3rd Anniversary.



誰かが言ってた美味しい食べ方。

つい三時間ほど前、私はドアに指を挟んで、なんとも運の悪いことに骨にヒビを入れてしまった。
いや、能動態だと語弊があるかもしれない。
私の指がドアに挟まったのは私のうっかりがもたらした事故ではない。じゃあ、誰かの陰謀なのかと聞かれれば、それもまた違うとしかいえない。あのときのプロシュートさんの顔は、本気で焦ってた。
一週間前に、何が起こったのかを話す前に、私のことを知ってほしい。
私はちょっと名の知られたネイルサロンのスタッフだ。経理だとか、そういうものではなくて、本当にお客様の爪を綺麗にデコレートする、まぁいわばちょっとしたアーティストだ。そのお店は大きなファッションビルに入っていて、違うフロアのメンズショップに、このプロシュートさんは勤めている。
で、結局何が起こったのかと言うと、私が倉庫(ビルのテナントはある程度まとまった数が同じ倉庫を使っている)に、納品されているはずのキャンペーンポップを探しに行った日、そこにはプロシュートさんもいた。
「おう」「ども」
そんな風に声をかけあった気がする。私はお目当ての立て看板とポスターの入った段ボール箱を探し、プロシュートさんは冬物の衣料品が大量につめられたダンボールを何個も台車に乗せた。あんまり詳しく覚えていないけど、多分、台車を推すことで両手がふさがったプロシュートさんのために、私がドアを開けてあげたんだと思う。悪いな、と言いながら、彼は一度ドアの外に出るのだけど、何かを忘れたと言ってすぐに中に舞い戻った。
台車でドアを押さえて。
いや、そんなことしたら危ないし。と思って、一旦中に戻っていた私はドアをまた、押さえてあげるためにドアに近寄った。
ああ、今考えてみたら、大体あのドアがバカみたいに重いことも、出入り口が微妙に傾斜しているのも原因かもしれない。
その微妙な傾斜のために転がりだした台車を止めるべきかドアを開けておくべきか迷った挙句に結局ドアを開けておこうと手を差し伸べると、ああ、これはもう私がトロくさいのも原因かもしれないが、一瞬遅かった。見事に私の右手はドアに挟まれてしまった。
ぎゃっ、とか、そういう色気も何もない悲鳴をあげたんだろう。私は痛みで軽いパニックを起こして、ドアをもう一度開けばいいというのに一生懸命手を引き抜こうともがいていた。そこに、プロシュートさんが慌ててかけつけて、助けてくれた。
ドンくさい私の“自損事故”に、何故かプロシュートさんは至極申し訳ない顔をしていた。
確かに、利き手の指日本にヒビが入った状態では私はしばらく仕事もできない。何故か二人で行った病院の帰り、彼は私にこう言った。

「半分以上は俺の責任でもあるから、何かお詫びをさせて欲しい」

と。

私だって、自分だけの所為でこうなったとは思いたくないけれど、それでも目の前の超ド級ハンサムなお兄さんにそれを言うのはちょっとずうずうしい気がする。そう思って何度も断ったけど、その度に彼も諦めずに食い下がる。
困ったな。そうお互いに顔に出していると、くぅ、とおなかが鳴ってしまった。
そういえば、開店前の事故だったわけだから、丁度お昼ご飯の時間というわけだ。

「だったら昼飯をおごらせろ。俺の知り合いが出してる店でな、お前の指じゃあパスタは食えないだろう?だから好みのピッツァを焼かせてやるよ」
「あ、それは…ありがたい、です」
「決まりだな」
「あの、その、お詫びとか、そういうのはこれでチャラになりますよね!」

昼食ぐらいなら私も負担には感じないし、と安堵しかけて言うと、

「お前が足りねえって言うなら、晩飯だろうがオペラ観劇だろうが付き合うぜ」

プロシュートさんは、意外に義理堅くて硬派な人なのかもしれない…。

カサカサと、歩道に落ちた葉っぱが風に吹かれて滑った。
そういえばもう11月で、寒くなっているなあと思いながら空を見上げる。どこまでも続いていそうな高い空が、私は大好きだ。
ふいに、甘いにおいが鼻先をかすめた。少し先の歩道、公園の入り口に焼き栗の屋台が出ている。

「あっ!」
「なんだよ」
「焼き栗!私、大好きなんです…食べたくなってきちゃった」
「昼飯の後にな」
「ていうか、焼き栗がお昼でも…ううん、お昼はこれがいいです」
「は?」

私が屋台を指差しながら言うと、プロシュートさんは素っ頓狂な声を上げた。

「アレが食べたいんです。でも私、こんな指じゃ食べられないから」
「……剥けってか?」

こくこくと笑顔でうなずくと、プロシュートさんは困ったように笑った。というか、呆れているのかもしれない。
フェラガモのブーツで石畳を軽やかに鳴らしながら、彼は紙袋に焼き栗をたくさん、買ってきてくれた。はらはらと落ちてくる枯葉が髪にひっかかって、私はそれをとってあげよう。公園の噴水のふちに腰掛けて、肌寒さをちょっとだけ我慢しながら。

「ああ、呆れてるさ。せっかく美味い店に連れて行こうとしたってのに」
「すみません…」
「でもお前はこれがいいんだろう?」

パリパリと焼き栗の殻を剥いていく指先をじっと見てしまうのは職業病だ。

「そうです。だって、プロシュートさんが私のためだけに剥いてくれるんだもの」

剥き終わった殻をどこに捨てようかと逡巡していたプロシュートさんは、また笑った。

「絶品だろ?」

- end -

20090904

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