ソロモン海域でつかまえて!



「サイド3は下克上!? 〜太陽に吠えるにゃ!〜」

 みなさん、おはようございます!今日も朝日がすがすがしいですね!今日は絶対、いい日になりますよ。

 ほら、兵舎からも明るい声が・・・


「貴様!私をジェーンバーキンと知ってのその行動か!?」




「中佐、いい加減に落ち着いてください。大人気ないですよ」
「ガトー、貴様まで私に逆らうか!」
「いやあの、さからうも何も相手は猫ですから」


 時を遡ること、30分前


「おはようございます……なんです?その猫」

 いつもどおり、アナベル・ガトー中尉は上官のジェーンバーキン中佐の執務室に山盛りの書類を抱えてやってきます。彼が目にしたものは、

「見て解らんか、猫だ」
「それはわかりますけど…いつの間に?」

 ジェーン中佐の執務机の上で優雅に寝そべっているのは白い猫。美しい毛並みとツンと澄ました表情が気高さを漂わせています。まるで誰かさんのようなふてぶてしさも…ゲフン!

「私が飼っているのではない。グラナダにキシリア少将が出張している間だけ預かることになったのだ」

 にゃおん

 中佐の言葉を肯定するように、白猫は鳴いてみせますが、どうやら中佐は机が狭くなってやっかいなようです。追い払おうとしてペンの尻でつついていますが、猫は微動だにしません。

「ああ、そうでしたか…これ、書類で……うわ!?」

 机に近づく中尉をじっと青い目で見つめていた猫が、突然飛び掛りました。当然、ガトー中尉は驚いて書類を床に落してしまいます。

「何やっとるんだ……」
「く、くすぐったい!ちょ、中佐!みてないで何とかしてください!」

 猫はガトー中尉の服に爪でしがみついたままにゃあにゃあ鳴いていますが、ジェーン中佐はやっかい払いができたとでも言わんばかりに晴れ晴れしい表情になって仕事を再開します。書類を拾っておけと命じるのは忘れません。とりあえず、ガトー中尉は猫を抱きかかてみますが、先程までの気難しそうな表情は消え、猫は愛らしい表情でにゃおんと鳴いています。なにこの豹変。

「かわいい猫ですね」
「……そうだな」
「名前はあるんですか?」
「………ザクレロ」
「は?」
「ザクレロとかいうらしい」
「……変……わった名前ですね」

 それ以上言うなと言わんばかりに、どこか訳知り顔のジェーン中佐はため息を洩らすのでした。
 一方のガトー中尉は猫を抱えなおして、

「懐かれてしまったみたいです」

 ザクレロ――この名前言うのもなんか嫌です――は喉を鳴らしながら満足げな顔でガトー中尉の胸元に体を摺り寄せています。懐かれている当のガトー中尉本人もまんざらでもなさそうに舌を鳴らしたり、整った毛並みをなでています。

「にゃぁん」
「おーよしよし」

 カツ、とペンの先を書類に充てたジェーン中佐の眉間には皺が寄り、口元は引きつっています。ああ、刻が見え…ません。私には怒りのオーラしか見えません。

「仕事をしろ!仕事を!!」
「はぁ、そういわれましても、この子が離れてくれないもので」

 さすがに日ごろからガミガミやかましく言われている所為か、投げつけられた言葉への対応も、投げつけられたクリスタルの文鎮のキャッチも手馴れたものです。
 ザクレロと呼ばれた猫はガトー中尉の肩章に爪でしがみついたまま、ぶら下がっています。これでは、無理に引き離そうとすれば軍服が悲惨なことになることは必死でしょう。
 ジェーン中佐は髪を耳にかけてため息を吐き、

「とりあえず、横でニャンニャンニャンニャン言われては集中できん」

 ペンでドアを指して、暗に出て行くように示しました。

「それじゃあ、失礼します。書類のサイン、お願いしますよ」
「わかっている!全く…キシリアも厄介な猫を…む?」

 ドアから退出する一人と一匹を見送るジェーン中佐の目に飛び込んできたのは、

「にゃ♪」
「!?」

 ガトー中尉の肩の上で勝ち誇ったように目を細めるザクレロなのでした。瞬間、ジェーン中佐の周囲に走るただならぬ殺気。

「待て」
「……はい?」

 それをガトー中尉も察したのか、恐る恐る中佐の方を振り返ります。

「書類の仕分けを手伝ってもらおうか」
「は、しかし……」

 ガトー中尉は視線を泳がせ、ザクレロの背中を撫でながら、言葉を返します。誰がどう見ても、ビビリながら。

「猫なら別に構わん」
「そうです、か?」

 表面上は冷静を装いながらも、彼女ら―中佐とザクレロ―の間にはまさに女同士の修羅場が繰り広げられています。きっと私が生身でその場にいれば、気を失うくらいはするでしょうに、ガトー中尉ときたら全く気づかぬようで、羨ましいです。鈍感力ってヤツですね。

 それからしばらく、仕事を続けていた二人でしたが、どうにも、ザクレロは書類を散らかすは中尉の服にぶら下がるは、あまつさえジェーン中佐のインク壺を倒し…

 そして、冒頭に至るわけなのでした。



「もう我慢ならん!!コイツ!とっちめてやる!」
「と、とっちめるって……あぁ!?」

 おろおろするガトー中尉を尻目に、腕まくりした中佐とザクレロの追いかけっこが始まるのでした。
 ソファを飛び越え、棚を揺らし、時折ガトー中尉の足を踏んづけながら追い掛け回すこと20分。

