「初盆だったんです」

17日。実家から帰ってきた花子の髪は、長さはそのままに色だけが明るくなっていた。明るく、と言っても道行く若い女性たちに比べればまだ暗いほうの茶色い髪が、山から吹き降ろす風にときどきさらわれる。夕刻になっても蒸し暑い京都の夏。
目的を告げず、軽自動車で俺を迎えに来た花子の本来の目的は彼岸花鑑賞だった。が、彼の花が開花するのは晩夏、或いは初秋の9月。八月がまだ半分しか終わっていない今日では、奇妙に天に向かって伸びる茎だけが淡々と並んでいるだけだった。
京都からさほど離れていないが、しかし田舎だと彼女の言う「地元」から、家の車ではるばる(ほとんどペーパードライバーの彼女にとってはすさまじい行軍だっただろう)ここまでやってきた。クリーム色の、よく見る軽はいつ、ガレージに戻されるのだろうか。

俺は誰が死んだのかとは聞かなかった。花子も話さなかった。しばらく二人で、いずれ山に飲み込まれていく運命の夕陽を見ていた。少なくともそんなフリをしていた。
「この髪、似合いますか」
花子は神経質そうに、ハンドタオルで鼻の頭の汗を拭いていた。化粧が落ちないように気を遣わないといけないのは、女と言うのは、ひどく難儀な生き方をしているように思う。
「ああ」
お世辞ではない。ずっと黒髪だった頃より、肩の力が抜けている気がする。
「よかった」
「なんで、染めたんや」
糸口になるかもしれないのではと思ったのは、しばし沈黙が流れてからだった。
「従兄弟が美容師で、無理矢理。今まで髪を染めている人なんて軽薄だと思っていたんですが、実際やってみると悪くはないですね。鏡を見るのが楽しくなりました」
少し、笑ったようだった。
「心も広くなったみたいか?」
「…そうかもしれません。大人になるというのは、こういうことでしょうか」
半分は当たっていると思う。今日の花子は少しだけ、周りを見ているそんな気がする。
「でも、理由がかっこ悪いです。何か重大な事件があって、それで髪を切ったとかだったら、私もう少しミステリアスな要素を得られたのに」
「言うたら元も子もないけどな」
「ああ、そうか…秘密主義は大変ですね」
花子は、今度は慎重に額の汗をぬぐった。
結局死んだのは誰だったのか。
「江神さん、もう帰りましょう」
ここは暑いです。そういう花子に全面賛成だった。エアコンの効いた車の中はきっと快適だろう。
「ちょっと一杯、飲みに行くか」
「いいですけど、車をアパートに置いてからにしましょう。私は飲酒運転をするような人にはなりたくないですから」
花子が大人になりきるまではまだ少し時間がかかりそうな気がする。

帰りの車中で花子が言ったのは、大体こんなことだった。
子供であることを自覚していないのが子供、自覚したら大人になりかけ、子供に戻りたいと思ったらそれは大人。
なるほどと思った。その後に、不必要なことを言わないのも大人の条件ですと付け加えていた。
花子はまだ大人ではないから、それは俺に釘をさしているわけではないに違いない。
ところで、この車はどこに向かっているのだろうか。







シークレットシークレット / Perfume