ホワイトデー5つづめ



01. 天使が踊るオルゴール:琉夏

ふっと目を開けると夕陽に染まった天井が目に入る。
ぼんやりとした頭で周りを見回しても波の音しか聞こえない。
今日は日曜で、今まで自分がうたた寝をしていたのだと気づくまでしばらく時間がかかった。
ケータイで時間を確かめると、17:34の数字よりも3/13の日付の方が俺の注意をひきつけた。
明日はホワイトデーだと思い出せたのは、俺としてはちょっとありえないことだった。だって去年までは、それはどうでもいいイベントだったから。

いわゆる“気の利いた”ホワイトデーのプレゼントって、どんなもので、どこに売ってるんだろう。
今までバレンタインデーに女の子から色々貰ったことはあったけど、特に深く考えることもなくクッキーだの飴だのを適当にあげてた。
コンビニの特設台とか、デパ地下に並んでるようなのじゃなくて、フツーのお菓子を。
今年も大半の女の子たちに対してはそれでいいやって思ってるけど、美奈子にはちょっと気の利いたのをあげたい。とは言ったもののバイトが続いたせいでプレゼントはまだ買えていないし、第一何にするかっていうのも、まだ決めてない。
わざわざ手作りで、それも俺の好みにあわせてくれて。それ自体が嬉しいし、そうするまでのなんというか、過程というか、悩んだり迷ったりしたんだろうなあって、そんなことを考える。
考えていたら、それって今の俺と同じなんじゃないかなって、ふと気づいた。
俺が本当に嬉しかったのは好みのチョコレートじゃなくて、俺が何を好きか知ってるアイツの気持ちだ。
贈られる物よりも、その中に入ってる気持ちを素直に嬉しいと思えるのは、多分俺だけじゃなくてアイツもそうだ。
たった一つのプレゼントを何にするか迷うのは、正直めんどくさいことだって思ってたはずなのに、全然そんなこと感じない。
プレゼントが何かっていうのは、確かに大事だけど『オマエのことを考えてこれにしたんだよ』っていうのが伝わらなきゃ、半分ぐらい意味がなくなりそうな気がする。
きっとそれが伝わればアイツはとびっきりの笑顔で『ありがとう!』って言ってくれるに違いないって、そう思ったら俺はニヤニヤしながら家を飛び出してた。
公園通りまでバイク飛ばして、あの雑貨屋が閉まるまでにいいの見つけられるかな。

02. ヴィンテージバイクの写真集:琥一

ちょくちょく覗いているレコード屋にその日足を運んだのは、バイト代が入ったことと、一応それなりに対策をしていた期末試験が終わって気晴らしがしたかったという理由だった。
ぶらぶらと店の中を一周して、特にめぼしいものはないことに少しだけガッカリする。掘り出し物はなし、と。
毎回毎回“コレだ”っていうモンが、あるには越したことはないが、それはそれで有難みはない。第一毎回散財してしまえば俺が無一文になる可能性だってある。
気を落とすまでもなく店を出ようとすると、レジ前のワゴンと、それを物色している男が目に入った。ワゴンの中身は洋書やら輸入版のCDやらで、それらは普段俺が興味のかけらも示さないものばかりだった。
ただ、男が一度手にとって捲り、ワゴンの中に戻した一冊の本がアイツのことを思い出させる。
『ハイ、誕生日おめでとう!』
それが去年の5月のこと。そして去年の10月ごろには、
『今度の日曜日、博物館に行かない?』
と誘われる。
プレゼントの中身はSRのプラモで、気乗りしなかった博物館は蓋を開けてみればヴィンテージバイクの展示だった。
あの時はひょっとしてアイツもバイクに興味があるのかと思って聞いてみようともしたが、博物館で「本当にバイクが好きなんだねえ」と感心するような呆れるような声音で言われれば、ああ別にバイクが好きなわけじゃないのだと、それだけは確信できた。
つーことはつまりだ。
アイツは俺の喜びそうなものをわざわざ探し出してきてるって、そういうことになる。
そのくせ自分はちっともわかってねえ、ってか。妙に気が利くくせにどこか抜けてるアイツらしい、と、笑えてきた。
あの博物館に並んでいたTR5の、発売時のポスターの絵が、目の前の本の中にある。ボンネビルも、サンダーバードも。
しょうがねえ。
今度特別展があったときは俺から誘って色々話せるように、“教科書”でも買ってやるか。

03. 瓶詰めキュッパキャップス:不二山

学校から帰って、風呂に入るために部屋を出ようとすると、携帯が鳴った。
小波だ。
「もしもし?どうした?」
『あ、ごめんね遅くに!今大丈夫?』
言葉はくだけていても礼儀正しいアイツの電話は、いつも好感が持てる。それと、妙に安心する声だなって最近よく思うようになってきた。
「平気。どうかしたんか?」
こんな時間に電話ってことは何か緊急の用事なのかもしれないのに、アイツの声はなんだかウキウキしているような、笑いをこらえているような感じがする。
『うん、今日ね、不二山くんにもらったアレなんだけど、』
アレっていうのは、瓶詰めにした飴のことか。
「ああ、アレが?」
『アレね、一個食べようと思って取り出そうとしたら……フフッ、もーすっごい詰まってて取れないの!不二山くん、力いっぱいつめたでしょ?』
おかしくてたまらないらしく、笑い声交じりに抗議するから俺もちょっとだけ笑った。
そう言われるほど力いっぱいにしたか…………まぁ確かに多少は無理矢理詰めたかもしれないと思う。だって棒つきの飴なんて無理矢理詰めないと少ししか入らねーし。けどそんな非常識なほど詰めちゃいない。
「えー?確かに俺が詰めたけど、そんなにぎゅうぎゅうじゃねーだろ」
『ぎゅうぎゅうだよ!……ハッ!さてはお主、我が食えぬよう、謀りおったな?』
「プッ……何を申す、お主こそ日々の鍛錬が足りぬのだ。その程度では我を倒すことなど愚の……愚の?」
『骨頂』
「あーそれそれ。じゃあ明日もってこいよ。詰めた俺なら出せるかもしれねーだろ」
『なんか本末転倒な感じがするけど……ま、いいや! りょうかーい!それでは、頼み申した!』

