」
「ほら、違反者が目の前にいるぜ?風紀委員さんよ」
「最初から大人しくしてればいいのに……」
赤い顔をしながら呆れたように俺のボタンを留めてネクタイを締める夏碕に気取られないよう、クソ生意気なガキに睨みをきかせる。
人の女にヘラヘラしやがって。
すると一年坊主は怯えたように逃げ出した。調子に乗ってんじゃねえよと、その背中に中指を立てたくなった。
「はい。明日からもちゃんと締めないとダメだからね?」
まるで嫁のような所作を終え、まだ赤みの残る頬で釘をさす。
「オマエがやってくれるんならな」
軽口を叩いたつもりだった。
が、癇に触ったのかニヤリと笑みを浮かべると、
「ああやってやろうじゃないのよ。じゃあシャツもズボンの中に入れますからね」
「あ?」
言うが早いか俺の制服のベルトに手を伸ばしてくる。
「ちょ、バカ!オマエなにやってんだ!?」
「自分でシャツ入れられないんでしょうが!ほら大人しくしなさいよ」
「わかった!やる!自分でやる!」
人前でそこまでやるわけにはいかない。そこまで計算してやってんだということに気がついたのは、勝ち誇ったように鼻をならしながらクリップボードの紙に何かを書き込み始めたときだった。
これじゃ嫁っつーか、お袋じゃねえか。
辟易する俺を尻目に、夏碕はまたも新たな違反生徒を見つけて指導を始めている。
「自分でやらないなら実力行使しますよ」
……おい。わかってねぇじゃねぇか。
「ネクタイ締めてくれるってコト?それなら――」
「そのくらいテメェでできんだろが、あぁ?」
「!?」
「琥一くん!?」



「おはよう、小波さん、琉夏くん」
「あ、おはようございます、紺野先輩」
「おはよーゴザイマス」
「とりあえず琉夏くんはネクタイ持ってきてないので、ボタンだけ締めさせました」
「息苦しいよコレ」
「そういう制服だよ。明日からはちゃんとネクタイも持ってくるように」
「はーい」
「?やけにいい返事だね?」
「だって俺も美奈子にネクタイ締めてほしいからね」
「…………」
「はは、とりあえず二人に頼んで正解だったのかな?」
「結果的にはそうかもしれないです。琥一くんも協力してくれるみたいですし……」
「え?」

20110403

コウちゃんのネクタイ長すぎる気がするのはたぶんわたしだけ!