冷静と情熱の間



二位争い編

※※※注意※※※
このお話は、ときメモGS3の氷室零一と、作家アリスシリーズの火村英生が同時に登場するお話です。

ヒロインは、一流大学を目指す、はばたき学園の生徒です。
氷室先生は、はばたき学園の数学の先生です。
火村先生は、一流大学の准教授ということに。
どういうわけか三人同じ物件に住んでいます。





















彼女が高校に入学したときに、女子寮がいっぱいだからと割り当てられた物件には、すでに二人の住人がいた。
一人は所属する高校の教師で、もう一人は所属する高校の卒業生であり、大学の准教授。
彼女は「そんなめんどくさい人と一緒に住むなんてうそだ」と絶望に打ちひしがれもしたが、それも最初だけのこと。今ではそれなりにこの生活も楽しいので、進級して空きができたという女子寮に移ろうとも思わない。
見た目はごく普通の一軒家で、しかし中に入ってみるとちょっとしたアパートだ。玄関ホールの両脇に一部屋ずつ。玄関の奥の階段をあがると、右側に一部屋。それぞれにバスルーム、トイレ、キッチンがついているし、もちろんドアには鍵とチェーンがついている。
二回の部屋の隣は簡単なラウンジになっていて、誰がしつらえたのか(多分、この物件の持ち主である理事長だろうが)、ソファーやらローテーブルやら、窓際には見晴らしは良くないもののカウンター席がある。
同居人は異性とはいえ、ここは完全に個室になっているし、寮は少なくとも二人以上の相部屋でトイレは廊下の共用だし、大浴場があるから個室にはシャワーしかない。

「だったらここのほうがいいかなあと思いまして」
山田花子はくるくるとシャープペンシルを回しながら言った。
共用スペースのラウンジには爽やかな秋の午後の日差しが差し込んで、穏やかな雰囲気…とは言えず、妙にぎすぎすしている。
カウンター席のスツールに座り、苦手な数学の教科書に頬杖をついている山田の横では、数学担当でこの物件の住人の一人の氷室零一が、まさに名は体をあらわすといった視線を投げかけている。
「集中しなさい」
氷室はそう言う。山田に向けてだけ、ではない。話しかけた火村英生に対しても。
『お前ここ出て行かないのか?』
と、先ほど若干いぶかしげに問うた火村はソファーにだらしなく座ってドイツ語の文献を読んでいる。散らかったローテーブルの上には辞書のような分厚い本があるが、それに手を伸ばす様子はない。氷室はローテーブルの惨状を見て、立ち入ったこともなければその気もない火村の部屋の様子が手に取るようにわかりそうなものだと、些かどうでもいい考えに一瞬とらわれた。
「だってわかんないですもん、こんなの」
こんなのといいながら指差したノートには、数学の過去問をコピーしたようなものが見開きの右ページ上部に貼り付けられており、その下に(1)の解、さらにその下に(2)の解が記されているものの、最後の(3)と書かれた左ページはまっさらなままだ。
「だいたいなんで私がW大の理系の問題なんて解かなきゃいけないんです」
めんどくさそうな山田の背後で、火村が鼻歌を歌っている。
「一流大は文系でも数学が受験科目だからだ」
「難易度が違うとおもいまーす」
「ほう?」
氷室は眉を上げた。長年教師をやっていて、様々な大学の過去問にも目を通して分析はしている。その結果:『一流大は文系でも数学のレベルは有名私立の理系並み』 もちろん、範囲は文系数学の範囲内だが。
それを説明してやると、山田は心底げんなりした顔でシャープペンを握りなおした。やる気だけはあるが、どうも集中力が持続しないのが欠点だ。
「もう一度ガウス記号の説明をしたほうがいいか?」
「いえ、それはわかったんですけど、三角関数と組み合わせるとごっちゃになるっていうか」
「しばらく考えてみなさい。15分考えてわからなければ解説する」
「はーい」
火村の鼻歌も何故か同時にとまった。テレビジョンの『マーキームーン』のリフだったそれがわかる自分が妙に腹立たしい。
氷室は、山田の横で文化祭の概要をまとめた書類をチェックし始める。
それから15分は、確かに静かだった。ときおり、山田があーでもないこーでもないとブツブツ呟きながら計算紙にメモをする音や、火村が文献の束をめくる音、氷室が書類をまとめてカウンターテーブルにトントンと揃えるような音、それくらいの音しかしなかった。

