雨音スキップ



今日は大空に雲がぶわっと広がってる。
夏休みの間はずっと雲一つない快晴が続いていたからか、物珍しい感じがして俺はずっと空を見上げながら歩いていた。俺の隣をワケあってぴょこぴょこ歩いてる小波は、俺が考えてることを知ってか「夏休みが終わるの早かったなあ」とこぼす。
「だな。つってもさ、やってることあんま変わんねーけど」
実際そうだと思う。部活とバイトの繰り返し。学校が始まれば、そりゃ割ける時間も減るけど。
そういえば、バイト先から帰るのも学校から帰るのも二人一緒だったから、結局俺って一日の半分以上小波と一緒にいたのかも。なんか一緒にいるのが当たり前だと思ってたからか、今思い当たってちょっと、我ながらびっくりしてしまう。
「それもそうか」
納得したような顔で、小波は歩道の縁石の上をバランスを取りながら歩く。
「夏休みの間もずっと不二山くんと顔、あわせてたもんね」
よっと。掛け声と同時に縁石の途切れたところは軽やかにジャンプしている。なんかこういうゲームあったな。あったけど、ゲームのキャラクターが飛ぶ、あのもっさりとした動きとは似ても似つかない。小波は指定の革靴じゃなくて、薄水色のスニーカーでさっきからぴょんぴょん楽しそうに飛び跳ねている。それを見てると俺もちょっと縁石の上を歩きたくなるけど、さすがに二人でそれやってたら変だ。ということで、俺は大人しく歩道のアスファルトを踏みしめる。足元から跳ね返ってくる熱線は夏休みとあまり変わらない気がして、やっぱり制服を着ていなきゃずっと夏休みのままのような気がしてきた。
「毎日部活とバイトだったもんな。そういや、お前って実は結構体力あるんだな?」
「そう、実は結構体力ある!……あ」
交差点の横断歩道の前で、次の縁石がついになくなった。向こう側に渡るために一度地面に降りた小波は、ちょっと残念そうな顔をしていたと思ったら、
「毎日9時間寝てるから!」
また笑顔になった。
「えー、それ寝すぎじゃねえ?」
「そんなことないよ?寝る子は育つんだよ?」
「ああ、それいいかもな。お前もうちょっとでかくなっても丁度いいだろうし」
何に丁度いいのか俺もわかんねーけど。
「でしょう?もっと背、伸びないかなって思う。……あー、今日も疲れたからぐっすり眠れそう!」
赤信号を見ながら、小波が背伸びをした。疲れてるのに、楽しそうだし元気そうだ。つられて笑っちまうけど、コイツだって女なんだし、女は男より体力ないし、大丈夫なんか?って思うときもある。っていうか夏の間、ばてた様子も見せないから本気でそう思ってた。
「寝ろ寝ろ。でもさ、無理ならちょっとぐらい休んでも平気だからな」
信号が青に変わる。そこまで交通量が多くはない交差点だけど、いつも左右の確認をしてから足を踏み出す小波って実は結構育ちがいいってやつなのかも。いや、真面目なだけか?どっちにしろいいやつなことには変わんない。俺がマネージャーの勧誘したときも、話、ちゃんと聞いてくれたしな。
「でも、」
先に歩き出した俺の後を小走りで追いかける小波を振り返ると、困ったような顔してた。
「いいよ。今んとこ俺一人だし、自分の分くらいはやれるから」
「……」
今度はしゅんとした顔になってしまった。別に必要ないって言ってるわけじゃなくて、
「そりゃ、お前がいれば助かってるけどさ、だから休めるときに休んどけって、そういうこと」
「休めるとき?」
小波がいっそう怪訝な顔をした。俺はちょっとにやっとしてしまう。
「うん。ほら、11月に文化祭あるだろ?」
「え?う、うん……?」

最近ずっと考えてたことを話した。本当は考えてるだけ、できたらいいなって思ってるだけだったのに、話を聞きながら興奮して笑顔になっていく小波を見てると、できるんじゃないかとか、これはやらなきゃいけないんじゃないかって気になってくる。
