拍手御礼リサイクル:その2



琉夏

石鹸の匂いかなぁ。
「えっ?何?」
声が漏れていたみたいで、雑誌を読んでたオマエは俺の顔を見上げた。
「なんでもないよ」と笑った俺は、さらにさらに考える。
石鹸、花、お菓子、リップクリーム、ハンドクリーム、香水……は違う気がする。
ひょっとして箪笥のニオイだったりして。
まさか。
一緒に読んでる雑誌を覗き込むフリをして、鼻をすんすんさせてみた。
なんだかどれも違う気がする。
もっとこう、オーガニックで自然で、あるがままのニオイって感じなんだけどな。
そんな俺をよそに、小さく笑いながら目を細める。
「琉夏くん、今朝もホットケーキ食べた?」
それってひょっとしてニオイでわかっちゃったのかな。
「イチゴジャムつきで」
「やっぱり!」
いちごのにおいがするよーと、俺の髪をさらさらと撫でる。
ズルイよなぁ、俺はオマエのいいニオイの正体もわかんないのに。

(おんなのこって、なんであんなに いいにおいするんだろう?)

琥一

琥一くんの左手が、ところどころ黒いシミで汚れている。
どうしたの?って聞くと、オイル交換をしていて汚してしまったらしい。
とれないの?って聞くと、そのうち消える、って。
ふぅん、と思いながらその油染みに指先を伸ばすと、彼はいつものようにうっとうしがるでもなく、されるがまま。
多分ちょっとだけ薄くなった黒いシミは、大きな手の皮膚の隙間にきっちり入り込んでる。
確かにこれはちょっと、キレイに落とすのは大変かも。
まじまじと見ていた私のおでこに、琥一くんがデコピンをした。
あまり、っていうか全然、痛くないし、照れてるからそういうことするのって、すぐわかる。
私の小さな手から抜け出した、大きな大きな手を追いかけるように、花風の中に走り出す。

(なんだって アナタの気を惹くきっかけにするもの)

不二山

柔道部がまだ同好会だったころ、つーか、入学してすぐのころからだし。
アイツと同じバイト先になったのも、確か1年の5月とかだったし。
“お前らってホント、ツーカーだよな”ってクラスメイトに言われるくらい気の置けない仲間って思ってるし。
多分、アイツもそうだと思うし。
あ、今なんかちょっとちくっとした。なんだこれ?
いやとにかく、最近おかしい。俺が。
「どうしたの?不二山くん?」
ほら、こいつにもばれてる。心配かけられねぇって考えてるのと、そこはマネージャーに頼っちゃえっていう考えと、ぐるぐる。
「なんでもない」
なんでもない。そうそう、病は気からって言うし、なんでもないって思ってればなんでもなくなる。
「そう?ひょっとしてお腹すいた?」
ぎっしりとおにぎりがつまったでかい弁当箱(2段)を差し出されると、そうかもって気になる。
腹減ってるくらいわかりやすかったらどうにかなるのにな。

(たまたまおそろいの靴がうれしかったり、どうして?)

新名

新名くんの腕時計は、とってもかっこいい。
ぎらぎらした黒っぽい、蛇腹のバンドで、時間とか曜日とかの文字盤がいくつもついて、カレンダーもついてて、大人の人の時計って感じがする。
一方私の腕時計はピンクの細いレザーの上に、ちょこんと小さな文字盤が乗っかってるだけで、とっても子供っぽい。
買ったときはすごくかわいいって思って、気に入って買ったはずなのに、変なの。
「でもそれカワイイし似合ってるよ?」
新名くんはそう言ってくれるけど、それじゃあダメなの。
同じような、ちょっとだけ細い銀色のバンドに、白い文字盤の周りにちょっとキラキラした石がついてたりとか、そういう大人っぽいのがいいの。
私に似合ってても、これじゃ新名くんの隣には似合わないもの。
「ダメ。だから今度、その時計買ったお店に私も連れてって?」
「えー?いいの?」
「いいの。大人っぽいのが欲しくなったの」
こんなワガママ言ってるうちは、大人っぽく、なんて無理だろうけど。

(お姉さんには程遠いかも)

紺野

「買ったばっかりの本って、わくわくします」
それは内容のこと?って聞くと、彼女は楽しそうに首を振った。
「紙とかインクのニオイとか、ここの、上のほうがギザギザしてるのがとんがったままで整ってないところとか」
おもしろいことを言うなあと、僕はちょっとだけ妙な感心をした。
「私って、変でしょうか?」
「どうして?」
「こういうこと言う人、あんまりいないと思いますから」
彼女が気にしているのは周りの目というか、印象であって。
それは僕個人のそれなのか、もっと大きな集団のそれのことなのか。
前者だったらいいのに。気にすることなんて何もないのに。
「おかしくないよ」
「変な子じゃないですか?」
「ちっとも」
本当に変なら、誰がどう思っていようと気にしないはずで。
いつもより頼りなげに笑った顔は、ごくごく普通のかわいい女の子だ。

(小さな打ち明け話をいくつも)

設楽

別に火急の用事でそうしなきゃいけなかったんじゃなくて。
「……どういうつもりだ?」
「自分磨きの時間です」
エヘッ、ととびきりの笑顔もつけて首を傾げると、あっという間に彼の顔は緩む。
「いやそうじゃなくて、なんだよこのニオイ」
なんだよって、マニキュアも知らないのだろうか。
「知ってるに決まってるだろ。…………こんなにニオイが強いなんて知らなかったけど」
ああ、じゃあ作戦失敗。
いつもなんだかんだで優しい悪態紳士をちょっとだけ怒らせてみようなんて思ってたのに。
“においがこもることぐらいわかるだろ!”とか言ってもらいたかったのに、残念。
まだ乾いていないつま先が毛足の長い絨毯に引っかからないように、そうっと立ち上がろうとしたのにとめられて。
「乾くまで動くなよ。キレイなグラデーションができてるんだから」
ごくごく普通の顔で言われるとどうしてか私のほうが照れてしまうのです。

(今度はやさしくして、気持ち悪いって言わせてやろう)

20110710再掲

2011年4月8日〜不明分