3rd Anniversary.



僕らの夏を拉致してはどうですか?

深海サイダーの続きです)

つい数日前にジェーンがとんでもねーことをしでかしたせいで、フーゴから渡された課題の量は恐ろしい量になっていた。
こないだまでのノートは一日8ページがノルマだった、で、今は56ページ。何倍だよ、ええと、8×1が8、8×2が16?あぁもうめんどくせーしわかんねーからやめ!
「おめーのせいで俺までこんなことになっちまったじゃねーか」とジェーンに言うと、アイツは「ナランチャだってノリノリだったくせにアタシにばっかり文句言わないでよねこのスットコドッコイ」と、丁寧に悪態までつけて返しやがった。ムカツク。

で、今日も今日とて課題にいそしんでるわけだけど、俺が掛け算とか割り算とかやってる横でジェーンは新聞を読んでいる。
コイツ真面目にやる気あんのかよ。

「お前さぁ〜、そんなことしてて今日中にそれ終わんのかよォ?」
「えー?大丈夫じゃない?っていうかさ、これ見てよ」

ジェーンはガサガサ音を立てながら新聞の真ん中ぐらいのページの記事を俺に見せた。

「ナランチャさぁ、読めないかもしんないからアタシが読んだげるよ」
「テメーそれマジになめてんのか?」
「ホラ、“毎年8月にセントラルパークでジャパンデー”」
「なんだよそれ、セントラルパークってどこにあるんだよ」
「えー?ナランチャ知らないのォ?」
「じゃあおめーは知ってんのかよ」
「…その辺にあるんじゃないの?っていうかさぁ、この服可愛いよね、ジャッポーネのユカタだよ?」

ジェーンが指差した写真には、不細工な女がバスローブみたいな布を纏っている様子が映っていた。
みょうちくりんな柄で、丈も中途半端で、一体どこが“可愛い”のか全然わからねー。

「ハァ?お前目ン玉腐ってんじゃねーの?なんだよこの布切れ」
「腐ってんのはナランチャの脳みそなんじゃないのォ?むしろセンスがない、かーわいそ!」

アレ以来ジェーンはいつだって喧嘩腰だ。あれさぁ、俺の夢だったんだろうか。その、キスしたのって。
んや、でもブチャラティの車を綺麗に掃除したのも覚えてるし、その後「ご苦労だったな」って言いながらレモネードを持ってきてくれたブチャラティに「甘いんですよ、ブチャラティ」ってフーゴがしかめっ面で言ったのも覚えてる。
なんだよコレ。こいつなりの照れ隠しってつもりか?

「この写真の女がブッサイクだからそー思うのよきっと。私が可愛いのを着たら絶対キマルわ」
「はいはいそーかもな」
「ナランチャさぁ…」

顔を上げると、ジェーンが新聞の片隅を見つめて声を沈めた。続きはいつまで経っても口に出さない。
珍しく人が黙って待ってやってるってのに。

「なんだよ、また勉強から逃亡するんなら一人でやれよな」
「そうじゃなくて、」

新聞を畳みながら、ジェーンは目を伏せた。

「なんだよ、黙ってねーでなんか言えよ!」
「やっぱいいッ!」

なんだっての。
俺が溜め息混じりに課題に戻っても、ジェーンは自分の課題に手をつけようとしなかった。
まー別に、自分のさえできてりゃフーゴに叱られんのはジェーンだけですむんだけどな。俺は痛くもかゆくもないしな。
…………………。

「なー、課題やれよ」
「……」
「わかんねーとこ、手伝ってやるからさぁ、」

ジェーンは落ち込んでいるようにも見えた。何?俺、なんかしたか?

「そんなんじゃないし、ていうかナランチャに教えてもらうほどバカじゃないし」
「じゃーなんでジェーンはしょぼくれてんだよ」
「……知らなかったの」
「何が?」
「セントラルパークってさぁ、どこにあるか知ってる?」
「またその話かよ…しらねーよ」
「アメリカだって」
「はぁ…それがどうかしたのかよ?」

両手で頬杖をついたジェーンは、俺と反対方向に首を倒した。がっかりしているような、呆れているような顔をして。

「遊びに行きたかったの。ジャッポーネのお祭って、超楽しいらしいから…」
「あー、それでお前、がっかりしてんの?」
「そーよ」

なんか文句あるわけ?と、ジェーンはじっとりと俺を睨んだ。
まぁ確かになぁ、アメリカは気軽に行ける距離じゃないからなあ。

「早とちりしたお前が悪かったんだからさぁ、がっかりすんなよ」
「ウルサイ」
「人が慰めてやってんのにそれかよ…ジャッポーネのオンナってさ、おしとやかでやさしーっていうぜ。ジェーンじゃその、ユカタだっけ?なんか着こなせないって!!」
「それ慰めになってないでしょー!!」

ジェーンはテーブルに突っ伏してしまった。どうすりゃいいんだよ。

「ナランチャと一緒に行きたかったんだもん」

ジェーンは消え入りそうな声で呟いた。テーブルに限りなく接近している所為で、聞き間違いかと思うくらいに小さな声で。
なんだよ、そんなことで落ち込んでたのかよ。アホくせーって思うのと同時に、なんかこう、嬉しい、かもしれねー。

「ネアポリスにだって祭ぐらいあるだろー?それに連れてってやるからさぁ、落ち込むなよ」

アレ、俺こんなこと言うつもりじゃなかったのに。これじゃデートに誘ってるみたいじゃねーか!
いやまあ、どさくさに紛れてあんなことした仲なんだから今更照れたりすんのもへんだけどよ、

「ほんと?」

潤んだ上目遣いは反則だっての。

- end -

20090701

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