「あ――あのさ!」
いつものわたしじゃ考えられないだろう大声を、思わず出してしまっていたので、多分甲児はびっくりしているのだと思う。
漫画か何かを読んでいた手を止めて、頬杖ついてた手のひらから顔を浮かせて、そうして二人の視線がかみ合ってしまった。
「なんだよいきなり」
あれっ、俺は何か怒られるようなことしたっけ?
大声で呼びかけられたら大体そう思うだろう、誰だって。
別に俺が特別、誰からも怒られるってわけじゃないと信じたい。が、顔を上げた先の花子は妙に鬼気迫っていた。
……な、なんかしたのか、俺!?
「今度その、夏祭り、あるじゃない」
頭の中はぐるぐるめまぐるしく移り変わる。花火、浴衣、りんご飴、金魚、下駄の音、ざわめき、星空、あまいかおり。
それと反対に、わたしの口は一つずつ単語を選びながらゆっくりとしか話せない。
あせって変なことまで言ってしまいそう。落ち着いて、落ち着いて、たった一言、一緒に行こうって言うだけなんだから。
「え? あ――ああ! 夏祭りな! おお!」
あ、叱られるわけじゃなかったのか。
っていう安心がまず来て、そのあとに派手派手なチラシが、確かそのへんのテーブルに放ってあったことを思い出した。
夏祭り、そういう季節だなぁ。ガキの頃のことを思い出す。
まだシローが小さくて、俺とさやかさんに両側から手を引かれてたよなあ、懐かしい。
浴衣なんか着て。そういや花子も浴衣とか着るのかな、と考える。
わざわざ夏祭りの話を振ってきたくらいだから、行くには行くんだろう。多分さやかさんたちと一緒だろうな、うん。
あわよくば俺も混ぜてもらえないだろうか。
花子の浴衣目当てと気取られたらなんだか気恥ずかしいし、ごくごく自然に紛れ込めないだろうか。
「そのなつまっ」
「さ、さやかさんとかも行くのかなー!?」
「えっ」
いや、わかっちゃいたのよ。
さやかからも昔は一緒に行ってたって聞くし、つきあい長いんだからしょうがないってのはわかるし。
別に嫉妬とかしてないし……そりゃ、ちょっとショックだけど。真っ先に出てきたのがさやかの名前って。
なんか頭がよけいに回らなくなって、口から出てきたのは端的な事実だけだった。
「さやかは、学校の友達と行くって言ってたけど……」
「花子も一緒なんだろ?」
「ううん」
「えっ」
違うのか!?
なんでだ?
女子の友情って複雑だもんなぁ、喧嘩でもしたんだろうか。
いやいや、ありえない。どこに行くにしたってべったりくっついてる二人は喧嘩したってすーぐ仲直りしてたし…。
それはさておき、別行動となると俺の計画はパーだ。どうする俺、どうしたらいいんだおじいちゃん。
いやおじいちゃんは関係ないけど。どうしたらいいさやかさん――なおさら関係なかった。落ち着け、落ち着け俺……!
「あ、そ、そう……」
「べ、別に一緒に行きたいなら、言えばいいじゃない」
何よ、落ち込んじゃって。甲児のアホ!
あーあー、わたしったら馬鹿みたい。
浴衣だって新調したのに。
貯めたお金使ってさ、色々我慢して!
さやかだって、「甲児くん誘うの? ならわたしからも花子を誘うようにそれとなーくほのめかしておくわ!」 って言ってたけど、ほのめかしてないのかしら……。
や、そんなはずはない。親友を疑うなんてしない。単に甲児が激ニブの鈍感なだけだ!
もしくは、考えたくないけど甲児もまた、わたしと同じように片思いをしているのかもしれない、ってことで……。
「や、別に、そういう意味じゃ……」
あ、あれ? なんで花子は不機嫌なんだ??
こりゃもしかして嫉妬してくれてるわけか? それ結構嬉しいぞ。口に出したら殴られそうだから言わないけど。
……もし、嫉妬してくれてるんなら、二人で行こうなんて言ってもいいのかもしれない。
いいのかな……俺の勘違いだったら恥ずかしいしなぁ……。ああ、ほんとこういうときどうすりゃいいんだ。
「あでも! お前もさやかさんたちと行くんなら、俺も一緒に、とか……」
なによ、わたしをダシにしてまでさやかと一緒に行きたいわけ!?
だんだんアホらしくなってきた。あと惨め。
なんでわたしがこんな目にあわなきゃいけないわけよ。あー腹立つ!むかつく!泣きたい!
「女の子ばっかりだと思うけどそれでも?」
ヒッ!
不機嫌MAXかよ!
やべぇ、なんか汗かいてるけどこれ絶対冷や汗だよな。こっからどうやって持ち直せばいいってんだよ……。
「あ、そう、なんだ……そりゃちょっと、俺、浮くよな」
「……かもね」
あとでボスたちからかって遊ぼうかしら。
あーあ。浴衣も返品できるかなぁ。そんで当日はぱぁっと買い物にでも行こうかしら。
自棄よ自棄! スイパラにでも行こうかしら! 一人でね! すっごい寂しい!
「同じ数だったら、よかったかもしれないのになぁ!たとえば、」
おい花子、目もあわせてくれないのはちょっと堪えるぞ。
ええい、男は度胸だ! 同じ嫌われるなら、当たって砕けて嫌われてやる!
「一対一、とか」
空耳か幻聴かと思った。
思わず振り向いた先、甲児の赤い顔にわたしも赤くなってしまう。
あのね甲児、この流れだと、その一対一の構成はすなわち、今ここにいる――
「なぁ……一緒に行かねぇ?」
「……うん」









後書
Thanks:mogueFile(photo)