前後編にするつもりなんてなかったのに…。
「ん……?」
「気づきましたか」
「ここは……」
「シャア・アズナブル大佐が用意してくれていたスペースボートの中です」
「……どこへ向かっているんだ?」
「サイド3です」
航行音だけが聞こえるスペースボートの中で、ジェーン中佐は目を覚ましました。
パイロット用ノーマルスーツのまま、二つ並んだ座席に座るガトー少佐とジェーン中佐の間にはしばし沈黙が流れます。
こちらを見ようとしないガトー少佐を横目で伺いながら、ジェーン中佐は気まずさだけをただひたすら感じていました。
「怒ってるの?」
「え?」
「……作戦、」
どんな結果になろうとも、後悔はしないように行動してきたジェーン中佐ですが、さすがにこの状況では弱気になっているようです。
「ああ……怒ってなんか、いませんよ。びっくりはしましたけど」
「そうか」
「そうです。あんなところに……死んでしまうかもしれないのに」
「ガトー、」
「もう、いいんです」
ようやく笑みを見せたガトー少佐に、ジェーン中佐もほっと安心するのかと思うと、
バキッ
なぜか右ストレートがガトー少佐の左頬にヒットしました。
「ち、中佐……?」
当然ガトー少佐も面食らって、殴られた頬を押さえながら中佐を見つめます。
視線の先のジェーン中佐は俯いて、肩を震わせていますが……。
「もういっぺん言ってみろ」
「は?」
「もういいとか何とか言ったな?」
「あ、はぁ……?」
ガッ
今度はアッパーです。
「ぐえ!ちょ、なにするんですか!」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「いたたたた!!やめてください!」
「バカ……」
「え?」
「バカだ!お前はバカだ!!」
中途半端な力で何度もガトー少佐の体をドンドン叩くジェーン中佐の手が止まりました。
「戦争が、終わったのにっ、なんの、連絡も……」
握り締めたままの手が震えています。
「ど、どれだけ、心配したと……」
ガトー少佐は震えている手にそっと手を添えて、迷ったような素振りを見せたあとに空いている手をジェーン中佐の肩に置きました。
「すみません……」
「所詮、お前にとって、その程度なんじゃないか……」
「違います」
「私のことはほっぽりだして、馬鹿げた作戦に参加して、」
「それは、絶対に違います」
「死ぬかも知れないのは、お前じゃないか……」
涙声で続けるジェーン中佐の肩に置いた手に、ガトー少佐は力を込めました。
「……スペースノイドの開放も、ジオンの再興も、私にとっては……貴女だけのためでした」
ピクリと反応したジェーン中佐の体を引き寄せながら、ガトー少佐は続けます。
「本国勤務の中佐なら、きっとどこかで生きていてくれると信じていました。ただ、貴女だけでなく多くの人々は過酷な生活を強いられているに違いないとも、思っていました。だから、この作戦を遂行させることは……私が貴女にしてあげられることだと……。
でも、もうそれもいいんです。こうして目の前にいてくれるなら、作戦がどうなろうと、もういいんです。
……本当は、どこかで幸せになっていて欲しいとだけ思っていました。もう二度と会えなくても、どこかで笑っていてくれれば、それで十分だったんです」
そして、引き寄せられたジェーン中佐の体は一旦離され、見つめあうように向かい合う二人。
「でもこうして……顔を見てしまえば全部吹き飛んでしまいました」
少し困ったように笑うガトー少佐を見つめていたジェーン中佐が瞬きをすると、小さな涙の雫が無重力の中に舞い散りました。
「嬉しいんです、会えて。それがわかった。だから、これからはもう離しません」
言い終わらないうちに両腕でジェーン中佐を抱きしめるガトー少佐なのですが、ジェーン中佐は顔を真っ赤にして何も口に出来ません。
何も言えないのが勢いあまって息まで止めているのか、そのため顔が真っ赤になっているのか定かではありませんが、ジェーン中佐は喋らずにずっと黙ったままです。言葉も感情も堪えるようにぐっと口を結んだまま、微動だにしません。
「……恥ずかしいから、何か喋ってくださいよ」
照れくさそうに言うガトー少佐から一度離れて、深呼吸をするジェーン中佐。目を合わせたかと思えば、
ガシッ
片手でガトー少佐の顎を下から掴みあげ、
「浮気までしておいてそういうことを言うのはこの口か!」
「ひゃから、ひょれはひがいまふって〜」
ピヨピヨ口の刑です。
「信用できん!」
「中佐!」
力いっぱい、ガトー少佐は顎を掴んでいた手を引き離し、
「俺がこういうことをするのは、あなただけです!」
えっと声を上げる間も無く、むしろあげようとジェーン中佐が思ったときには肝心の口が塞がれていました。
何がなんだかわからないジェーン中佐は目を開けたまま動きを止めています。
「……わかりましたか?」
唇を離したガトー少佐は固まったままのジェーン中佐に一応確認をしますが、当の本人はコクコクと頷くだけでわかっているのかなんなのかも解りません。
「とりあえず、サイド3が近づいてきたので手動操縦に切り替えます。……もう殴りかかったりしないで下さいね」
「はい……」
困ったような顔のガトーは、放心状態のジェーン中佐の返事に苦笑しながらコンソールに手を伸ばします。
その指先を先ほど飛び散ったジェーン中佐の涙の粒が掠めていくのにガトー少佐は気づくのですが、振り払うような素振りもせず、おとなしくなった元・上官の顔に慈しむような視線を向けるだけでした。
20090602