冷静と情熱の間



オープンキャンパス編

※※※注意※※※
このお話は、ときメモGS3の氷室零一と、作家アリスシリーズの火村英生が同時に登場するお話です。

ヒロインは、一流大学を目指す、はばたき学園の生徒です。
氷室先生は、はばたき学園の数学の先生です。
火村先生は、一流大学の准教授ということに。
どういうわけか三人同じ物件に住んでいます。





















夜半に、火村の部屋のドアがノックされる。が、部屋の主はヘッドフォンで音楽を聴きながら何か作業に没頭しているので気がつかない。
更に大きくノックの音が響く。が、状況は変わらない。
ヘッドフォンをつけているのは、向かいの部屋の堅物な住人がかつて、やかましい音楽を垂れ流すなと文句をつけてきたからだ。無駄な口論は避けたいので、彼はいい音を出すヘッドフォンを、大枚を叩いて購入した。これがなかなか、スピーカーから聞くよりもいい音だったので、災い転じてという言葉はあながち間違いではないのかもしれない。彼は人知れずそう考えている。決して口には出さないが。

花子は火村の部屋のドアを何度もノックしているが、何の返事もない。先ほど壊れそうなやかましいベンツが帰ってきたのは確認済みなので、中にいないということはないだろう。
一応呼びかけたりもしたが何の返事もない。寝ているのだろうか。
「入りますよー」
もう知りませんからねと思いながらドアノブをひねると、案の定すんなりとそれは開いた。
「…………」
花子はため息を吐く代わりに鼻をフンと鳴らした。部屋の主はヘッドフォンをつけて、小刻みに体を揺らしている。それが玄関から良く見えた。彼女はずかずかと中に入り込んで、いっそ後ろから脅かしてやろうかと思っていたものの、気配を察知するのだけは長けているのか火村は後三歩というところで振り返った。
「おい、紳士の部屋に勝手に入るんじゃねえよ」
ヘッドフォンを外して首にかけながら火村がたしなめる。が、花子はちっとも動じない。
二年以上、この大人たちと暮らしているのだ。簡単にあしらうことぐらい、彼女にとって朝飯前だった。
「誰が?どこにいるって?紳士って理事長みたいな人、言うんじゃないですか?」
いっそアメリカ映画のように肩をすくめて顔もしかめて、また鼻を鳴らす。
「……で?オマエ、今何時だと思ってる。しかも男の部屋に――」
「言っときますけど、私ちゃんとノックしたし呼びかけましたからね?あ、いかがわしいこと考えてるんですか?やだー」
まあ、冗談だろうが目の前で自身の体を両腕で抱きかかえるようにして軽蔑の視線を送られるのは彼とて気分がいいわけではない。
「わかった。悪かった。で?」
埒が明かないので用件を聞き出す。
「明日ですね、一流に見学に行くんで私を案内してください。お願いしましたよ」
「……なんだそりゃ」
そもそも夏休みにオープンキャンパスは公式に開催されていたはずだ。
「私の嫌いなものは酔っぱらいと集団行動です」
こいつは将来、世間を渡り合っていけるのかねといらん心配をしてしまう。以前、将来何をするつもりなのかと聞いたところ「宮仕えなんて嫌ですね。自営業とかがいいです。もしくは起業」などと甘っちょろい答えが返ってきたのを思い出す。
ただ、花子の場合本当に実現してしまいそうなのだから末恐ろしいのだが。
「なんで俺なんだよ」
「だって一人でいくの心細いしーと思って」
どこかずれていると思う。集団行動は嫌で、一人も嫌とはなんたるわがままだ。
「火村先生が案内してくれないなら、氷室先生に頼むしかないなあ」
聞こえよがしに呟いた独り言の効果が、彼に対して覿面であることを彼女は知って言っている。
火村と氷室。向かいの部屋に住む二人の仲が贔屓目に見ても良好とは言えないのは彼女も当の昔に知るところである。ことあるごとに張り合い、いがみあう。口論をしているのところに「静かにしてもらえませんか。勉強の邪魔なんですけど」と文句をつけたことも数知れない。(勉強、という単語を出すと、腐っても教職にある二人は大人しくなることを彼女は知っている)
氷室の名を上げれば、火村はきっと食いついてくる。花子は確信していた。
「しょうがねえな……明日は午後一の講義があるから、あー……3時に来い」
「わぁ、助かった!」
満面の笑みが嘘ではない。花子は花子で「堅物の氷室引率のプチオープンキャンパスをするくらいなら、どう見ても緩い火村の案内のほうが断然楽しいに決まっている」と踏んでいる。ゆえに、こっそりと火村の部屋を訪れて、明日の計画を打診していたわけだ。
「じゃ、着いたらケータイに電話しますね」
「ああ」
「おやすみなさーい」
スキップせんばかりの勢いでドアの外に出て行くのを見守って、火村は作業を再開させた。
明日の空き時間まで計算に入れた上だったはずの作業は、今日一日がかりの突貫になりそうだ。


