イキナリでほんとすみません。てゆうかほんとにイキナリすぎて申し訳ないんですが、一年戦争が終結して早1年が過ぎました。
私、ララァ・スンも意識だけの存在となって久しいものです。死んだとか言うな、そこ!
それでも相変らずナレーションとしての役割はしっかりがっつりやらせてもらいますので、よしなに。(今回は月が舞台ですから)
さて、このシリーズの主役2名に関してですが、私の予想通り、終戦後に顔をあわせることは今までありません。気にはかけているのでしょうが、お互い敗戦国の軍人ともなれば身動きすら取れないのが事実です。
アナベル・ガトー大尉は終戦後、グラナダ撤退戦を経て、月の大都市フォン・ブラウンに身を寄せています。
今回は、彼の様子を探ってみましょう。
グラナダから落ち延びたガトー大尉は、戦友のケリィ・レズナー大尉とともにフォン・ブラウンの最下層部にひっそりと暮らしています。
あ、共に、というのはちょっと違いますね。ケリィはラトーラという女性に身の回りの世話をまかせつつ、ジャンク屋稼業で生計を立てようとしています。
で、ガトー大尉はというと、
「どう?おいしいでしょう?」
「あ、ああ……」
ここはケリィの住む家からさほど遠くない、質素なアパートの一室です。その殺風景な部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台、宇宙世紀なのにちゃぶ台、に向かい合う男女。どうやら食事中のようです。
一人はもちろん、アナベル・ガトー。
ちゃぶ台に頬杖をついて彼の挙動を見守っているブロンドの女性はニナ・パープルトン。フォン・ブラウン大学の工学部に通う才女です。
なぜ、こんな事態になっているのかというと――
『あれは、月に―フォン・ブラウンに来て二ヶ月ほど経ったころだったか。
ケリィはラトーラとか言う女とよろしくやってて、俺はなんかこう、アウェイだった。それまでルームシェアしてたわけだが、さすがにきまずくなって引っ越したのだ。引っ越した先はそこそこいい物件だったな。これもジオンに友好的な月の企業の援助のおかげだった。
そうして毎日家事と筋トレとネトゲ(“部屋とYシャツと私”みたいだな)を繰り返していたある日、そう……ある意味運命の日だった。
俺はモノレールに乗っていた。携帯オーディオプレイヤーで『FLYING IN THE SKY』を聴いていた。あの曲は最高だ。テンションが上がるからな。出撃前によく聴いていたものだった……。
その曲を聴いていた俺は完全にGガンダムの世界に入り込んでいた。俺はドモン・カッシュ、キング・オブ・ハートだった。
「俺のこの手が光ってうなる!お前を倒せと輝き叫ぶ!必殺!シャァァァァイニング フィンガァァァァ!!」
……完全に入り込んでいた。自分が公共の場にいることも忘れ、思わず全力で右手を前に突き出していた。
そして、クリーンヒットしたのだ。
ニナ・パープルトンに絡んでいた酔っ払いの後頭部に。
てーーれてって、てって♪てれれれーれっ♪てれれれーれっ♪てっててん♪
俺の頭の中で、曲のアウトロが虚しく響いてきたときには、ようやく我に返ったところだった。まわりの人間が、拍手していた。
どうやら、経緯はともかく俺はニナを助けたことになっているらしかった。
当のニナは感激しているのかなんなのか、こちらがぎょっとするような潤んだ瞳で俺を見ていた。
それはいい。
それはいいのだが、そのあとに無理矢理ニナの家に連れてこられ、舌が痺れそうな料理をしこたま食べさせられた。
それもどうでもいい。
問題は、それが今の今まで継続していることなのだ……――』
以上、ガトー大尉のモノローグをお借りしてお送りしました。
要するに、電車男になっちゃった挙句、無理矢理ヒモ生活を送らされているのですね。おかわいそうに。
「ね、これも好きでしょう?がんばったから、全部食べてね?」
「いや……もうおなかいっぱ……」
このままでは本当に生活習慣病になってしまいそうなくらいしょっぱい春巻きを目の当たりにして、ガトーは辞退する旨を伝えますが、ニナはそれを聞くや否や目元に涙をごっそりと浮かべるのでした。あ、これ毎日やってるやり取りみたいです。
「わたし、貴方のために一生懸命作ったのに……」
「……はい、食べます……」
ちなみに春巻きも毎日食卓に並びます。
相手は違いますが、なんだかやり取り自体はどこかでいつも見ていたようなものですね。
戦争が始まる前、サイド3の兵舎で、ジェーン中佐と……。
そのことを、ガトーは思うのでした。
『二人とも自分勝手でワガママなんだが、決定的に違うんだよな……。
ニナのワガママは相手を思いやっていることを建前にしたワガママだ。だから断りづらいし、重い。
反面中佐の、ジェーンのワガママは完全なる自己中心的なワガママだったな。一見横暴だが、断ろうと思えば断れるし(断ったことはないけど)、裏を探ったりしなくて済むからな……』
それはポジティブ解釈にも程があると思います。
『中佐……俺のことなど忘れて、どこかでもう、結婚でもしているのだろうか……』
ガトーが顔を顰めたのは、半生の春巻きの所為だけではないようです。
一週間後
「そういやこの前、変なヤツが来たな」
ここはケリィ・レズナーのジャンク屋です。ラトーラが入れてくれた塩入りコーヒーにげんなりしながら、ガトーはケリィの言葉に顔を上げました。
どうでもいいけどこのシリーズにはまともな料理が出来る女は居ないんですかね。
「何?」
「こういうものを置いていった。お前にやるよ」
ケリィが差し出したのは一枚の紙でした。新聞紙のような安っぽい紙に、たった5行ほどの文章。
それは、ジオン残存兵が計画する、大規模反抗作戦の計画書、ではなく……
募集要項でした。
「ふむ……定員1500名、締め切りは0082/10/25、受験料は10000円……悪くないな」
お金取られてるよ!?
「しかもだ、優遇措置もある。見ろ」
ケリィが指差した先には「TOEICスコア400点以上は受験料半額!普通免許保持者歓迎!」の文字が。
もはや語るまい……。
「俺はこんな体だし、ラトーラもいる。お前はどうだ?行く気があるのなら、行ってこいよ」
「……ケリィ、俺は……」
「(ヒソヒソ……変な女から逃げるのに最適じゃないか)」
「!(ヒソヒソ……なななんで、お前がそれを……)」
「ご近所の奥様方の情報網は舐めない方が良い」
あれっ、ジャンク屋じゃなかったの?主夫やってんの?
ていうかなんでコソコソしてんの?
「……確かにいい話ではあるな」
「そんなに悪い女なのか……」
「いや、そうじゃなくて……」
どうにもかみ合わない会話の中で、ガトーは様々なことを思い出していました。
『絶対に、生きて帰るって約束、して』
『帰る。絶対に、帰る』
其処に行けば、会えるだろうか。
ガトーが再び目を落とした《募集要項》の一番下には、こう書かれています。
【試験場所は機密事項のため、受験希望者の方はフォン・ブラウン空港より出航の船までお越しください】
出航日は、明日。
20090602