3rd Anniversary.



たまには私を殺しにきて

この前は赤。
その前は黒。
その前は、金。

両手の爪をうっとりと眺めながら、私は今夜忍び来る秘密の恋人を思って微笑む。
長すぎてもダメ。短すぎるのはもっとダメ。
爪の長さと逢瀬のスパンは、よく似ている。

「山田さんの爪、とても綺麗ね」

隣のデスクの女の子が、私よりうっとりした目つきで覗き込む。

「そう?ありがとう、嬉しいわ」

褒められて、嫌な気分になる人間はいないもの。私はとびきりの笑顔を返した。
すると彼女は一寸、顔を赤らめる。
とても、愛らしい。紋白蝶のように天真爛漫で、そういう彼女を見ていると私の心はどうしようもない嗜虐心で満ちてくる。
それではさながら、魔女の爪か。



全部で20枚。今夜は深い深い海の青でいい。
ぬれた髪をそのままにして、私はリムーバーを含ませたコットンで、赤いエナメルを拭い落とす。
コットンに滲んで、桃色に近くなるのがとても綺麗。
屑篭へ放り込むと、有機溶剤のとろける香りがふわりと漂う。
本当に、とろける香り。私はこれが、とても好き。
そして彼も、これが好き。



まだ髪が乾かないうちに彼はやってきた。
今日は真夏日で、彼の体からは汗のにおいがする。
嫌いじゃないのは、彼が彼、だから。
けれどその体臭も私の部屋の香りには勝てない。
一嗅ぎして、それで十分に瞳が恍惚の色を帯びる。
そんな目をした彼も好き。

「私、こういう色は初めて」

親指の長さほどの小瓶の中には、薄桃色のエナメルが入っている。
それは誰でも知っているような有名なブランドのロゴが浮き彫りになった、ひんやり冷たい指先の色。

「どうして?」
「似合うと思った、から」

何かを期待して、いや、そうするのが当然のようにネクタイを緩めながら、彼は笑うように言った。

「そう?」

口をひねって開けると、いつもとは違う香りがした。
何か特別な香料が、入っているのかしら。

「だったら今すぐがいい」
「今か?」

一寸驚いた顔をして、彼は黙ってワイシャツの袖を捲り上げた。
年上の彼は、私のよく知る男の子たちよりも淡白で少食。そこが好き。
ダンスに誘われたように、左手を差し出す。
彼に塗ってもらうのは、器用だからという名目と、懐柔したい私の本心の所為。
傅いて、丁寧にエナメルを塗る姿はたまらなく私を満足させる。
彼は左手を取ると、爪の表面を何度か撫ぜた。
その後、呉れた瓶を開けるのかと思っていると、手首の内側に口付ける。

「後回しだ」

珍しい、と思うのと、
それは仕方ない、と納得する頭が傾ぐ。
どこまでも溶かす香りに埋もれながら、珠には下克上のように、紋白蝶のように扱われてもいいかもしれない。
唇を味わいながら、私は一寸笑った。

- end -

20100525

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