Date 2010/ 8/24 20:13
From 花子
Subject 無題
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緊急事態発生。至急こられたし



おめーはどこの特殊部隊のメンバーだと言いたくなる文面のメールが届いたとき、俺はクーラーの効いた部屋の中でゴロゴロしていた。夏休み中の宿題があったような気がするが、明後日に会う予定の康一にでも見せてもらえばいいだろうとか、そういうことを考えていた気がする。
にしても、緊急事態?
なんのことだかさっぱりわからねえから、俺はとりあえず花子の番号をコールした。
………。
アイツ電話にでやしねえ。
出ないだけならいい。が、出られないのだったら……それってマズイ…んだろうな。夜の8時って時間も相まって不安になる。
なんとなく嫌な予感がして、俺はパーカーを羽織るとエアコンを切ってドアを開けた。小学校時代からの幼馴染の家に、わざわざめかしこんで行く事もないだろう。

花子の家は俺の家からほんのちょっと行ったところに立っているマンションの四階、角部屋だ。
人の出入りが少ないからか、それとも築年数のせいか、エアコンの効きが悪いエレベーターを降りて、通路の端までダッシュする。ジリジリいってるライトの下で、花子の家のインターホンを、とりあえず鳴らした。
誰も出ない。
刑事ドラマみたいに、ドアノブをそっと下ろしてみると、開いていた。
おいおいコレ、マジにやべーんじゃねえのぉ?
電気の点いていない部屋の中を窺いながら脚を踏み入れた。誰かが潜んでいるかもしれない。俺の心臓が脈打つのが早くなっている気がする。

「花子…?」

返事はない。
リビングのほうへつながる通路を進んでいくと、カタンと音がした。浴室のほうだ。
誰かがいる。
俺はゴクリと唾を飲み込んで、勢いよく扉を開けた。
誰かが飛び掛ってくるでもなく、普段どおり(つっても俺はしらねーけど)にオレンジ色の電球の点いた脱衣場にゆっくりと踏み込む。
それと同時に、浴室の中から声がかけられた。
「あれ?仗助?来たの?」
花子の暢気な声だった。身の危険なんてこれっぽっちもありませんって感じの、今日もお風呂が気持ちよくって最高ですって響きの。
「お前…何してんだよ」
こっちがどんだけ心配したと思ってんだと言わんばかりに、俺はその場にしゃがみこんでため息をついた。
「何してんだよって、お風呂入ってんの」
んなもん見りゃわかる…いや見てないけど。
「そうじゃねーよ。お前人を呼びつけといて電話にゃでねーし、玄関は開いてるし」
「だってお風呂場に携帯持って入るわけにはいかないでしょ?」
なんつーマイペース女だ。
「で?なんの用だよ」
「うん。エアコン壊れたから見て欲しいの」
時折水音に混じりながら、花子の声のトーンは変わらなかった。
っていうかコイツ俺を便利屋扱いしてんな…。返事をせずに黙っていると、
「熱帯夜だもん、エアコンないと死んじゃう。お風呂から上がる前になおしてよ」
ガキのころからこれだ。それに逆らえない俺も俺。頭を抱えたい気分だ。
そうこうしていると、花子は痺れを切らしたのか、
「もー!なおしてってば!」
発破をかけるだけでなく、バスタブから手を伸ばしてドアを開けやがった。
そこは俺も健全な男子高校生だから、ちょっとだけ見てからいかにも「できるだけすばやく目を逸らしたつもりです」って体を装おうとした。
花子は泡でモコモコになったバスタブの中からこっちをじっとりと睨んでいる。肝心な部分がちっとも見えねえ。
「色々ガッカリだ…俺は」
妙に明るい浴室の照明のせいでところどころ七色に光る泡に包まれた花子は、束ねていた髪の後れ毛を気にしながら俺に水をかけようとした。
「てめっ!何しやがる!」
「ほらほら!早くなおさないとずぶぬれになるよ!それとも頭に泡、つけてあげようか?」
それはカンベン。
ってことで、ニヤニヤ笑いに変わった顔に追い立てられて、俺はリビングのほうへ向かわざるを得なかった。
なんつー女だ!
かといってマジで憤慨する気もない俺も、十分変な奴かもしれない。



いかれたBaby / FISHMANS