adult!



※α沿いのお話です。
※レオナちゃんがヒュッケバインに乗っている設定です。


ガンダム二号機が強奪され、トリントン基地は壊滅した。何がなんだかわからねえうちに、俺の所属する獣機戦隊は、アーガマとかいう戦艦に配属された。
見慣れない艦内を何気なく歩いていたら、目の前に明るすぎるくらいの金髪が目に飛び込んできた。確か、アイツはヒュッケバインに乗ってたレオナ。
おい、と声をかけると、間の抜けた顔で振り向きやがる。こんな緊張感の無いヤツが戦場に出てるなんざ、信じたくても信じられねえ。
いつだって回りにいる連中が"血気盛んな"って枕詞が似合うような俺を、この女は怪訝な顔で眺めていた。

「お前、レオナってんだろ?」
「そうだけど……」
得体の知れぬものに接するような表情だ。
「フン……まだガキもいいとこじゃねーか」
正直に思ったままを言うと、レオナはむっとした顔をしてみせる。レオナが何か言い返そうと口を開きかけたとき、廊下の向こう側から「ブフッ!」という変な声が聞こえた。声?

俺達の視線の先にいたのは若い女だった。白衣に身を包んでいるソイツは、なにやら必死に笑いをこらえようとしている。
「なんだアンタ?」
「ごめんねぇ、同年代の子同士でガキなんて言ってたからつい、おかしくて……」
笑いをこらえきれずに、低く小刻みに笑い出した。それでようやく、変な女だと思っていた俺の頭に、ようやく馬鹿にされてんだという認識が浮かんだのだった。
「んだよ?俺がガキだってぇのか?オバサン?」
「あら、私まだ25よ?それがオバサンに見えるのは、あなたが子供だからかしら?」
ムカッ。大声を出そうとした俺を遮るように、そのオバサンはレオナを呼んだ。
「レオナ、機体のことでちょっと話が在るんだけど」
「あ、はい。ジェーンさん、なんでしょう?」
「うん、実は……」

そのまま二人は会話をしながらどこかに歩いていってしまい、取り残されてしまった俺は一人で無様に立ち尽くしている。
なんか無性に悔しかった。というか、わけのわからないままに情けなさすら覚えているような気もする。
"血気盛んな"俺は、ここぞとばかりに向かいあっていた壁をガツンと蹴った。当然、痺れるような衝撃に見舞われる。いいやこんなこと、わかってたんだよ。壁を蹴れば足が痛くなるだろうってことぐらい。
けどわかっててもやっちまうことってあるだろ。たかだかつま先が痛む程度でためらう方がよっぽど精神的に悪いと、俺は思う。


……くそ、痛ぇ。


その後、雅人に聞いた。ジェーンってのは前からアーガマに乗ってたらしく、種類を問わず、搭載された機体の調査と整備アドバイスを行っている研究員だと。
「……ってことで僕達もお世話になる人だから、失礼が無いようにしてよね、忍」
「なるか!アイツの世話になんかなるかよ!」
「どうしたんだい?忍……?」
「荒れてんなあ……」

雅人も沙羅も亮も驚いたように俺を見ている。
てめーらだって似たり寄ったりの癖に人を猛獣みたいに見てんじゃねえ。ああクソ腹が立つ。あの女に会ったせいだ。
ソイツがすげえのかなんだかしらねーが機体の整備くらい俺一人でやってやる!


という固い決意をしたにもかかわらず、俺に一々つっかかるように、ジェーンは絡んできた。
しかも、なんなんだよ、なんで俺がちゃん付けで呼ばれなきゃいけねえんだよ!

格納庫じゃあ、

「忍ちゃーん!元気ぃ?」
「大声で呼ぶんじゃねえ!!恥ずかしいだろーが!!」


食堂でも、

「あ、忍ちゃん!私ダイエット中だからこのプリン食べない?好きでしょ、プリン」
「食うか!てめーなんか太れ!丸々と肥えろ!!!」


こともあろうにブリーフィングルームでまで、

「おっ、ちゃんと会議に出てるのね!偉いわねぇ〜」
「うるせえっつってんだろ!!お前は俺のお袋か!?」



「もーガマンならねえ……」

格納庫で整備をしながら、俺の堪忍袋の緒は限界ギリギリだった。
なんなんだアイツは。他のガキどもは懐いてるみてぇだが俺にとって疫病神だ。雅人も雅人だ、へらへらしながら楽しそーーーに話しやがって、今度会ったら鼻の下のびてんぞって言っといてやんねぇとな。
髭のオッサンたちが煙草を美味そうに吸ってる。イライラしたときにはいいとかなんとか言ってたが、俺はそんなもの吸う気にはなれない。煙なんて、マズイに決まってるからな、別に未成年だからとかそういうんじゃあ、断じてない。

「……ちっ」

整備用の工具箱の中に入れていたはずのオイルがなくなっていた。細かいところは人の手で射してやらないとうまく動かない。めんどくせぇけど、しょうがねえ。幸い整備兵のオッサンたちもまだ残ってるみてぇだし、これだけちゃっちゃと終わらせて風呂入って寝るか。
「よっ、と」
リフトを使うのが面倒で、俺は床に向かって飛び降りた。じんわりと足の裏に痺れが襲ってくると、いつだったか壁を蹴ったあの日のことを思いだす。

なんでアイツ、ジェーンは俺のことをガキ扱いするんだ?
オバサンって言ったからか?だとしたらアイツのほうが十分ガキじゃねーか。25にもなって、いい年した女が聞いて呆れるぜ。次はババァって呼んで…………やめとこう。なんかわからねぇけど、俺がやりたいことはそういうんじゃない気がした。
丁度ガンダム一号機を整備していたモーラにオイルを貰い、俺がイーグルファイターのところに戻ると誰かがコックピットに乗り込んでいるようだった。ピッピッと電子音が聞こえる。パネルの操作音だろう…………じゃねぇ!