「はっ……はっ……な、中々やるな…貴様、その腕ならば軍でも十分に……」
「中佐、相手は猫です」

 しばらく見守っていたガトー中尉でしたが、止めるのは無理だと諦めておとなしく床に散らばった書類をかき集めています。ソファでぐったりするジェーン中佐を見下すかのような、棚の上のザクレロの視線に、彼女の怒りは収まりません。

「ふ……そうしていられるのも今のうちだ」

 全く、猫相手に大人気ないことこの上ないのですが、ジェーン中佐は大真面目な顔で卓上の電話を取り、誰かに連絡を取っています。まさかサイド3から直接グラナダに連絡がつくわけもないので、相手は飼い主のキシリア少将ではないでしょう。その相手はわからずじまいのまま、電話は終わります。

「ガトー、ザクレロを捕獲しておけ。お前ならヤツもおとなしくなるようだから」
「はぁ……今、誰に連絡を?」
「直に解るさ」

 ジェーン中佐はそのままソファに寝そべり、ガトー中尉はザクレロを抱いて、待つこと5分。

「中佐!お呼びですか!」

 やってきたのはザビ家の末っ子、ガルマでした。どうしたことか、ジェーン中佐のファンを名乗っている彼、急いで駆けつけたために息を切らしています。横にはシャア・アズナブル。碧眼を隠すサングラスがよく似合う彼は「おもしろそうだから」という理由でガルマにくっついてきたのでした。

「すまないな、ガルマ」
「いえ、中佐のご命令とあらば!……これは?」

 さすがに、中佐に呼ばれて嬉しそうなガルマも、この部屋の惨状に顔を引きつらせています。

「夫婦喧嘩でもしたんですか?」
「やかましいぞシャア……ガトーが抱えている猫のせいだ」
「猫…あ!レロたんですね!」

 レロたん?

「姉上も僕もですが、家族のみんなはそう呼んでるんですよ」

 ということは、

 ガルマ「おはようレロたん、今日もかわいいな」
 キシリア「レロた〜ん、おいで♪」
 ギレン「む、レロたん、そのコーヒーを飲んではならんぞ」
 デギン「ところで、レロたんもそろそろ家族が欲しい頃ではないか?」
 ドズル「レロたん、今帰ったぞ!」

「「「……」」」

 ガルマとキシリア少将以外からは呼んで欲しくないでしょうね、レロた…ザクレロも。

「……それはそれとしてだな、どうにもソイツがガトーに懐いてしまって仕事にならん。姉の責任を取ってお前が連れて帰れ」

 ぴしゃりとジェーン中佐が言ってみせると、ガルマは困ったように頬を指先でかきながら、

「あぁ……レロたんは美形好きですから」
「美形好き?猫が?人間を?」
「まぁ、信じられないかもしれませんがそうなのです」
「それを認めると、私は自分が美形であることを認めてしまうことになりますね」
「へらへらしている時点で認めているも同然だろうが、馬鹿者」

 褒められたようで悪い気はしないのか、ニマニマしていたガトー中尉の頭はジェーン中佐から手加減無しにひっぱたかれます。先程シャアが言った「夫婦喧嘩」も、あながち的外れではないかもしれませんね。ジェーン中佐は死んでも認めないとは思いますが。

「ところで、ここからその、ザクレロを連れ出すのなら私に考えがあります」
「何?本当かシャア?」
「なんだ?言ってみろ」
「簡単ですよ、」

 右斜め上からのアングルでシャアはフッと息を吐きながら続けます。

「より美形の人間を連れてくればいいだけです」

 まぁ、確かにそうなのですが……。同じように考えていたジェーン中佐も期待はずれのような顔をして、

「美形の人間なんてそうザラにはいまい?ガルマには全く反応していないようだし」
「失礼ですよ中佐」
「あの、僕は家族なので……」

 家族云々はどうでもいいとして、やけに自信満々のシャアに三人は怪訝な視線を投げかけています。すると、おもむろにサングラスに手をかけたシャアが、

「私がいるではありませんか」

 サングラスをわざとらしく取った瞬間、皆の目には「背後に大輪の薔薇を背負った、通常の3倍美形のシャア」が映りました。もちろん、ザクレロとて例外ではありません。

「フニャーーーーッ!!!!」

 まるでねずみにでも襲い掛かるようにザクレロは興奮した声を上げてシャアに飛び掛ります。

「ほら、言ったとお……!?!?」

 ただしシャアは予想外だったらしく、あまりの勢いのよさに、ザクレロともども床に倒れこみました。

「なるほど」
「たしかに」
「効果覿面ですね」

 顔にザクレロを乗せたまま、シャアは絨毯の上をのたうちまわっています。誰も助けません。いや、助けることができないと言うか、なんだか馬に蹴られそうな気がするのです。

「ガルマ、助かった。礼を言う」
「そんな、中佐のためでしたら……」

 呼吸が出来ないのか、もがもが言って足をバタつかせるシャアを憐れみの表情で見つめながら、三人は一件落着と言わんばかり。

「それじゃあ、お仕事の邪魔になりますから僕達はこれで……」
「ああ、また遊びに来るといい」

 ガルマはシャアの両足を掴み、引きずりながらジェーン中佐の部屋を出て行くのでしたが…「みとめ、たくない、ものだな…」とかいう声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

「さて、仕事だ。一時間近く遅れているな……」
「中佐が猫相手にムキにならなければ良かったんで」

 ぼふっとクッションをたたきつけられた音で、ガトー中尉の台詞は途中で途切れてしまい、

「誰が猫なんぞに妬くか!!」
「(そこまで言ってないんだけどな……)」

 とりあえず、サイド3は今日も平和です。

20081021