小波がマネージャーをやってくれるようになってから、俺は自分の練習に集中できるようになったし、それ以外にも色んなサポートをしてくれる。大げさかもしれないけど、小波のおかげで色々いい方向に回るようになったと俺は思ってる。だから今、こんな話をしたのは無意識に背中を押してほしかったからかもしれないし、それ以前に、小波に話すことで自分の決心とか、なんかそういうものを固められそうな気がしてたからかもしれない。
「うん……そっか……うん……!」
両手で握りこぶしを作って、小波は「がんばる!絶対成功させよう!」って笑った。俺も小波の握りこぶしに自分の握りこぶしをぶつけて、二人で「押忍!」って気合を入れた。
うん、絶対成功する。成功させるって思ってるけど、なんか本当になんでもうまくいきそうな気がする。
「まずは場所の確保だよね」
「まずはっていうか、それが一番の問題だけどな――あ」
目の下あたりに、ぽつりと何かが落ちてきた。雨だ。濡れたところを手の甲でぬぐっている間も、真上からぽつぽつと雨粒が落ちてきた。
「わぁ、傘持ってないのに!」
小波が両の手のひらを広げてぽかんとしている。額にひさしを作って空を見上げると、雲のところどころから青空が見えた。
「通り雨だろ。とりあえず雨宿りするぞ」
「あ、うん!」
アスファルトが雨の所為で色濃くなる前に、俺と小波は近くの郵便局の入り口の屋根の下に駆け込んだ。
「雨降るなんて、天気予報で言ってなかったよね?」
少し濡れた髪を気にするように指で梳きながら、小波が困ったように言った。
普段気を遣うことなく喋ってる相手だから忘れそうだけど、小波だって女だからそういうところ気にするんだろう。
「わかんね。俺、そういうの見ねーからさ」
「ええ?じゃあ毎日どうしてんの?」
「行くときに雨降ってたら傘持っていくし、帰りに降ってたら置き傘あるから平気」
置き傘っていうか、ずっと置きっぱなし傘、だけど。
「なるほど……っくし!」
あんまり濡れてないけど、小波がくしゃみをした。雨が降るとちょっとだけ気温が下がるけどその所為だろうか。あ、髪が濡れてるからか?
「寒いんか?」
「ん、ちょっとね?」
「羽織るもんとか持ってねえの?」
「ない。私、暑がりだもん」
そこは別に自慢するところじゃねえよなって思う。夏にちょっとだけ日焼けした二の腕をさすってる小波は、けっこう他人優先で自分は二の次な奴なんだと思う。マネージャー向きだと思うけど、だからって自分が参っちゃ意味ねえし。
……だよな。風邪なんかひかれちゃ困るし。俺は鞄の中から自分のジャージを取り出した。
「ほら。ちょっと汗くさいかもしんないけど、これ使え」
学校のとは違う水色のジャージを差し出した。最初こそ驚いた顔の小波は、それを受け取りながらすぐに笑顔になった。ただ、今度はちょっと申し訳なさそうに笑ってる。
「ありがと……助かる。洗って返すね!」
こういうときに“ごめん”ってより、素直に“ありがとう”って言える奴のほうが俺は好感が持てる。
「いーよ。気にすんな」
袖も丈もちっとも合ってないジャージを羽織る小波は、余計ちっこく見えた。
「わー、ぶかぶか!」
「当たり前。全然体格違うんだから」
「だよねぇ。……あ、見て見て!私のスニーカーと色が似てる!」
確かにおんなじような薄水色だ。
「あ、ほんとだ。やんねーけどな?」
小波は寒がってたくせに袖をまくって両手をポケットに突っ込んでる。でもその色のジャージ、確かに小波に似合ってる気がする。サイズがぴったりだったら尚更そうだろうな。
「ちぇ……でもこれいいなぁ、なんか肌触りもいいよね?」
