虹のワルツ:番外 - if



恐妻家の昼食

夏碕ちゃんとコウがくっついて早三ヶ月。変なジンクスというか迷信というか、そういう危うさなんてほとんどなくて、傍目にも穏やかーなお付き合いをしているみたいだ。
大きなケンカもすることなく、というかコウ曰く『……アイツこえーんだ、怒らせると』だそうで、まあそのときのコウの顔が本気でビビってる顔だったから、美奈子と二人で『完全に尻に敷かれてる』と笑ってしまったのも記憶に新しい。

夏碕ちゃんは静かに怒るタイプだろうね」
「あ、わかるかも。ニコニコしながら怒ってそう」
美奈子がちょっと冗談めかしていったその場面が目に浮かぶようで、ちょっと見てみたいとも思った。
まさか本当に見ることになるとは思わなかったけど。

ところでコウは夏碕ちゃんとくっついてからは、これまでよりも真面目というか、授業に出るようにはなった。
尤も、クラスが別々である以上はいつも監視されてるわけじゃないからたまにはサボったりしている。そしてノート提出やらがあるたびに夏碕ちゃんに借りに行っては「次からはちゃんとやらなきゃダメだからね?」と釘をさされている。
それも惚れた弱みというかなんというか、口だけであって実際は毎回甘やかしてくれてるような気がする。俺も美奈子もそう踏んでたし、もちろんコウもそう確信していたに違いない。

「よっ」
ある日の昼休み。屋上で昼ごはんを食べていた美奈子と夏碕ちゃんを見つけた俺たちは、当然のように声をかけた。
にっこりと微笑みかける各々の連れ合いに、俺もコウも満たされる。幸せってきっとこういうことだ。
「遅かったね?」
「ちょっとね?女の子たちに呼び止められちゃって」
「ふーん……」
「あれ?ヤキモチ?」
「ちがっ!……もう!そういうこと言う人にはお弁当あげないから」
「あ、ウソウソ!お弁当欲しいです!」
水色のクロスに包まれた大きなお弁当箱を後ろに隠そうとする美奈子と、慌てて頭を下げる俺を二人が笑う。
「オマエすっかり尻に敷かれてんじゃねーか」
「コウに言われたくない」
「あ?」
まるで心外って顔で眉間に皺を寄せるコウに、夏碕ちゃんもまた笑いながらお弁当箱を手渡す。
今日は週に一度の愛妻……愛彼女弁当?の日。大好物のエビフライ入りに気を良くした俺に、美奈子が「野菜もちゃんと全部食べないとダメだよ?」とかわいらしく首をかしげる。
「美奈子が作ってくれたのなら俺なんだって食べるに決まってるじゃん」
「また調子いいこと言って……」
コウが呆れてる。でもバカップルでいいや。
「琥一くんもちゃんとバランスよく食べないとダメよ?」
「俺とルカを一緒にすんな」
「ひでぇお兄ちゃんだな」
「キモチ悪ぃんだよ」
「もう!黙って食べなよー!」
「はーい」
大体毎回こんな会話を飽きもせず繰り返しながら、幸せなランチタイムを堪能する。
ただ今日は、コウがいらん一言を言ったのがいけなかった。

夏碕、」
「うん?」
水筒からお茶をついで、夏碕ちゃんはコウに手渡した。
それを受け取りながらコウは、
「悪ぃけど現国のノート貸してくれ」
と、軽い口調で頼みごとをする。
夏碕ちゃんの眉が一瞬上がったのを、俺と美奈子は見逃さなかった。
「またですか」
突然敬語になって、しかも背筋を伸ばした正座になった夏碕ちゃんに、コウが顔を上げる。
あ、しまった。そんな顔をしたコウがおそるおそるお茶の入ったカップを下に置くと、
「ちょっとそこに座りなさい」
と、夏碕ちゃんが地べたを指差す。
みんな座っているけど、多分これは自分がしているように正座しろということなのだろう。
「――何だよ突然、いいじゃねーかノートくらい……」
「それが人に物を頼む態度ですか?」

