fairview



高校時代からずっと続けているせいか、今の俺はアンネリーのバイトリーダーになってしまっている。
店長が休みの日は店を回して清算と施錠もして、帰るのは一番最後。
その分時給も上がったから別にいいんだけど。
その日も俺はすっかり暗くなったころに店の鍵を閉めて帰宅しようと外に出たところだった。
……のだけれど、あくびしながら歩き出したときにシャッターの前に小さな影がしゃがみこんでいるのに気づく。
なんだろうと思って目を凝らしてみると、
美奈子?」
「琉夏くん……」
幼馴染がむすっとしたような、泣き出しそうな顔で俺を見上げた。
「なにしてんの?オマエ……」


「だってね?ずっと前から言ってたんだよ?」
「うん」
「一日お休みにして、行くところも決めて、ご飯食べるところも予約して、ちゃんと考えてたの」
「うん」
「絶対休みにするって言ってたのに、今朝わたしが起きたら、仕事に行く準備してるんだもん」
「……うん」
「しょうがないとは思うけど、わかってるけど、でもやっぱり納得できないよ」
「そっか」
「琉夏くん!聞いてるの?」
「え?」
ケータイをいじってるとやっぱり怒られた。
駅前のファミレスに入って、俺と美奈子は食事をしながら話……もとい美奈子の愚痴を延々と聞かされるはめになっている。
誕生日のはずの美奈子が、というかコウとすごしているはずの美奈子がなんで情けない顔してアンネリーの前にいるのかわからなかったけど、ようやく全体がつかめてきた。
要するに、美奈子は誕生日デートだかなんだかを計画していたにも関わらず、コウが急に仕事に呼ばれたって、そういうこと。
この前実家に帰ったときも親父から、コウがけっこう忙しいっていうのは聞いてたけど。それは多分、親父なりに鍛えてやろうとかそういう理由があってたくさん仕事を回してるに違いない。親父、話しながらすげー楽しそうだったし。
それはそれとして、今問題なのはふてくされてる美奈子のほうだ。
「聞いてるよ?」
「…………高校のときは、誕生日にずっと一緒にいるなんてできなかったから、今年はって思ってたのに」
デザートのクレームブリュレをフォークでつつきながら、美奈子はまだ憮然としている。
大学のお友達がハートマークつきで『誕生日は彼と一緒』なんて言ってるのを聞いて、そういうのに憧れでもしてるんだろう。女の子だなあと俺はほほえましく思う。
「でもコウだってさ、さすがに今日は早く帰ってくるかもしれないじゃん」
日付が変わるまで仕事してることもあるって言ってたから、普段の帰宅もけっこう遅いに違いない。一緒に暮らしてないからわかんないけど。
でもアイツが仕事をがんばってるのは、早く独立してオマエのことをちゃんと迎えに行きたいからだよ。
そう言っても、今は納得してくれない。
美奈子だって頭ではわかってるに違いないけど、今日は特別な日だったはずだもんな。それは俺だってわかる。
コウなら尚更わかってるはずだし、申し訳なくも思ってるに違いない。
早く仲直りすればいいのにって思うし、ちょっと歩み寄るだけでそれは簡単にできるって俺は思ってる。
諦め半分、いじってたケータイの画面をペーパーナフキンで拭きながら愚痴の続きを聞くことにした。
「早く帰ってきても許してあげない」
「マジ?」
「まじだもん」
俺はちょっと噴出しそうになる。膨らませた頬は大学生とは思えないくらい子供じみている。
けど、こういう顔に弱いヤツの心当たりがある。
きっとコウがこの場にいたら、ぐうの音も出ないような苦虫を噛み潰した顔になって、俺に助けを求めるんだろう。
世話のやける二人だ。
「じゃあどうやったら許す?」
「え?」
「コウが、何してくれたらオマエはアイツのこと、許す?」
ニヤニヤしたいのをガマンして、俺はなるべく平静を装って尋ねてみた。
「ええ……と……っていうかなんで琉夏くんにそんなこと言わなきゃいけないの?」
「まあいいじゃん。話せばすっきりするかもしれないだろ?な?」
半分納得したような顔になって、美奈子はフォークを口に当てたまま捲し立てた。
「じゃあ……すっごいたくさんのバラの花束と、アナスタシアのガトーショコラとイチゴショートとベリータルトそれぞれ1ホールずつに、埋め合わせとして今度旅行に連れて行くこととそれから――」
よくもそれだけ思い浮かぶものだというような願望を次々に口に出す。怒っているのか強がっているのか、つりあがった眉は両方ともあらわしているんだろう。
ケータイの画面を拭く手も震えそうなくらいに笑いがこみ上げてくる俺の目の前で、美奈子はとうとう自分で自分が虚しくなったのか、また落胆したような顔になった。
「……どうした?もう他に思いつかない?」
誘導尋問っぽいなあと自分でも思う。今口に出したことなんて出来っこないこととか難しいことばっかりだし、何より美奈子がそんな無茶苦茶なお願いを本気で言ってるはずがなかった。そのくらい、俺だってわかる。
「違うの……そんなのより、ずっと隣にいてくれる方がいい」
今にも目尻から涙がこぼれそうな顔に、なんともいえない気分になってしまった。
フォークを皿の縁に引っ掛けるように置いて、美奈子は俯く。
「そっか」
「うん……わたし、子供みたいだね。ちゃんと琥一くんに謝らなきゃ」
鼻をすするようにしながら何度かまばたきをする美奈子の方へ俺は肘をついて身を乗り出した。
「よし、じゃあ仲直りだ」
「えっ?」
俺が美奈子の前にケータイを差し出すと、キョトンとした顔になる。
アイツが電話を切ってない限り、画面にはコウの名前が『通話中』の文字と一緒に浮かんでるはず。
美奈子がケータイに視線を落とすと、泣き出しそうだった目が大きく見開かれる。思ったとおりの反応だ。
「――は!?」
美奈子が俺の手からケータイをひったくって腰を浮かたので、とうとうこらえきれなくなった俺はのけぞるようにして笑い転げた。
やった、ドッキリ大成功だ。
俺じゃなくても大笑いするに違いないってくらい、真っ赤になった彼女の顔が視界の端に映る。ついでに何事かとこっちを見ているほかの客も。
「え、ええ!?いつの間に!?じゃなくていつから!?」
「うーん……“今年は一緒に過ごしたかった”とか、そのあたりから?」
「すっごい前じゃん……」
嘘、とか、恥ずかしい、とかぼそぼそ言ってるのも全部アイツに筒抜けになってるはず。感度最大に上げたから。
右手にケータイを持ったまま頭を抱える美奈子は中々通話しようとしない。
コウ、自分のケータイに向かってどんな顔してるんだろう。大体想像つくけど。似たもの同士だからな、二人とも。
「ほら、仲直り」
「ええ…………」
無理矢理のようにケータイを耳に当てさせると、美奈子はこわばった顔の唇をもごもごさせて「もしもし」と話し出す。
本当に意地っ張りで世話の焼ける二人だ。
うん……コウにここを払わせてもお釣りは来るよな、これは。
そうだ、俺もアナスタシアのガトーショコラとイチゴショートとベリータルトを1ホールずつ買ってもらおう。
泣き笑いみたいな美奈子の顔を見つめながら、明日のアナスタシアは売り上げ倍増かなあ、なんてことを考えていた。

20101016

兄祭の会場にしれっと投稿してきたもの:名前変換つきバージョンです。その2
どうせセルフ誕生日祝いです。そんなものを祭りに投下するなとあれほど……。