FAZZ



ほんの少し、トイレのために席を立った俺がテーブルに戻ると、奇妙な光景が飛び込んできた。

「ねー、コレあげるから!おねがい!」
「甘ェーゼ!タッタコレダデ、オレタチガヤルトデモ思ッテンノカヨー!」
「ソーダ!安クミラレチャ、コマル!」
「えええ〜!?それ以上はないわよー・・・後払いでいい?ていうか食べてんじゃん」
「ショーガネーナーッ、ジェーン!」
「なあ、何してんだ?」

ジェーンは、一般の人間には見えない存在、俺のスタンド、セックス・ピストルズに声をかけている。
声をかけているというより、チョコレートを奴等に食べさせて買収している・・・のか?

「あ、ミスタ・・・」

俺が戻ってきたのに気づいたジェーンは、気まずそうに体を起こして頭を掻いた。
指一本ぐらいの大きさの大きさのこいつ等に何を頼むのだろうか。とりあえず席に座って、目の前のチョコレートに手を伸ばした。

「うまそうなチョコじゃねーか、食後だし、貰うぜ」
「アーッ!ミスタ!ソレハ俺タチノダゼーッ!」
「ジェーンカラモラッタンダ!」
「なんでこいつ等にチョコなんかやってるんだ?」
「え?えーと・・・」

ジェーンは少し恥ずかしそうに視線を泳がせながら苦笑した。
テーブルに頬杖をついて、指先に残ったチョコレートを舐めて、俺は彼女の言葉を待つ。

「そのチョコ、おいしいでしょう?」
「は?」
「私のとっておきなのよ」

恨めしそうな視線でこっちを見てくるジェーンに、一瞬返事が遅れた。

「・・・ああ。で、なんでオメーは食ってねーんだァ?」
「食べられないのよ」
「なんだぁ?またダイエットか?女はちょっと肉付きがいい方がいいっていっつも・・・」
「違うわよ」

どこか憮然とした表情で、ジェーンは俺と同じように頬杖をついた。
いつもダイエットダイエットなんて言いながら、好物のチョコレートを食ってるジェーンを見慣れてるからか、違和感を感じる。
しかし、このチョコレートはうまい。ボヤボヤしているとピストルズに全部食われそうだったからもう一つ口に放り込んだ。

「・・・?じゃあ、なんだっておめーは・・・」
「虫歯」

眉を寄せて瞼を閉じた所為で、ジェーンの目元に長い睫の影が出来る。
不機嫌でこういう顔をしててもそれなりに美人に見えるから、俺は単純にすげーって思う。

「虫歯ァ?おま・・・虫歯・・・・・・ぶっ・・・」
「何よ、笑ってんの・・・?・・・笑いたきゃ笑いなさいよッ!!」
「いやっ・・・悪ィ・・・」
「謝ってる人間の顔してないわよ・・・」

ジェーンが虫歯で、好物のチョコレートを食べられないのはよーくわかった。

「けどよ、それとこいつ等に食わせてたのとなんか関係あんのか?ナランチャだってチョコレート食うぜ?」
「ミスタ、ジェーンハナーッ」
「俺タチヲツカッテ、歯ヲ抜カセヨウトシテタンダゼー!」

テーブルの上で、口元をチョコレートまみれにしたピストルズがギャアギャア叫んでいる。
こいつ等、もうチョコレート食い終わったのか。6人もいれば消費するのも早いと言うことか。

「歯を抜くのなんて誰だって出来るだろ?」
「痛いじゃない」

頬杖をついていたほうの手で、ジェーンはまるで痛みを感じているかのように頬をさすった。
ああ、今まで頬杖だと思っていたのは、実は痛むところを押さえていたのかもしれない。
というか、ピストルズで引っこ抜いたとしても痛みはあると思う。

「歯医者は行ってんのか?」
「行ってるけど、だって治療がものっすごく痛いんだもん・・・それにいつ終わるかわかんないし。だからとっておきのチョコでピストルズを買収して、いっそ引っこ抜いてもらおうと思ってたのに・・・」
「はーっ、ガキみてーなこと言うんだな、お前でも」
「何よ」
「いやなに、ナランチャとかジョルノの前だと完全にお姉さんのオメーもそういう可愛いこと言うのかと思ってよ」
「要するに子供ってことでしょ・・・」

ニヤニヤしている俺が気に入らないのか、チョコレートを目の前で食べられたのが残念なのか、ジェーンはまた瞼を閉じた。

「けどなあ、ジェーンは見逃してるぜ?」
「え?」
「人間の歯ってのはけっこーしっかり生えてるよな」
「うん・・・?」
「それを引っこ抜くだけのパワーがこいつ等にあるのか、俺にもわからねー」
「・・・・・・なんですって?」

ゆっくりと顔を上げるジェーンの顔に、信じられないと言わんばかりの感情が張り付いている。
テーブルの上で昼寝をしようとしていたピストルズは、ぎくりと飛び上がらんばかりに萎縮してしまった。

「アンタたち・・・“痛み無く引っこ抜ける”って言ってたじゃない・・・!」
「イヤッ、ソレハダナ、ジェーン!」
「嘘ついてチョコだけ食べたのねーッ!?」
「まあまあ、落ち着けよ。どっちにしろチョコは食えなかったんだろー?」
「ちょっとミスタ!ひっこめないでよ!出しなさいよッ!!」

なぜか俺に掴みかかろうとするジェーンを両手で制して、なんとかなだめながら腰を下ろさせる。
興奮したら痛くなるぞと、自分でもそうなのかわからないこと言うと、ようやく落ち着いてくれた。

「なんか・・・損した・・・」
「残念だったな」
「ミスタは面白がってるだけでしょ」
「そんなこた、ねーぜ?俺はお前が痛がってるってんならほっぺたさすってやる。それぐらいしかできねーんだけどな」

言いながら、きょとんとするジェーンの少しふっくらした頬に触れると、ジェーンはほんのり頬を赤らめた。

「・・・ありがと」
「早く治るといいな。そしたらチョコでもパフェでも食わせてやるよ」
「本当?」
「ああ」

虫歯の痛みは本人にしかわからねーって、どっかの国の文豪が言ってたらしい。
そいつの言ってることはすげーわかる。けど、痛がってる彼女をいたわるぐらいは俺にだってできるんだ。

「痛い!」
「あ、悪ィ・・・」

時々、“触ってはいけないところ”に触れてしまってはジェーンをしかめっ面にさせながら、俺は早く虫歯が治ればいいと思った。
このままろくなもん食わなかったら、ジェーンがガリガリになっちまうからな。

20080710

文豪=坂口○吾です