冗談で「やらない」って言ったのに、小波はけっこう本気で気に入ってるみたいだった。趣味とか似てるのかもなって思うと、なんとなく嬉しくなった。
「欲しいんなら買えばいいだろ?女物もあったぞ、確か」
「ほんと?どこで売ってる?」
「商店街の……ん?なんてとこだったっけ?」
ド忘れした。店がどこにあるかはわかるんだけど。首をひねっていると、小波が苦笑した。
「……場所は覚えてんだよ。あ、今度一緒に行くか?連れてってやってもいいぞ」
「ほんと!?」
じゃあ約束ね!と小波が小指を立てた。なんか、そういうことすんの本当にガキっていうか女子供みてえだけど、まあ小波が相手なら別にいいかと思って、俺も左手の小指をひっかけた。
「楽しみだなぁ……あ、雨上がりそうだね」
屋根の上を覗き込むような仕草をして、小波が空を仰いだ。確かに晴れ間のほうが広くなって、もうじきに陽射しも照ってきそうな気配だ。
「よく通り雨ってわかったね?」
急に振り返った小波の髪から水の粒が二つほど飛び散った。
「なんとなくわかるだろ」
「……そういうものなの?」
「そ。 ってか上がったな、いこ」
帰る方向から晴れていくみたいだから、もう雨には降られないだろう。人差し指で進む方をさして歩き出すと、小波がポケットに手を突っ込んだまま後ろをついてくる。
「そんなふうに歩いてると転んだときに怪我するぞ」
「転ばないよ!そんなにドジに見える?」
「そーだな……」
「悩むところなの?そこ?」
憮然としてる顔がちょっと面白い。笑うと、小波がいっそう不本意そうな顔をした。
「転ばないかもしんねーけど、水溜りにはつっこみそう」
「ひどっ!しないもん!」
「うん、突っ込んでもいーけどさ、俺まで巻き添えにするなよ?」
轍みたいにへこんだ路面のところどころに浅い水溜りがいくつもある。さっきみたいにぴょこぴょこ避けれればいいんだろうけど、なんか突っ込みそうな気がする。
「しないけど……でも水溜りってわざと入りたくなるよね?」
「えー?それ小学生しかやらねーって」
「そうかなあ……ん?ってことは小学生のときは、やってた?」
「やってたけど……今はやんねーよ」
なんでそこに食いついてくんのかわかんねー。わかんねーけど小波と話してるのはけっこう楽しい。女と話したりするのって苦手、っていうかあんまり話したりしないけど、小波は別。むしろ特別?なんでだろ。
水溜りをひょいひょい避けながら、さっきみたいに軽やかに歩く小波が、今はちょっと危なっかしいように見えた。
「手、」
「え?」
右手を差し出すと、小波がぽかんとした顔をした。
「転んだり水溜りに嵌りそうになったりしたら、引っ張ってやるから、手」
お前ちっこいから、それくらいできるって言ったらまた怒った。怒ってるんだろうけど、大人しく手を握ってきた。手もちっせえ。
「……不二山くんってお父さんみたいだよね」
「褒めてんのか?それ?」
怪訝な顔になってたんだろう、小波が俺の顔を見て笑った。……そんな変な顔したつもりもねーけど。
「褒めてるよ!頼りがいがある!って感じ」
「……じゃあ褒め言葉として受け取る。ほら、行くぞ甘ったれ」
「甘ったれじゃないよ!」
小波がつないだ手をブンブン振り回しそうな気配を見せたから、俺は動かないように二の腕に力を込めた。案の定、びくともしない俺の腕に顔をしかめてる。
「知ってるよ、俺だってお前のこと頼りにしてんだから。これからも頼むな」
まー時々ちょっとからかいたくなるけど。でもお互い、おんなじくらい信頼してるし頼りにしてる、と思う。小波は俺の手を握り返すと、晴れた空みたいに満面の笑みで嬉しそうに言った。
「押忍!」

20100904

嵐さんガチパレード(企画終了)に投稿させていただきました。初の嵐さんでしたけど書いてて楽しかったわっほい!