ランチと虹と彼と彼女と渡り蟹



ネアポリスの休日

ジョルノ・ジョバァーナがブチャラティチームに打ち解けてから、はや3週間が過ぎていた。
彼がこのレストランに出入りしだしてからも同じくらいの期間が過ぎていたが、暇さえあればここに来てしまう。料理は美味い、スタッフは良い、そして店の雰囲気が言うことなしなのだ。まだパッショーネに入っていない頃は適当な店で食事だのお茶だのしていたが、頼みもしないのに友人が隣に腰掛けてきたり、友人ならまだしも、ろくに話をしたこともない女生徒なんかに絡まれたときには参ったものだ。
その点ここはブチャラティたち以外の客は静かで品がいいし、チームのメンバーにも気を遣わなくて済む。
そして彼はあることに気づく。それはジョルノの勘が鋭いからと言うほどのことでもない。少しばかり周りを気にする目を持つ人間ならば、顔をあわせて3日としないうちにわかってしまうようなことだった。

『ブチャラティ、一つ聞きたいことがあります』

ある日ジョルノは、いつものように折り目正しい姿勢でブチャラティにこっそりたずねた。声に出してから彼は、別段やましいことではないので堂々とたずねても良かったのかもしれないと、そのときは思った。

『どうした?ジョルノ』
『いえ、深刻な話ではないんです。単純な好奇心ってヤツなんですが』
『もったいぶらずに言えよ』
『・・・アバッキオとジェーンは恋人同士なんですか?』

なんとなく声を潜めてしまったのは、彼がまだ15歳で、その手の話題に慣れていないからなのかもしれない。が、なんにせよその時ジョルノがそれを小声で聞いたのは正解だった。おそらく、それを本人達―特にアバッキオ―が聞いていればジョルノは罵られるか殴られるかで、ジェーンとアバッキオは周りが温い微笑を浮かべたくなるような“痴話喧嘩”を始めるに違いなかったから。
ブチャラティは驚くわけでもなかった。むしろ彼は軽く苦笑して、残念そうにジョルノの目の前で片手をひらひら振って見せた。

『まだそこまでは至らない二人、ってとこだな』
『・・・?』
『素直になれない両思いってヤツかな・・・まあ、アバッキオには言ってやるなよ。お前が歯の一本は失くすかもしれないからな・・・』

そしてその後日にわかったことなのだが、ミスタもナランチャもフーゴも知っている。知っていて何も言わないし何もしない。
馬に蹴られると言うヤツか。ジョルノは皆のやり方に従った。彼とて無粋な真似はするつもりなどない。



「そうそう、ちょっとしたものを貰ったんだが・・・」

ミルクティーを飲みながらふとそんなことを思い出していたジョルノは、ブチャラティのその一言で我に返った。現在昼の14時を少しまわったところ。昼食は皆とうに食べ終えている。

「なになに?食いもんかよ?」

ナランチャとミスタが「俺にくれ」と言わんばかりに身を乗り出す。ブチャラティはそれを片手で制しながら、内ポケットから紙切れのようなものを取り出した。掴みかからんばかりだった二人は急に興味を失って揃って腰を下ろす。

「俺たちが仕切ってるカジノのオーナーが新しく店を始めるらしい。と言ってもカジノじゃあない。ちょっとしたレストランだ」
「で、それは優待券か何かですか?」
「ご名答、フーゴ」

テーブルに舞い降りたそのチケットはよくよく見れば上質な紙に厳かな文字と柄。コレだけでもう、そのレストランがそれなりに格式高いところだという想像はつく。

「・・・で、コレは2枚あるみたいですけど、ブチャラティともう一人この中から行くんですか?」

ジョルノはそう言いながらも核心は違うことに気づいている。男二人なんて、むさくるしくて行く気にもなれない。こういうところは着飾った女性と行くのが一番良い。ブチャラティがこの場でこの紙切れを出したと言うことは、彼はココには行かないと言うこと。そうすれば、ややまどろっこしいが、自ずと答えは見えてくる。他者に対する誘導尋問のようでどこかこそばゆい。

「いや・・・このチケットは期限が明日なんだ。すっかり失念していてな」
「あ、ほんとだ」

ミスタが物珍しそうに一枚を拾い上げて、日に透かしたり手触りを楽しみながら言った。

「明日はちょっと厄介な仕事が入っていて行けそうにないんだ。な、ミスタ」
「ん?・・・あー、そうだな俺も一緒の仕事だったか。いやー残念!」
「というわけだ。誰か貰ってくれないか?」

誰も何も言わないのに、何故か示し合わせたように10の瞳はアバッキオに向けられる。

「・・・あ?」
「僕、学校の課題が溜まってるから行けそうに無いです」
「片付けろよ、んなもん、今夜中に」
「ジョルノの課題はそんなんじゃ片付きませんよ、アバッキオ」
「そうそう、なあフーゴ、前言ってた勉強合宿って明日だったよな」
「ああ!そうですナランチャ、よく覚えてましたね」
「だろォー?残念だよなァー!」
「というわけだ、アバッキオ。行ってこい」

ブチャラティは顔の前で両手を組んでにこやかな笑みを浮かべるが、その背後から『お前明日は仕事もない暇な日だろう?』という黒っぽいオーラが見える気がする。
ジョルノが課題を溜め込んでいるかどうかの真偽はともかく、ナランチャとフーゴは明らかに自分を嵌めようとしている。おそらくここで何を言っても自分が行くことになるだろう、アバッキオは腹を括った。

「おい・・・ふざけんな。なんだって俺一人で行かなきゃなんねーんだ」
「一人はさみしーんじゃねーか?」
「誘えば良いじゃないか」
「誘う?お前等以外に誰がいるってん・・・・・・」

