3rd Anniversary.



自分がだめなら俺を愛せ

俺の週末は、ここんところけたたましい音で始まるのが常だ。
今朝もまた、メラミンの食器が床に落ちる音で目が覚める。それもカップ一個とかそういうレベルじゃない。いい加減下の階の住人から苦情が来るのを覚悟しなければならないだろうと思うくらいの音は、きっと大皿が二枚にカップが二つ、ついでにフォークとバターナイフも落ちてるんじゃないだろうか。
ううとうなるような、ジェーンのか細い声も聞こえる。俺は枕に顔をうずめて、聞こえないようにため息をついた。

ジェーンと暮らしだしたのは三ヶ月ほど前から。暮らすといっても、アイツが俺の部屋に転がり込んできたというほうが正しいかもしれない。
仕事で疲れているのはお互い様なことなのに、アイツは律儀に食事を作るだとか掃除だとかそういうことをやろうとする。
世の男たちが喜ぶように、俺も最初は喜んだ。

だが、壊滅的なのだ。家事の成績は。

一週間もたたないうちに俺の部屋の食器は全滅した。同じものを買いなおそうと言うジェーンを必死で説得して、床に落としたくらいじゃ割れないメラミン製の食器を一そろい買ったのは果たして正解だったとしか言いようがない。電子レンジで暖めなおすことができないのが難点だが、毎回毎回食器を床に落とすのだからしょうがない。
…そろそろ床の傷を考えてマットを買わなければならないかもしれないが。
壊滅的といったとおり、料理の腕も悲惨なものだ。
なんだかわけのわからない横文字の料理を食べさせられたときは、きっと無理して自分の能力値以上の料理にチャレンジした結果の悲劇なんだろうと思っていた。ちなみにそれは鶏肉をソテーしたものにきのこ入りのホワイトソースをかけたものだったのだろうが、鶏肉は外はこげて中は生、ホワイトソースは作る途中でこちらも焦がしたのかもはや“ブラウン”ソースだった。中に入っていたきのこもご丁寧に石づきがついたままで。
で、その後試しに野菜炒めでも作れと言ってみたところ、俺の予想は裏切られたという結末。
野菜炒めだ。豚肉とニンジンとキャベツとタマネギを用意した。
出来上がったその中には、芯が残ったキャベツと生焼けのニンジンとカレーにでも入れるのかと言いたくなるくらいにあめ色になったタマネギ。かろうじて豚肉の火のとおりはまずまずなのだが、いかんせん、包丁で切れていなかったのかつながったままだった。

幸いにして、洗濯と掃除は人並みにできるようにはなった。が、料理の腕は相変わらず。
何度も何度も「お前は洗濯と掃除をしてくれればいいから」と言っているのに、なぜか頑として聞かない。それで俺は毎日早めに帰ってきて、ジェーンがいないうちに食事を作っているわけだ。どうも、不満らしいが。

『だって私、こんなんじゃ甲児に嫌われちゃうし…』
『いや、嫌わねえし』
『でも、情けないし…』

要するにジェーンの頭の中にはステレオタイプ的な大和撫子が理想の女性としてインプットされているのだろう。そして料理ができない自分はその理想像からかけ離れているらしい。
まあ、努力するのはいいことだ。努力・根性・熱血。最後はこの場合にそぐわないけど、俺の信条。
ただ、ジェーンが(自分の)理想像を追求しているように、俺にも一応、理想の男性像というのがあるわけであって……

「あっ…起こしちゃった?……よね?」
「…そりゃあ、まあな」

形から入るタイプらしいジェーンは、お気に入りの雑貨屋で色違いのエプロンを五枚買ってきていた。今日は赤。熱血の赤だ。

「メシは俺が作るって…」
「いいの!トーストぐらい私だってできるし!目玉焼きも…めだ…ま……」

ジェーンは突然シュンとうつむいた。
理由が手に取るようにわかる。卵が割れないのだ。

「割ってやるから」
「うう……」

情けながっているのか感謝しているのか。ジェーンはいまどきレトロなポップアップ式のトースターに食パンを突っ込んでいる。
横のコーヒーメーカーは今日は異音を発していないから、とりあえずコーヒーだけは確保できたと言えるだろう。
小さなボウルに卵を二つ同時に落とすと、「片手で割れるようになるまで何年かかるの?」とジェーンがたずねた。

「お前、そんなことよりフライパン空焼きしたまんまだろ」
「だって甲児が“十分熱しなきゃ駄目”って言ったじゃない、こないだ」
「あー…お前程度ってものを知らないから…」

だからああいう極端な料理になるんだろうな、とは続けず、俺はフライパンの上に手をかざした。

「このくらいなら十分だ。覚えとけよ」
「そんなのわかんないよー…」
「ほら、油」
「はーい…じゃなくて!私が作るの!」

頑固さだけは一流だ。
俺は時々、たまには甘えたり頼ったりしてほいんだけどなと思う。
別に料理ができないのが致命的な欠点だとは思わない。俺は料理が得意だし。

「甲児は半熟?」
「任せるよ」

半熟が好みかと聞かれればまあそうなのだが、ジェーンにそれを要求するのは酷なものだろう。
第一それが出来たからといって、皿に移すときにクラッシュしてしまいそうなものだ。と、考えつつそれはあまりにも彼女に失礼なのかもしれないと反省した。

「やっぱ半熟で!」

はいはい。と、何故か楽しそうなジェーンの返事を聞きながら、俺は窓を開けた。
冷たくなってきている風に秋の到来を感じる。俺は、そろそろ秋刀魚が美味い季節だなんて色気がないことを考えた。そうすると自然と“今夜の夕食は秋刀魚の塩焼き”モードになるわけだが、卵が割れないジェーンが魚をさばけるはずがない。
今の様子だと今日は三食、ジェーンの手料理になりそうな気がするが、せっかくやる気なのだからそろそろ料理教室でもやってやろうかと思う。食の安全とかそういうことではなく、ただ単に二人でキッチンに立つなんてこともよさそうだと思っているわけだが。

「(まぁそのうち、愛妻弁当とか…)」

ポンととびだしたトーストの音に、俺は我に返る。柄にもないことを考えていた頭に、冷たい風が心地よかった。

- end -

20090906

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