「あー疲れた……」
「まさか中佐が来るとは思わなかったな」
「私に会いに来たのだろう?言ってくれれば官邸でいつでも……」
「(無視)ところでまだ演習は始まらないのか?セシリア」
「は、ジェーン中佐。その前に、デギン公王のご提案で……」
「「「カレーコンテスト!?」」」
先日、バーキン中佐の盛大な勘違いの原因となった(“vol.4 史上最低の演習”参照)MS演習はサイド3の建設中コロニーにて行われています。その後は場所をズム・シティの士官学校近くの演習場に移してからの野戦練習です。
作戦本部を兼ねたテントには、ギレン・キシリア、そしてあつかましくも休憩にやってきたジェーン中佐。
ところが、どうしたことか。
「はぁ……公王陛下は“殺伐とした演習に少しでも和やかな雰囲気を”、と仰いまして……」
「それで、父上はカレーコンテストなるものを?そうなのかセシリア?」
「全く……どうなさるのです、兄上?」
「それが、キシリア閣下……すでに材料などもそろえられていますし(公王のポケットマネーで)、なにより……」
セシリアの視線の先には
「面白そうじゃないか!私も参加する!」
見学だけやっていたジェーン中佐がどこから持ってきたのか割烹着に袖を通し始めています。割烹着。宇宙世紀なのに割烹着。しかもピンクのチェックにさくらんぼ柄。
「……」
「……」
「……まぁ、ジェーンが参加するというのなら仕方ない。セシリア、演習終了後、各員に伝達しておけ」
「はぁ……」
「兄上も、意外とっつーかマジで甘いようで……」
という運びになり、ギレン総帥の秘書、セシリア・アイリーンが演習場を伝達の為に駆け回っているのでした。
こちら、ランバ・ラル隊
「何?カレーコンテスト?」
額の汗を拭うラル大尉は若干たじろいだものの、さほど気にかかる様子もありません。
さすが歴戦の兵士。ちょっとのことでは動じないのでしょうが、果たして“演習場でカレーコンテスト”がちょっとのことで片付けられるとは思えません。
「あなた、私の料理の腕を以ってすれば優勝は間違い無しですわ」
「ハモン様の作る料理は絶品揃いですからなあ!」
「……そういうわけですので、準備の方、お願いしますね(筋肉バカどもめ!)」
どこまで本当で、どこまで社交辞令なのかわからない会話を背中で聞きながら、セシリアは次なる目的地に向かいます。
こちら、チーム・ギニアス
と言っても、ギニアス・サハリン少将は見学で、ユーリ・ケラーネ少将が指揮を執っています。当の御大将は日よけのタープの下で読書です。やる気あんのか。
「カレーか!いいじゃねえか、優勝したらなんかもらえるのか?」
ユーリ少将は演習で力を出し切れなかった分、カレーコンテストにぶつけてみせようとでも言うのでしょうか。がぜんやる気です。ベクトルが全然違うと思うんですけどね。まぁどうでもいいです。
「えっ?……た、多分」
詰め寄られたセシリアは仰け反りながら返事をします。
「腕を振るうか!男のカレーってヤツを作って賞品を頂いてやるぜ!」
「(暑苦しい……)」
同じく秘書官のシンシアと苦笑いをかわし、さすがのセシリアも頭が痛くなってきたようです。ちなみにギニアス少将は完全に我関せずを貫いています。
さて、次に向かうのは……。
こちら、黒い三連星
「ほう、公王陛下も粋な計らいをするものだな」
「全くだ!俺達の連携がMSだけじゃねえってことを教えてやるぜ」
「マッシュ、オルテガ!ジェットストリーム・カレーだ!!」
「(……)」
もう言葉もありません。
セシリアも思っていることでしょう。
この軍、本気で大丈夫だろうか、と。
そして、チーム・ジェーン
「はぁ?カレー……でありますか」
とりあえずはMSに乗ることが出来て満足していたガトー少佐は、野戦服に身をつつんでいます。いつもは小奇麗に仕官服を着こなしていますが、これはこれで男らしさが際立って似合っています。まるでどこぞの“固体蛇”ですね。ダンボールがあればさらにそう見えるでしょう。
が、突如場違いにも程がある割烹着姿で現れた、彼の上官の口からは予想だにしないことが飛び出します。なぜ、カレー?