自分で自分の首を絞めかけたことに気づいたのか、それともそれよりも一瞬早く10の瞳がまた同時に同じところを向いたからなのか、アバッキオは言葉を切って視線の先を追った。ああ、そもそもココまで込みで俺は嵌められたのかと気づいたときにはもう遅かった。
もちろん、と言うか、言うまでも無く、というべきか。視線の先のカウンターの中ではジェーンが黙々とラテアートの練習をしている。
コーヒーを淹れるのに慣れてきたからか、最近ラテアートの練習ばかりしているジェーンだが上手くいかないらしい。ラテアートと言っても細い串で模様を描くような高度なものではなく、エスプレッソを注いだカップにフォームドミルクを注ぎながらハートを描くだけ。口で言うと簡単だが不器用なジェーンには難しいらしく、ハートはなんともいえない歪な何かになってばかりだ。
そしてまた、妙なカプチーノを作ってしまったらしく、その表面のように顔を歪めて次のカップに取り掛かっている。こちらの会話にも気づかないくらい集中しているらしい。

「ジェーンがいるじゃん」
「そうですよ。二人で行ってくればいい」
「喜ぶぜーきっと」
「何で!俺が!よりによって!アイツと!?」
「見苦しいぞ、アバッキオ。いいじゃないか、ジェーンなら」
「ブチャラティ・・・お前・・・」
「良かったですねブチャラティ、行ける人たちが見つかって」
「たち!?たちってどーいうことだコラジョルノ!」
「いや、全くだ。アバッキオ、オーナーに俺がいけなくなったことを詫びといてくれ」
「無視かよ」
「アバッキオ、お前そろそろ集金じゃねーの?行く前にジェーンを誘っとけよ!」

ミスタがカウンターを指したとき、そこにジェーンはいなかった。おや、と皆が不思議に思っていると、エプロンを外したジェーンがジャラジャラ鍵を鳴らしながら奥のドアから出てきた。

「どっかいくのか?ジェーン?」
「買出し。ミルク使いすぎちゃったのよ・・・」
「なーんだ、まだ上達しねーのかよ」
「悪かったわね」
「ジェーン」

ブチャラティがジェーンを呼び止めたとき、アバッキオだけが不必要に身を強張らせた。無意識かもしれないが、彼は2枚の優待券を上着のポケットに滑り込ませていた。

「出かけるんなら、丁度良い。アバッキオを送って行ってくれないか?コイツ仕事に遅れそうなんだ」
「はッ!?」
「えっ・・・別に・・・構わないけど」
「いいなァ。俺も乗りてーな、ベスパ」
「今度ね、ナランチャ」

ミスタがアバッキオの腰を叩いて立ち上がらせると、彼は表情と身振りでミスタを威嚇した。が、それしきのことは日常茶飯事で、残されたメンバーは行ってらっしゃいと言わんばかり。
二人が午後の陽の射す外に出て行くと、5人は顔を見合わせてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

「まどろっこしいよなあ、アイツら」
「ええ、それにしても・・・馬に蹴られますよ、ブチャラティ」
「・・・そのときは全員一緒だろう?」
「馬?なんで馬なんだ?」
「・・・本当に勉強会しますか?ナランチャ?」




「プジョーのモペットじゃなかったのか?」

先日話していたときは、そう言っていたはずなのに、店の前に停められているジェーンの愛車はレモン色のベスパだった。どうでもいいがベスパは赤が一番いい気がするとアバッキオは考えていた。関係ないことを考えるのは、半分はこの状況から逃避したいからかもしれない。

「お店に行ったら、たまたまあったの。中古でね、ちょっと頑張っちゃった」
「ふーん・・・で、お前本当に運転できんのか?」
「失礼ねー。あんまり言うと乗せてあげないわよ」

別に乗せられなくても遅刻するわけじゃないし、遅刻なんて概念は今回の仕事にはそもそも存在しない。
ただ、ブチャラティたちの嫌味な厚意を無下にするのも憚られたのでおとなしくアバッキオは口をつぐんだ。ジェーンはシート下からヘルメットを一つ取り出し、あ、と小さく声をあげた。

「ヘルメットがないわ・・・」
「俺はいらねーよ、お前が被ってな」
「つかまったら私が怒られるのよ?」
「俺が乗ってるのにつかまるわけねーだろ・・・」
「はあ?」

どこからその自信が出て来るのよと言わんばかりのジェーンにヘルメットをかぶせて、アバッキオはシートに跨りエンジンをかけた。「スズメバチ」の名の通り、甲高い音が小気味良い。

「なんでアバッキオが運転するのよ!」
「行き先わかんねーだろうがてめーは!ほら、さっさと乗りやがれ!」

一応納得したのか、ジェーンはヘルメットの顎紐を止めて渋々シートの後ろに跨った。アバッキオの腰に手をまわすのが恥ずかしいのか、行き場に迷うジェーンの両手は一度肩に置かれた。けれどやはりそれでは危ないと感じたのか、それとも思い切ってみせたのか、ジェーンはアバッキオの腰に手をまわした。
大きな背中に体を預ければ、エンジンの振動が、二人の鼓動が、全てが混ざり合って響く。
今、言い出すべきなのだろうか。
アバッキオは一度口を開きかけた。
が、言葉にはならずにため息がこぼれるだけ。聞き取れなかったジェーンが彼の顔を覗き込もうとしたときには、二人を乗せたレモン色のベスパは石畳を走り出していた。

20080717

こんな柄の悪いキューピッド達見たことない・笑