04. オルゴールつきキラキラメリーゴーランド:新名

キレイにラッピングしてもらった箱をテーブルの上において、んでオレはそれを眺めつつ頬杖ついて困っている。
キラッキラでかわいいし、オルゴールはあの人の好きな曲選んだし、サービスのラッピングも美奈子ちゃんの好きそうな色でお願いしたし、何も問題ない。
はずだった。さっきまでは。
それをあのヤロー、徹平のヤツ、勝手に部屋に入って人の漫画もってった挙句に『いや、彼女でもない人に重くね?食べ物とかが無難でよくね?』とか……。
「はぁ〜……なんで今頃……」
ケータイを開いて時刻を確認すればもう夜中の1時だった。さすがに眠いから今から買いなおすのも無理だし、明日コンビニでそれこそ無難なお菓子とか買って……。

なんて考えてたら眠れずに案の定寝坊。遅刻寸前じゃコンビニにも寄れないしでサイアクのホワイトデーになりそうだった。
その上コレ、拒否られたりしたらオレ絶対ホワイトデー恐怖症になる。マジ帰ったら徹平シメる。
けどウダウダ悩んでてもしょうがねーし、男は度胸だし。結局プレゼントの入った紙袋を持ったまま、あの人のクラスの前で深呼吸をする。頭のどっかでは「今日忘れたって言って、明日代わりを渡すとか……」なんてヘタレなことを考えながらあの人を呼び出した。
「どうしたの?」
いつもどおりにニコニコしながら俺の顔を見上げてるこの人に、ああどうか、どうか喜んでもらえますように!
「えー……と、コレ。バレンタインのお返し、なんだけどさ。あ、あんま期待しないで開けて!そんじゃ!」
マジでヘタレだわ、オレ。
自己嫌悪を抱きながらほとんど逃げ帰るように教室に戻ってすぐ、ケータイが震えた。美奈子ちゃんからメールだ。
“受け取れないよ”なんて言葉が並んでませんように。こんなときくらいさすがに気を……あーでもあの人のことだからマジ天然なこと言いそう……。
暗い考えにとらわれたまま、何度も躊躇しながらケータイを開いたオレは、
「…………ハハ、…………よかった」
ようやくその日初めて笑顔になれたのだった。

05. 駅名キーホルダー:紺野

む  り  で  し  た  !

06. 七色のマカロン:設楽

「キレイ……!全部色が違うんですね!ありがとうございます、大切に食べます!」
「そんなにものめずらしいのか?」
たかがマカロンじゃないかと怪訝な顔をすると、鼻息荒く「だってキレイじゃないですか!」と、やたらとありがたがっている。
「春の色みたいで、このまま飾っておきたいくらいです。ほんとに嬉しいんです」
プレゼントの相手がニコニコ笑っているのを見るのは、悪い気はしない。喜んでもらえてよかったと思う。
いや……そうじゃなくて、貰った側じゃない俺まで喜んでどうするんだ。
緩みそうな口元を手で隠しながら、ついでに視線もそらす。
「まあ……気に入ったんならいいけど」
どうもこいつといるとおかしい。調子が狂うというかなんというか。
そんな俺の苦悩(とまではいかないが)を知ってか知らずか、こいつはいつもどおり、のほほんとした顔だった。と思うと、俺と同じように顎に手を当てて考え込むような素振りを始めた。
保管方法にでも頭を悩ませているのだろうか。
俺はショーウィンドウの中に並んだマカロンの山を思い出す。焼き色が綺麗な薄茶も、チョコレート色も、はたまたベリーの色まであったんだから、食べることに踏み切れそうな……というか食べ物としておいしそうな色を選べばよかったのかと少し後悔した。
が、言い出したことといえば、なんのことはない。
「箱もとっても綺麗ですし……どの色もかわいいからどれから食べるか迷います……」
「なんだ、食べはするんだな」
「そりゃあ……綺麗だしかわいいですけど、おいしそうでもありますから……」
もごもごと言いよどむ姿を見て、俺は噴出してしまった。
「な、なんですか!」
「いや……お前、案外食い意地が、はって……張ってるんだな!」
「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」
真っ赤になって言い訳するのを見ていると、やっぱりこの柔らかな色たちのほうがぴったりだと確信できる。
今度あの店にいったときは、全部二個ずつ買ってきてやろう。……二個で足りるか、怪しいものかもしれないが。

20120325再掲

2011年のホワイトデー付近に勢いで書いたもの。駅名キーホルダーは無理でした。ごめん!