怖っ。

今なら夏碕ちゃんの背後に青い炎すら見えそうな気がする。
一気に温度が下がったようで、何故だか俺と美奈子まで正座してしまった。
「あ、いいのよ二人は。ご飯食べてて?」
ね?
有無を言わさないような笑顔に、とてもじゃないけどのんびり食事なんて出来なかった。
「お、オイ……落ち着けよ」
「落ち着いてます」
確かに。これ以上ないくらい落ち着きながら怒っている。
俺はいまだ恐怖の中にあるものの、美奈子は顔を俯けてちょっと笑っていた。なんでそんな余裕があるのかちょっと信じられない。
夏碕、」
口を開こうとしたコウの唇を、夏碕ちゃんは人差し指で封じる。ちょっとカワイイ。
「次はないって言ったでしょ?忘れちゃった?」
「いや……忘れては……」
「じゃあどうしてそんなこと言うの?」
「…………」
グゥの音も出ないコウの姿はけっこう珍しい。
いつもいつも言い負かされている美奈子は、半分痛快なのか肩を震わせて笑いをこらえている。
「もう貸しませんからね」
「な、オイ!」
「知りません」
ツイとそっぽを向く動作だけが妙に子供っぽい。
「提出できなかったら今度の日曜に補習なんだよ」
「ちゃんと授業に出ないからいけないんでしょ?貸しませんったら貸しません」
それからずっと押し問答が続くものの、どちらも一歩も引かない。
頑として「貸さない」を繰り返す夏碕ちゃんよりも、むしろキレることなく低姿勢を貫くコウのほうが意外すぎた。
「私も夏碕ちゃんを見習ってちょっと厳しくしたほうがいいよね……」
自分に言い聞かせるような美奈子の独り言にギョッとする。
「アレのどこが“ちょっと”?美奈子は甘やかしてくれないと俺、嫌だよ?」
「…………」
「拗ねちゃうし泣いちゃうよ?」
「えー……もう……しょうがない」
そうそう、それでいいんだ。ああいうのは傍から見てるだけで十分。
「俺は優しい美奈子が好きだからね」
「……もう!」
照れちゃって。カワイイったらありゃしない。

「俺だって優しいほうがいいに決まって……」
ボソッと呟いたコウに、夏碕ちゃんが顔を俯けた。
「私だって好きでこんなこと言ってるんじゃ……」
あっ。
まるで涙をぬぐうように目元を擦る夏碕ちゃんに、コウの顔から血の気が引いた。
まあ……全面的にコウが悪い。
「あーあ……」
「今言うことじゃないでしょ……」
「うるせぇ!…………オイ、夏碕……?」
すでに正座を崩した俺たち外野の批難に、コウは八つ当たりのように牙を向いた後、夏碕ちゃんの肩に触れた。
「知らない!琥一くんのアホ!」
が、夏碕ちゃんは振り払うようにして膝を崩す。本気で怒らせて泣かせちゃった。あーあ。
「アホってオマエ……」
コウはどうしたものか逡巡するように視線を泳がせて、
「……オマエら絶対こっち見んなよ」
と、俺たちを睨む。
何をするつもりなのだろう。
いや、何をするつもりでも絶対におもしろいものが見れる気がして、俺と美奈子は顔を伏せることなくじっと二人を見守った。
コウは俺たちと夏碕ちゃんを交互に見て、それから覚悟を決めたような顔になった。
「…………悪かった」
うわぁ。と声を上げそうになったのは、コウが白昼堂々と夏碕ちゃんをぎゅうと抱きしめたからだ。
耳まで真っ赤になったコウが「頼むから泣くな」と、眉を下げて懇願しているのは絵的にものすごくレアだ。
すごい、ものすごいものを俺たちは見ている。笑っていいのかどうなのかわからない。
「……ほんとに次からは貸さないからね」
コウのシャツの裾を引っ張りながら、夏碕ちゃんが小さく言うのが聞こえた。
なんだかんだで夏碕ちゃんも優しいのだ。……多分。
コウはもうノートなんてどうでもいいみたいな顔で安心しきって、夏碕ちゃんの背中を撫でたり頭をポンポンしたり、なんだか俺たちあてられてるみたいで、
「俺も美奈子を抱っこしてイイ?」
「――……はい!?何言ってるの!?」
便乗しようとしたら怒られた。
でもって美奈子がそんな大声上げるもんだからコウと夏碕ちゃんが我に返ってしまって、勢いよくお互いの体を引き剥がしてしまった。
「あ、邪魔しちゃった。いけないんだ、美奈子」
「えっ!?なんで私のせいになるの!?」
何故か美奈子まで赤くなってたけど、目の前の二人の顔はもっと赤い。もうちょっとだけそのままでいさせてあげればよかったかなと、ガラにもなく同情してしまう。

後で根掘り葉掘りコウに尋ねた所、ぎゅっとするのは夏碕ちゃんを落ち着かせるのに効果があるらしい。
「じゃあ寂しくなったら俺も夏碕ちゃんを抱っこしてあげよっか?」
って冗談交じりに聞いたら、
「……琥一くんじゃなきゃダメだもん」
って恥ずかしそうに言われてしまって。

もうホント、ごちそうさまでした。

20110328

お粗末さまでした。