「そうだ!」
「……中佐、失礼ながら伺いますが……」
「料理?包丁すら触ったことが無いな!」
「(やっぱり……)」
「あんずるな!助っ人を呼んでいる!」
フン、とどこか偉そうに腕を組んでみせた中佐の後ろから二つの影が見えています。その片方は満面の笑みで両手を振りながらかけてくるガルマ。
「中佐――!」
もう片方は憮然とした顔で両手を組みながら歩いているシャア。
「こっちは休みなんですから、相応のことはしてもらえるんでしょうね」
「フン!どうせ暇をもてあましていたのだろう?貴様には賞品をくれてやる」
始まる前から仲間割れでしょうか。ここでもジェーン中佐とシャアは火花を散らすばかりです。
審査員席
「ガルマの姿が見えんが……」
「バーキン中佐の手伝いに行ったそうです」
「くっ……本来ならばこのわたしが……」
「兄上も、色々勘違いなさっているようで……」
審査員席にはギレン、キシリア、マ・クベ。デギン公王は言うだけ言って参加しないみたいですね。
「それよりもマ大佐、突然ですまなかったが賞品は用意できているのか?」
「ご心配なく、キシリア閣下。すでに賞品は……あちらに」
マ大佐が指差した先には、いつのまにか出来ていた雛壇にベルベットがかけられた【何か】が置かれています。
「(マ・クベの用意したものだからな……本人以外には至極どうでもいいもののような気がするが……ま、いいか)」
「(キシリア閣下には賞品と別に“よいもの”を用意したからな……)」
「(ジェーンの作ったカレーが食べられるとは……ジェーンよ、お前が“はい、あーん♪”してくれたら私の権限で優勝にしてやろう……)」
三者三様の思惑を胸に秘めながら、審査員はカレーが運ばれてくるのを心待ちにしています。と言ってもそんなに早くカレーが出来るはずもありません。ですので、場所を“特設調理台”に移してみましょう。
まずは、ラル大尉のチームです。
なるほど、クラウレ・ハモンが新妻のようなエプロン姿で腕を振るっています。ラル大尉は鼻の下を伸ばしている以外、何もしていません。
数々のスパイスに、見たこともないような野菜。肉は合成ではなく、ホンモノの牛肉です。野菜も地球産かもしれません。手に入れるの、大変だったでしょうね。
「ハモン、これはなんだ?初めて目にする野菜だな……」
「あっ、それ、そのへんに生えてました」
……。
次は、チームギニアスです。こちらはラル大尉のチームとは違って、市販のカレールーを使ったごくごく普通のカレーです。
野菜が皮も向かれずまるごと入っている以外は。
「どうだ!豪快だろ!?肉だって……あれを見てみろ!」
と、ケラーネ少将が指差す先には、小さな物干し竿状の木につるされている、豚。その下に、焚き火。
豚です。豚が一頭です。漫画でしか見たことありません。このカレー、山盛りのごはんの上に漫画肉がのって、きっとその周りにルーが注がれるのでしょう。すごい見た目です、それだけならぶっちぎりです。いろんな意味で。
お次はチーム・黒い三連星。こちらは早くも完成したようです。三人は一列になって盛り付けられた皿を審査員席に運びます。皿を持っているのはガイア、スプーンを持っているのはマッシュ、そして手ぶらのガイアの順番で。
まさか……。
「ム、早いのだな黒い三連星」
「は!俺達は宇宙でも食べているレトルトの“ポンカレー”を使ったので!」
「米は“イトウのごはん”です!」
「何?それでは味にこだわることなど出来ないでしょう。仮にもコンテストだというのに」
キシリアが意外に真面目なコメントしていますね。あんまり乗り気ではないと思っていましたが。
「とんでもない!味は確かに劣るかもしれませんが、それ以上の創意工夫がなされています!」
「いくぞ!マッシュ、オルテガ!」
「「おう!」」
