8th. Aug 17:12

お気に入りの腕時計の表示を見て、俺は嵐さんに「まだあと一個は乗れそうッスよ」と言った。
嵐さんはいつもどおりの頼もしい笑顔で頷くと、花子さんに次に何に乗るかを聞いている。
夏休み中の遊園地はナイトパレード開催中。開始時刻の夕方18:30まで一時間以上ある。
「じゃあ、観覧車に乗りたい!」
キラキラの笑顔で、花子さんは大きな輪を指差した。
今日乗ったのはゴーカートやらメリーゴーランドやら、俺の苦手なジェットコースターやらお化け屋敷やら…。全部花子さんのチョイスだ。ま、当然っちゃ当然だ。
今日の主役は、いつもお世話をかけております柔道部のマネ、花子さんなんだから。

列に並んでいると、嵐さんが口を開いた。
「俺、ちょっと腹減った」
「あ、じゃあ何か食べに行く?」
「乗った後でもいいんじゃねーの?時間、たっぷりあるし」
とはいいつつも、楽しい時間が過ぎるのはいつだって早い。
あっという間に俺も2年で、ってことはやっぱり柔道が楽しいって事なのかなと、最近ずっと考えてることを思い出した。
っていうか、二人はもう卒業なんだよな。そう考えると、すっげー寂しくなりそうだから他の話題を振ることにした。
「二人ともさ、お土産なにがいい?」
「お土産?」
「あそっか、お前来月修学旅行だもんな。俺、松前漬がいい」
「嵐さんしっぶ…」
「松前漬って?」
「昆布とか、するめとか数の子とかを漬けたヤツ。うめーぞ。ご飯にあうし」
「へえー…そんなのあるんなら私もそれがいいな」
「花子さんも!?」
俺てっきり、「六花亭かロイズのチョコレート!」とか言われると思ってたのに。
「まぁ……ん、おっけ。りょーかいッス」
「ありがとね、新名くん。でも無駄遣いしちゃだめだからね」
花子さんの中で俺がどういう位置づけなのかイマイチよくわかんねえ。
「ハイハイ。ってことで嵐さんはそれ誕生日プレゼントってことで」
「なら二袋な。じゃねーと認めねえ」
「ちょ!…えー!?」
「ほらほら、二人とも!来たよ!」
花子さんは我先にと観覧車のゴンドラ?に乗り込んだ。俺たちも続いて乗り込む。ちょっとだけためらった嵐さんは結局花子さんの向かいの席に座って、俺は花子さんの隣をゲット!できるはずもなく、
「お前もこっちだ」
嵐さんの隣に座らされた。…まあ、別にわかってたけど?
「夕焼けが綺麗だね」
花子さんは、ちょっとずつ上がっていくゴンドラの窓から空を見ていた。
確かに、うすいピンクとオレンジと紫のまじった空は綺麗だ。
「ほんとだな」
嵐さんも、穏やかな顔をしていた。
俺は、何も言えなかった。景色が綺麗なのもある。でも、こうやって三人で遊べるのもあと何回あるだろうなって、やっぱ考えてしまうから。口を開くとすげーカッコ悪くて情けないことを言ってしまいそうだから。
俺の弱気が伝染したのかもしれないけど、それっきりずっと三人とも黙ったままだった。もし、二人とも俺と同じように寂しがってくれてるんだとしたら、それってちょっと嬉しいかも、なんて思ってた。
「そろそろだな」
地面が近づいてくると嵐さんが言った。「そっスね」 俺は短く返事をする。
花子さんは、黙ったままだった。
なんかおかしいと思って嵐さんと顔を見合わせる。あ、ひょっとして…。俺は花子さんの肩を叩こうとした嵐さんを止めた。
「なんだ?」
「疲れてるんスよ、きっと」
花子さんは寝てた。窓枠に肘をついて。
そうだよな。俺たちだってそうだけど、花子さんはマネの仕事のほかにバイトも勉強もあるんだから。
「嵐さん、」
「ん?」
「もう一周しません?」
できるだけ声を潜めて嵐さんに提案した。嵐さんはちょっとびっくりしたみたいだったけど、
「…だな」
花子さんをちょっと休ませてあげないとな、って、そう思ったのは一緒だったみたいだ。
来年は俺たちが最上級生になる。現時点でマネは花子さんだけだから、来年こそはマネを入れないと…。できればかわいくて気が利く女の子が…いや、多分花子さん以上の女の子なんて、いねーよな。
俺が苦笑すると、嵐さんが不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「なんでもないッス」
しかし無防備だよな。遊園地とはいえ密室だぜ?一応。ホント一応密室に一応男二人がいるんだからさ、もうちょっと危機感もってもいいんじゃねーの?俺たち二人そろって意識されてねえのかなって思うと、また別の意味で情けなくなる。
でも、なんかそういうのもアリかもしんないって、思えるかも。
男女とかそういうの越えて、同じ目標っていうか、同じフィールドでがんばって、時々一緒に息抜きして。
嵐さんに、来年も三人で来ようって言おうとした。でも、そんなこと言わなくてもきっと来年の今頃も、花子さんは観覧車の窓枠に肘をついて居眠りしてる気がする。
だから、約束はいらないよな。
18:02
花子さんが目を覚ました頃、南の空に一番星が見えた。







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