ソロモン海域でつかまえて!



Vol.2 人生最悪の辞令

「アナベル・ガトーはここか?」

 その巨大な体躯の人物が言葉を発するや否や、その場の空気は一瞬で張り詰めたものに変わってしまう。

「中将閣下に、敬礼!」


 ここは新米兵たちの兵舎です。いうなれば寮のようなもの。辞令により配属先が宇宙要塞や月面基地、はたまた地球に決められた者は荷造りの真っ最中です。
 先程名前を呼ばれたガトー中尉も、まさにソロモンへむけての荷造りの真っ最中なのでした。
 そこに突如現れたのがドズル・ザビ中将。強面で、新米兵には畏怖の対象なのですが、部下によればとてもいい人なんだとか。
 いくらいい人でもあの両肩のトゲトゲはどうかと思いますけどね。

「うむ。して、ガトーは……」
「お呼びでありますか、閣下」

 初々しい兵達の中でひときわ凛々しい表情をしているアナベル・ガトー中尉は、自分が呼ばれる理由に関して頭をフル回転させているのでした。
 はて、士官学校時代に何かやらかしただろうか。めちゃくちゃ実弾撃ちまくったのがやばかったのか、それともアレか? いや、ひょっとしてアレか!? あっ、まさか……!!
 心当たりはかなりあるようです。やんちゃだったんですね。

「うむ、お前の配属先に関してちと、話があるらしい」
「“らしい”……というのは?」
「……キシリア少将とジェーン中佐からだ。すまんが兵舎まで出向いてはくれまいか」
「はッ!」

 アナベル・ガトー中尉は思うのでした。配属先の変更か何かにしては急すぎる。それはともかく、何故中将閣下自ら自分を呼びに来るのだろう、と。恐る恐る聞いてみると、元々ドズル中将の配下となることが決定していた中尉に対して配属先の変更があったのはなんと単に実姉のキシリアによるものだという。身内の我侭なのかなんなのかドズル自身にもわかりかねるが、ともかくこの急な辞令を申し訳なく思い、自分が謝罪の意もこめて話をしておきたかったということ。

「(閣下はなんと人間の出来た方なのだろう……)」

 ガトー中尉はただただ感動していただけなのですが、その後ドズルからなんとも意味深なメッセージを受け取るのです。

「お前はキシリア配下、ジェーン中佐付けに任官されるだろうが……まあ、なんと言うか中佐は曲者だから……気をつけたほうがいいかもしれん」
「……はあ……?」

 いまいちドズルの言わんとすることが飲み込めないガトー中尉ですが、実はジェーン中佐なる人物に関してあまりよく知らないのでした。目にしたことがあるかもしれないが、あまりよく覚えていないと言うか……女性仕官ならば記憶に残りやすいのかもしれないが……。


 そんなこんなでたどり着いた兵舎。ドズル中将はガトーに対して一言二言言葉をかけると、自室に向かっていきました。
 中尉はというと、一瞬にして尊敬の的となったドズル自ら言葉をかけてもらえたことに対しての感動に胸を震わせながら、言われたとおりにキシリア少将の部屋へと歩を進めました。

「……え、ちょ、マジ?それはないないない!」
「いやアリだって!」
「ヤバすぎるってぇ〜!」

 部屋の前に立った瞬間に、中から異様な甲高い声が二つ聞こえてくるのに、ガトー中尉は眉をひそめました。

「(ええと……俺は街のファーストフード店に来たのではなく、教導機動大隊の少将の部屋に来たはずなのだが)」

 意を決して重厚なドアを3回ノックすると、中でなにやらガタガタと騒がしい物音。しばらくして落ち着いた頃に、打って変わって低く静かなアルトが聞こえてきました。

「入れ」

 ギ、とドアノブを回し、足を踏み入れると見覚えのある女性、キシリア少将と、見目麗しい女性仕官が立っています。部屋には彼らのほか誰もいないので、先程女子高生のようにはしゃいでいたのはこの二人ということになりますが……。

「アナベル・ガトー中尉、入ります」
「うむ。わざわざすまぬな」

 高そうな執務机のキシリア少将の膝に、何故か猫がいます。マフィアのボスかあんたは。

「今回貴殿を呼び出したのは他でもない。配属先のことだ。ドズル中将からは何か聞いていないか?」
「は、ジェーン中佐付けとの任官と伺いました」
「ふむ、そのとおりだ。彼女がジェーン・バーキン中佐だ。来週からは本国にて彼女から書類の書き方など教わると良い」
「……書類?」

 直立した姿勢を崩しそうになりながら、ガトー中尉は尋ね返します。そもそも、ドズル中将配下が決定したときには所属中隊も合わせて発表され、憧れのモビルスーツ乗りになれると意気込んでいたはずが、書類?

「ああ、不思議そうな顔をするのも無理はない。貴殿はMSパイロットとして配属が決定していたのだからな」

 キシリア少将が忘れていたかのように、と言うか取って付けたようなわざとらしい説明をします。

「ジェーン中佐が貴殿の成績に目をつけた。私も優秀だと思い、将来中尉が上級仕官に素早くなれるように書類事務やらを先に教えておこうと言うことになったのだ。ま、士官教育が伸びたものだと思ってもらえればいい。開戦後は実戦経験も積んでもらう予定だし、訓練にも参加してもらうから安心しなさい」
「は……」

 毒気を抜かれた、というような表情でガトー中尉は二人を交互に眺めます。そして心の中でつっこむのです。

「(実戦経験積んでから、士官教育じゃないのか?普通)」

「ん?何か聞きたいことでも?」
「いえ、ありません!」
「部屋の外に秘書官を待機させている。彼女に聞いて、荷物を移動させると良い」
「はッ!失礼します」



「フン……甘いと言うかなんというか、まだまだ純朴な青年だな。しかしジェーン、総帥に話をつけるのには苦労したぞ」
「信頼しているからこそ頼んだのです。恩にきます」
「それにしてもお前があんなことを言い出すとはね……」
「何かおかしい?」

 残されたキシリア少将とジェーン中佐は親しげに会話を進めています。この二人、実は飲み友達だとか。

「いいや、ジェーンも女なのかと」
「……そういう意味で頼んだわけでは」
「総帥は疑っていたがな」
「……」
「まあ、とにかく今夜は奢ってもらおうか……」

 兎にも角にも、ジェーン中佐の思惑通りに事は運んでいるようです。そしてガトー中尉の波乱の日々は今まさに始まろうとしているのです。

 この先、どうなることやら。

 ナレーションは私、ララァ・スンがお送りしました。

20080702