あ、とてつもなく嫌な予感。と、ギレンが思ったときにはすでに遅く、
ガイア「まず俺が皿を置く」
マッシュ「そして俺がスプーンを差込み、」
ガイア「俺が口に運びます!さぁ総帥!口をあーんしてください!」
これは、確かに創意工夫の面では評価できるかもしれませんが、如何せんむさくるしい男達にカレーを口に運ばれて嬉しい人などいるはずもなく、
「断る!貴様等は失格!!」
ギレンによって、チーム・黒い三連星は見事に敗れ去ったのでした。
一方、バーキン中佐はというと、
「よし、それではガトーは野菜を切れ。「はっ!」ガルマは米を研ぐこと。「了解です!」それからシャアはそのへんでラジオ体操でもしていろ」
「意味が解りません」
「ああ!それと、皆、私のことは今限り“料理長”と呼ぶように」
「料理長、」
「……途中で我に返ったのだ。ガトーとガルマに作業を分担したら私とお前のやることがないとな」
「それでよりによってラジオ体操ですか」
「第二だ」
「ではジェーン中佐が第一をやってください。続けますから」
「……」
「……」
さっきまでいがみ合っていたというのに、またまた口げんかです。これでは作業も進むはずもなく、おまけにガトー中尉はタマネギに涙しています。
「あ!」
唐突にガルマが声を上げ、それに三人とも反応して振り向くと、なぜか、……いや、お約束どおり食器洗い洗剤を片手に困った顔のガルマが笑います。
「洗剤、切れちゃった……」
「洗剤って……お前!米を洗剤で洗うヤツがいるか!そんなのは、中学の調理実習で済ませておく通過儀礼だろう!ジェーン中佐も……!」
唯一の常識人ガトー中尉が男泣きに泣いて(タマネギによる)声を荒げますが、同意をもとめて振り返った先のジェーン中佐もシャアも全く気にしておらず、
「いいじゃない、どーせ私たちが食べるんじゃないし。あとガトー、私は料理長だ」
「全くだ。ガルマ、いっそ色んなもの入れとけ。泥とか」
「え!?ちょ、シャア!?」
「(この二人に意見を求めたのが間違いだった)」
その後、まともに進んだ作業は野菜を切るのみで、ガルマはガルマで洗剤をどこからか借りてきて米を“洗う”始末、ジェーン中佐とシャアは“ばりうまカレー”か“ふやけるカレー”かで論争する始末。
これでは埒が明かないのは誰の目にも明らか。そこでガトー中尉は料理長の目を盗んでいそいそと調理を開始するのでした。
「(少なくとも、私だけでもまともにやればそれなりのカレーが出来るだろう……)」
一方、ギレンもそれなりに空腹を覚えてきた様子。次に運ばれてくるカレーを心待ちにしていますが、中々その気配は見えません。
「おい!まだカレーは出来上がらんのか!」
「ギレン総帥、」
「ん?なんだセシリア」
「えーー……と、報告いたします。まずラル大尉のチームですが、クラウレ・ハモン曰く「カレーは一晩煮込み、なおかつ一晩置いたものでないととてもじゃないが総帥に食べさせることは出来ない」と。」
「失格!」
「……次に、チーム・ギニアスは「カレーが皿に入らないので、できればこっちに食べに来てほしい」、だそうで……」
「失格!!」
「それからギニアス・サハリン技術少将は体調不良のため早退です」
「知るか!ええい!まだジェーンのカレーがあるだろう!優勝はジェーンにくれてやる(消去法で)!はやくカレーを持ってこさせろ!」
「……と、いうわけですので、総帥にこれ、もって行きますね」
「ん?ああ、好きに持って行ってくれ。それよりもだ、シャア。ずけずけとチョコレートをカレーに入れるなど……!恥を知れ!俗物!」
「何を!チョコレートこそカレーにいっそうのコクと深みをもたらし……」
「いや、ヨーグルトもアリだと思いますよ?」
「……」
「あの、米が炊けてないのでルーだけになりますが……」