「おい!誰だ勝手に乗り込んでるヤツは!」

イライラしていた所為もあって、俺は大声でコックピットに向かって叫んだ。

「げっ、もう戻ってきたの?」

ひょっこり顔を出したのはジェーンだった。しかめっ面をして下にいる俺を見たあと、またコックピットに顔を隠した。コイツ……何考えてやがる!
「おまっ……なんで、んなとこにいんだよ!」
俺は機体の出っ張りに両手両足をかけてよじ登った。リフトはジェーンが使った所為で、コックピット横に固定されている。口に出すのが余計な一言だけなら、やることも余計なことばっかじゃねぇか!
なんとかよじ登り、コックピットを覗き込むと、パソコンみたいな機械から無数のコードが出ていて、それがイーグルファイターのパネル内部に接続されている。
「何しやがんだ!お前の手は借りねえって言っただろ!」
俺はジェーンの片手をぐいとひっぱって、そこから追い出そうとした。けれどコイツは反論も抵抗もせず、寂しそうというか悲しそうな顔をした。さすがの俺も女子供に手を上げたり、泣かせたりするのは気が引ける。マズイ……かもしれない。

「忍君、」
「な、なんだよ……」
いつの間にか俺を呼ぶのが君付けになっている。何か意味でもあるんだろうか。
ジェーンは左手だけを使ってキーボードを驚くようなスピードで叩く。それも止めてしまいたかったが、片手を機体から離すと俺が落ちそうになるからやらなかった。しばらくして、眉を下げたまま手を止めたジェーンは俺に向き直った。

「あのね、私のこと嫌いなのかもしれないけど、機体整備ぐらいやらせなさい。この前の戦闘、加速が不十分で、見ていてハラハラしてたわ。プログラム組みなおしたでしょう?エラーだらけでよくあれだけ戦えたあなたの腕は大したものだけど、もし墜落でもしたらどうするつもりだったの?」

普段俺をからかってる顔からは想像できないくらいの真面目な口調だった。
シャピロとか髭のおっさんとか、バニング大尉に説教されるよりずっと、聞いているのが辛かった。別に叱られてへこんでるわけじゃない。ただ、コイツは、ジェーンは俺のこと心配してたのかと思うと、今まで整備するって言ってたのを全部無下にしてきたのが……なんというか申し訳なかった。
俺が嫌ってるんじゃなくて、ジェーンが俺のこと嫌ってるんじゃないだろうか。そんな考えが頭に浮かんだとき、何故か苛立たしいような、悲しいような嫌な気分になった。
ああ、俺はガキなんだなって思った。恥ずかしかったし、情けなかった。

「……悪かったよ」
俺は小声で謝って、ジェーンの腕を放した。
ジェーンは無言で作業に戻った。エラーの音は一度もならなかった。俺が専門書片手に3日3晩かけて書き換えたプログラムが、ジェーンの両手で、ものの5分で修正されていく。正直、俺には流れていく文字列を追っていくのすら困難だった。
餅は餅屋ってか。余計なことやってたのは俺のほうだったのか。

「……よし!これで大丈夫!もし何かあったら言ってね」

オトナってのは、嫌いな相手にもこういう風に笑顔を向けられるんだろうか。
ガキの俺にはどうやったってできそうにない。図体ばっかりでかくなって、ってヤツだな。
邪魔してごめんね、と言いながらコックピットから降りようとするジェーンの白衣の腕を、俺は掴んで引き止めた。

「あのさ、」
振り返ったジェーンの長い前髪がはらりと落ちた。

「俺さ、その……お前のこと……嫌ってなんかねーから」

しばしキョトンとしてみせて、その後ジェーンは弾けたように笑い出した。

「な、なんだよ!」
「ごめんごめん!今までのことなら、気にしてないわよ、私」
「俺になんか、嫌われててもいいってことかよ……」
どうせ、ガキなんか眼中に入ってねえんだろ。

「うーん……」

ジェーンは困ったように笑い、前髪を払った。気休めでも言うつもりなんだろうか。
というか、なんで俺がコイツの言うことにいちいち気をもむ必要があるんだ?なんで俺は今、こんなに落ち着かない気分になってんだ?

「嫌われたら、悲しいよ?」

ほっとした、のかもしれない。俺はジェーンの腕を放した。アイツはリフトに乗り移り、下に戻るためにパネルを操作している。

「忍くんのこと、好きだからね」
「は……?」

ガコン、とリフトが下がる音がしてジェーンはゆっくりと下に下りていった。俺のほうを見上げたまま、笑いながら。
好き!?
い……いやいやいや、そんなんじゃねーだろ。落ち着け俺、惑わされるな、どーせアイツは年下からかって遊んでるだ!くそっ!なんで俺は喜んでるんだよ!さっきしょげてたのも計算か!?畜生、オトナってそういう生き物なのか?
とりあえず、俺は多分真っ赤になった顔で叫んだ。アイツの思う壺じゃねえか、これじゃ。

「からかうんじゃねえ!!」

叫んだ先のジェーンが振り返って、また笑いながらこんなことを言った。

「本気、本気ー!」

なんだよその、余裕の顔!そんな顔で本気なんか言って、俺が信じるとでも思ってんのかよ!ていうか俺も嬉しがるんじゃねえ!
ああもう!なんか色々、

「ふっざけんなぁーー!!」

- end -

20080813

20110710 加筆修正・再掲

オラ ダンクーガ見たくなってきたぞ!