早番のスタッフの代わりに出勤して、その帰り道の午後6時ごろのことだった。
海岸沿いを単車で飛ばしていた俺は、何の気なしに見た海辺に気になる影を見つけた。
明日から二学期って日だ。さすがに泳いでいるようなバカはいない。散歩をしている若いカップルがちらほらと見えるくらいの波打ち際に、水色のワンピースがうずくまっていた。見覚えがあるそいつは一体、こんな時間にこんなところで何をしているんだろう。
俺はブレーキを踏んで単車をそこに停め、海岸へ続く階段を下った。

昼間の海は、海水浴をする客で騒がしい印象しかないが、今の海は波の音と海鳥の泣く声だけが不規則に続いている。静かだ。
毎日のようにWest Beachから見える夕陽も、開けた場所から見るとこんなにも綺麗なものだったのかと感じる。
ざりざりと砂を鳴らして歩み寄ると、そいつは振り返った。

「やっぱり琥一くんだ」

にっこり笑った山田は、俺が近づいてきていることを知っていたらしい。
「だって、バイクの音が聞こえたから」
「バイクって……他の奴かもしれねえし、ルカかもしれねえだろ」
「琉夏くんなら、私に向かって叫んでるよ」
それはそうか。
「それに琥一くんのほうが歩幅があるから、わかる」
「そりゃすげえ特技だ」
笑いながら、しゃがんだままの山田の隣に立った。
「何やってんだ?」
「貝殻探し」

山田はずっと、砂浜に手を突っ込んで掘り返したり、掬った砂をほぐしたりしている。膝を抱えている左腕に、ワンピースより深い青色の石のブレスレットが光っていた。
「なんでそんなもん探してんだよ」
バイト上がりで疲れていた俺は、隣に座り込んだ。ワンピースの裾が汚れないようにしている山田と対照的に、俺は尻から砂浜にどさっと腰をおとす。ワンピースの裾は気にするくせに、カーディガンは丸めて砂の上に放り出しているようだ。
「なんでって……そう聞かれると答えに困る」
特に理由もないのかよと呆れると、むっとして「そういうときもあるの」と言い返された。どういうときだよ。
腹も減ってるっていうのに、俺はこんなところで何をしているんだろうかと思う。
「おい」
「なに?」
「見つかったか」
山田の手は止まらず、気のない「ううん」という答えだけが返ってきた。
波の音を聞いていると眠たくなってくる。夕陽は半分ほど姿を隠してしまった。少しずつ日が短くなっている、夏が終わる。

「なあ」
「ん?」
「帰ろうぜ」
「まだ見つかってないもん……あ、琥一くん、先に帰っても、」
んな危ねえこと出来るかよ。俺が「あ?」と言いながら睨むと、山田はしゅんとして眉を下げた。
あーもう、めんどくせえ。
「いつだって来れるじゃねえか」
「……うん」
「………おい、」
「わかってるよ。帰ろう」
急に聞き分けがよくなったが、別に拗ねてそうしているわけではないらしい。
同時に立ち上がって、両手の砂をはらった。俺はズボンの尻も叩く必要があった。
山田は名残惜しそうに海を振り返った。羽織るために広げた薄いカーディガン越しに鮮やかな橙色が透けて見える。
「貝殻なんてどこにでもあるじゃねえか」
足元には大小さまざまな貝殻やらガラス玉が転がっている。
「これじゃダメなの」
どうやらこだわりがあるらしい。
「どうせ縁が欠けてねえやつがいいとか、色がどうとかだろ」
「そうだよ。裏が虹色の、探してるの」
裏が虹色?
「そんなもんあるのか?」
「ある」
「マジか」
「うん。ちょうマジ」
山田の言い方がおかしかった。
「ああ!笑った!」
笑うだろ、そりゃ。
「お前、何歳だよ」
「……同い年だよ」
「マジか?」
「……琥一くんがオッサンなだけだもん」
今度こそ拗ねた山田は先にすたすた歩いていった。
「お前、急ぐと転ぶぞ」
「――子供じゃないもん!」
べーっだ。と聞こえた。舌を出して、そんなことをするのはガキの証拠だろ。
まだからかってやりたい気もしたが、これ以上怒らせると面倒くさいことになりそうなのでやめた。




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