「構いませんよ、総帥もそろそろ(空腹の)限界みたいですし……ガトー中尉も大変ですね」
いつの間にやら“カレーの隠し味論争”に没頭しているガルマ・シャア・ジェーンを尻目に、ガトーとセシリアは真面目にコンテストを続けています。見た目だけはまともなカレー(ガトー作)、果たしてお味の方はいかがでしょうか。
「ルーだけか。まあいい。ジェーンが私のために心をこめて作ってくれたのだからな」
本人はなんもしちゃいませんが。
「しかし、なんというかこう……変わった香りだな。まぁいい、いただきます、と……」
ああ、今思えばそれが普通のカレーだと信じて疑わなかった総帥に、一体何の罪があったのでしょうか。
「……?……」
「いかがですか?総帥、ルーはカレーとドミグラスソースとケチャップを1:2:3で、」
おかしいだろその比率。
「野菜も肉もすべて下味をつけています。“酢豚”といわれる料理を参考にしてみました!」
これは……。
「隠し味にはあの三人がチョコレートとコーヒーとヨーグルトだといってきかなかったので、」
「ちょ、キシリア!水!水!」
「イチゴチョコレートを200グラムとカフェオレ1リットルと、アロエヨーグルト3カップを入れてみました!」
ギレン は みずを あおっている。
ギレン: HP 1/3648
「総帥?お口に合いませんでしたか?」
ギレン: HP 0/3648
へんじがない ただのしかばねのようだ
「隠し味が主役みたいな配分だな、このカレーは」
「美しくない。味も総帥閣下を見れば一目瞭然です。そもそもこれではカレーとすら呼べませんね」
「(がーん)キシリア閣下も、マ大佐も……それでは……」
「……コンテストを開いた以上は仕方あるまい。優勝賞品はジェーンにくれてやれ」
「ジェーン中佐、約束です。賞品は私がいただきます」
「貴様、シャア!何もしとらんだろう」
「ふたりとも何もしてませんよ」
「で、賞品ってなんなんです?開けてみてもいいですか?」
じゃん!
『マ・クベセレクト 北宋の白磁小瓶』
「……綺麗ですね(棒読み)」
「よかったなぁ、シャア(棒読み)」
「あ、やっぱいらないです。中佐にあげます」
「え?いいのか?」
「?ほしいんですか?」
その場の誰もが「うわーこんなの何にも使えないし玄関に置くのもビミョー」と思っている中、ジェーン中佐だけが顔をほころばせています。
大きさや質感を確かめるように両手で包み、そんなもの欲しいなんて変なの、といった周囲の視線をものともしません。
「うん!ちょうどこういうのを探していてな!ミルクポッドに丁度いいじゃないか!」
それは、マ・クベ大佐は怒るよ。と焦ったガルマとガトーが視線を本人によこすと、案の定ムッとした顔のマ・クベが口を挟みます。
「ジェーン中佐……私の用意した“よいもの”をそのようなことに使うだと……?」
あ、やっぱり。急激に下がる温度の中で平然としているジェーンにつかつかとマ・クベは近寄り、ジェーン中佐のきょとんとした顔をびっと指差しました。
「いいか、それは北宋の白磁だ!ミルクポッドなど……!そこは醤油さしがぴったりに決まっているだろうが!」
「えー……でも醤油さしは別に持ってるし……」
「まったく!ではベネツィアンの小瓶をくれてやるから、ついて来たまえ」
「え!マジっすか!ラッキー!」
いいのかよ!とツッコむ暇すら与えず、妙なところで趣味があったのかどうなのかわからないコンビは演習場を後にします。
あれっ、まだ演習、終わってませんよね?
「父上も……カレーコンテストなんてものをやるからこうなるのだ……」
「姉上、余ったカレー、どうします?僕が炊いたご飯もありますけど」
「……父上に送っておけ」
その後、サイド3中を「デギン公王暗殺未遂」のニュースが飛び交ったとか。
20090315