「わかりませーん…」
ノートに左頬をべたりとくっつけるようにしてつっぷした山田が最初に沈黙を破った。
「ならば解説をするから、とりあえずそのメモを見せなさい」
氷室が手を出すと、山田はのそりのそりと紙切れを手渡した。計算式の途中だったり、それを消した跡が残っていたりするだけで、解につながりそうなものがない。
「小問1と2は解けてんだな」
区切りが良かったのか火村が、氷室とは逆側の山田の隣の席に座ってノートを覗き込んだ。
「小問がサービスなぶん、最後が難しいんですよこれ」
山田は肩をすくめた。火村は懐かしいだの、解けるかなだの勝手なことをのたまっている。思い出したくもないがコイツとは高校と大学を通してずっと張り合っていたなと氷室は顔をしかめる。
「では解説を、」
氷室が赤ペンを持つと、火村がそれを制した。
「待てよ。俺も解いてみる」
「火村先生がぁ?」
山田は組んだ手を前方に伸ばしてストレッチをしていたが、驚いてその手を下げて、勢い余ってカウンターに強かにぶつけてしまう。
「いてっ」
「何してんだ」
「大丈夫か?」
両脇から気遣うような声。
「大丈夫ですよ。ていうか、火村先生が解くんなら私その間にコーヒー淹れてきますね」
山田はスツールをくるっとまわして、コーヒーメーカーのほうへ去っていった。

氷室は火村の憎たらしい得意げな視線を感じる。
火村は氷室のいつもよりも悪意に満ちた視線を感じる。
が、両者とも何かを口に出すわけではない。34のいい大人が一回り以上年の離れた少女をめぐって醜い争いをするというのは、どうのも格好が悪いどころかそれは倫理的にまずい。
「あー、確かにサービス問題だなコレ」
さらさらと計算紙にペンを走らせる火村は、感心した風の声音だった。
「でしょ?絶対(3)解けませんって」
コーヒーの粉末が入った缶を開けようとした山田が同意して、それから挑戦的なことを言った。
ちなみに山田も火村もコーヒーは飲めればそれでいいタイプの人間だが、氷室がそれなりにこだわるタイプなのでラウンジにコーヒーメーカーが存在している。コーヒーの缶は久しく開けられていなかったせいか、山田がふんふんうなっても空きそうになかった。
「貸しなさい」
見かねたように手を出した氷室が内心ほくそ笑んでいただろうことは火村にもわかる。
「ありがとうございます。今日は濃いめにしますか?」
「私が用意しよう。君はカップを持ってきなさい」
「はい」
火村を見ると、まるで気にしていないと強がっているふうにしか見えない背中だった。若白髪の混じった頭をかく姿に『お前は金田一耕介か』と呆れる。
水道水ではなくペットボトルのミネラルウォーターを注いで待つこと10分。ブルーマウンテンの入ったカップはそれぞれの元に運ばれた。
「火村先生、熱いから気をつけて」
「おう」
しばらくは口を付けられることはないだろうカップを受け取りながら、またも火村はあの憎たらしい顔をして見せる。
猫舌でいばる人間がいるかと思いながらも、山田の注意がそちらへ向いたのが少し悔しい。
「アイスコーヒーにでもすればよかったのではないか?」
氷室はカマをかけてみた。
すると、カップを口に運ぶ途中だった山田が顔をしかめて、
「いやですよ。そこの冷蔵庫の氷、夏に作ったきりのだし、私の部屋まで戻るのはめんどうですし」
ある意味予想外の答えが返ってきて、二人とも落胆しそうになった。とどのつまり、彼女の中では彼女が一番なのだ。
自らがアイスコーヒーを飲みたいと思えば氷を持ってきただろうが、それは猫舌の誰かのためではない。
「で、火村先生は解けたんですか?」
「あ?」
さきほど山田がそうしていたような頬杖の火村は、シャープペンシルでノートをつついた。
「途中までな」
「えっ!すごい…」
身を乗り出してノートを覗き込む山田を引き止めるように、氷室は咳払いをした。
「では、解けなかった二人まとめて解説をしよう」
“解けなかった”にやや力を込めると、山田はしゅんとして火村はむっとした。
彼女の中の二位をめぐる争いに、終止符が打たれる日が来るのかどうか。それは誰も知らない。

- end -

20100729

ここまで読んでくださってありがとうございます!
Rout.の米粒さんがもっと素敵な冷静と情熱の間を書いていらっしゃるので、力の限りごーごごー!