ソロモン海域でつかまえて!



Vol.3 史上最高の日

 サイド3の宇宙港はいつになく大賑わいです。
 それもそのはず。今日は新任の仕官たちがそれぞれの赴任先へと出立する日なのです。
 グラナダ、アクシズ、ソロモンなどの大規模軍事基地に向かう新米仕官たちと、彼らを見送る家族や恋人で港はごった返しています。

 それを半ば羨ましそうに見つめる一つの影。

「……この変な辞令がなければ、私もあの船に乗っていたのだろうな……」



 アナベル・ガトー中尉はため息をつきながらぼそりと独り言を呟くのでした。
 彼は士官学校を優秀な成績で卒業し、MSパイロットとして基地で訓練をつむものと思っていたところを何の因果か(バレバレなんですが)ジェーン・バーキン中佐の副官に抜擢され、サイド3本国での勤務が決定しているのでした。
 本国勤務の仕官は今日が仕事始めのようですね。
 彼の周りにも期待と緊張の入り混じった顔の仕官服の青年達が並んでいます。



「フ〜ンフフ〜ン♪フ〜フ〜フ〜フフ〜ン♪」

 ところ変わって、こちらジェーン・バーキン中佐の執務室です。
 この部屋の主、ジェーン中佐はずいぶんご機嫌な様子。

「そんなにあからさまに嬉しそうにされると、私の立場がないんですけど」

 もう慣れっこなのでしょうけど、ジェーン中佐の副官は呆れたように声を掛けます。
 彼女も昨日付けで副官を解任され、今日からはまた別の部署での勤務が始まります。

「ん?別に嬉しいわけではないぞ?今日はいい天気だからな、洗濯日和だ」
「中佐、洗濯なんてしたことあるんですか」
「……言われてみれば、ないな」

 見当違いの会話をしながらも、二人の手は動きっぱなしです。
 元副官は新任のガトー中尉のために「極秘!超機密!!ジェーン中佐取り扱い説明書」を書き、中佐は軍服やら髪型のチェックに余念がありません。何だかんだ言って、この人は嬉しいみたいですね。まるで恋する乙女です。というか、そのまんまです。

「(はぁ、それにしても……士官学校を出てすぐにジェーン中佐の副官なんて、かわいそうに……)」
「なんだ?何か言ったか?」
「いや、別に……」
「失礼します。アナベル・ガトー中尉であります」

 前髪を整えながら怪訝な顔をしているジェーン中佐はノックの音に反応して、先程までとは打って変わった厳しい表情をします。

「ん、入れ」
「本日付でジェーン・バーキン中佐副官に任命されました。ガトー中尉であります」
「ご苦労。私がジェーン中佐だ」
「早速ですが中尉、仕事内容の引継ぎは前任の私がやりますのでこちらへ……」
「はッ!」

 生真面目が服を着て歩いているというか、まさにそんな感じです。
 姿勢は直立不動、視線は揺らぐことなく一直線。
 私以外の誰も気づいていないでしょうけど、ジェーン中佐も一瞬たじろぐほどです。

「(本当に仕事だけ、しにきてるのね……)」

 そんなジェーン中佐の心の声が聞こえてきます。
 さらに、仕事の引継ぎを真面目に聞いているガトー中尉を見て、ジェーン中佐は面白くなさそうに鼻を鳴らします。
 当たり前です。
 士官学校まで出て色恋沙汰をしに来ているバカはいるわけがありません。
 約10年後に火星と木星の間から「俗物が!」とでも罵られそうなことです。

「(つまらーん。これでは今以上に仕事付けの毎日になりそう……)」

 手持ち無沙汰に部屋の中を歩き回ったり、花瓶の花を指先で弄んだり、ジェーン中佐は暇をもてあましています。
 そんなことする暇があれば仕事すればいいのに。

「(ここに配属させたのはいいけど、中々前途多難な予感が……)」
「……中佐、」
「(いやいや、諦めるのはまだ早い早い。諦めたらそこで試合終了という、旧世紀のことわざもあることだし……)」
「ジェーン中佐!」
「はっ!?」

 半ば間違ったことわざの知識を反芻していたジェーン中佐は、ガトー中尉と元副官の間で自分が話題に登っているのにも気づいていませんでした。

「な、なんだ?」
「失礼ですが、中佐の勤務内容というのは……?」

 そういえば、私もジェーン中佐のお仕事を知りません。
 いつも大体この部屋で書類に目を通したり、通販のカタログ見たり、雑誌の占いを気にしたり、ネットサーフィンをしたり……

 ジオン軍は、人材が余ってるんでしょうか?

「私の?兵器開発だ」

 兵器開発といえば、研究所なんかに勤務していそうなものですが……。

「もちろん行く。が、色々事情があってズム・シティからは中々動けないのだ」
「それで、こちらで……?」
「最終段階のチェックとか、まぁ、色々……」

 色々、っていうのは仕事ではないことを指しているんでしょうね。
 中佐の視線が空をさまよっています。

「まぁ、とにかくだ。今日からよろしく頼む、中尉」

 中佐は挑戦的な視線で中尉に握手を求めます。その頭の中ではいろんな計算が渦巻いているのでしょう。
 ガトー中尉の受難の予感がします。

 はてさて、これからどんなハプニングが待っているのでしょうか。

 サイド3、ズム・シティからララァ・スンがお送りしました。

20081125