翌日。
講義を終えて研究室に戻った火村が一服していると、携帯電話が震えた。
「もしもし」
『あ、花子です。正門前にいるんですけど……』
「わかった。迎えに行くから待ってろ」
『はい』
わずか数秒で終わった業務連絡めいた電話に、火村は何か違和感を感じる。どこかよそよそしい。
普段、というか火村と話すときは多少くだけた感じになる花子だが、さっきの彼女はまるで。
「……まさかな」
嫌な考えを打ち消して、彼は正門へ向かった。

「……なんだ。結局引率付きかよ」
向かった先の正門には、花子は言うまでもないが何故か氷室の姿もあった。
さっきの自分の嫌な予感が的中した。花子は氷室の前では些か大人しい、優等生のような態度になる。
なんだって職場でまで嫌いな相手の姿を見……るだけならまだしも、相手までしなくてはならないのか。頭を抱えたくなる。
「昨日、火村先生の部屋出たら、捕まっちゃったんです」
「ほー……」
顎に手を当てて、今日も皺一つないスーツできめている天敵の姿をまじまじと眺めると、じとりと睨まれた。
「ご熱心なことで」
両手を自分の肩の辺りで広げておどけてみせるても、花子も氷室も笑いもしなかった。
「引率が必要なのは当然だろう」
というか、自分が言っていること、常識だと信じていることが当然なのだといいたいのであろう。
「そんな、子供じゃないんですから」
花子がちょっとむっとしながら口を挟む。
「まだ未成年だろう、君は。何故オープンキャンパスに行かずに今日、このようなことを」
「まあまあ、いいじゃねえか。コイツだって都合とかあったんだろ」
目配せするように花子を見ると、実は聡い彼女はうんうんと頷いた。
「そうです、都合がありました」
変な日本語で弁明している。
「しかしそれは理由にはなるまい」
「別に学校に届けなきゃいけねえわけでもないだろ」
「君には聞いていない」
「お前だってこの件には関係ねえだろ」
「ある」
「なんでだよ」
「教師だからな。それにここには私の従兄弟も在籍している。無論教え子も、多数」
「で?俺じゃなくて彼らに花子を案内させようって?」
「そうだ」
「なおさら関係ねえだろう。俺に話を持ってきたのは花子だ」
「それは山田が知らなかったからだ。知っていれば私に話を持ってきただろう」

……めんどくさ。
花子はため息をついた。
もう一人で行動した方が手っ取り早い気がする。
幸い今日は私服だし、周りを見てみれば大学生というものは別段おしゃれで垢抜けているのが必須条件というわけでもなさそうだ。
人目を惹くような魅力のある自分ではないが、このめんどくさい二人といるよりはずっと、大学の中に紛れ込みやすそうな気がする。
ああ、そうしようそうしよう。
花子は延々と言い争いをする二人を差し置いて、適当に歩き出した。
途中で構内の見取り図めいた立て看板があったので、それを携帯のカメラで撮って保存した。これで迷わない。
案外ちょろいもんだとほくそ笑みながら、枯葉の舞う午後のキャンパスを彼女は散歩したり、ラウンジでコーヒーを飲んだりして個人オープンキャンパスを終えた。

帰ってみると、まあ予想はしていたが例の二人が「単独行動は慎みなさい」だの「お前迷ったりしなかったのか」だの畳み掛けてくる。
めんどくささの臨界点を突破していたので、花子は一言だけ告げた。
「あんな人目があるところで口論して、いい歳して恥ずかしくないんですか。ていうか私が恥ずかしかったので一人で行動しました。そういうわけです」
ぐっと言葉につまった二人の間を抜けて、花子は自室へと向かうために階段を駆け上がった。
久々に歩き回って足がパンパンだ。今日はお気に入りの入浴剤を入れてゆっくりしよう。
やっぱり一人が一番だ。花子は秋の夜長の浴室で再確認している。

- end -

20100729

ここまで読んでくださってありがとうございます!
Rout.の米粒さんがもっと素敵な冷静と情熱の間を書いていらっしゃるので、力の限りごーごごー!