悪意と呼ばなければならないものをもってそうしているわけではないから、かもしれないが、ちょっとした不心得だとかチョッカイをいたしても「しかし、岸辺露伴だからしょうがない」で済まされる僕という人間は中々得をしているのかもしれない。
 そんな僕だって気を遣うこともある。炎天下を歩いてきた花子さんは暑がっているだろうと、訪問の二十分前から冷房を調節しておくなんて、やさしいとしか言いようがないじゃあないか?
 確かに温度を低くしすぎて結果的に凍えさせるようなことになったのは僕の落ち度かもしれないが、こうしてわざわざケットを持ってきてくるんであげようとまでしているのに彼女はちょっと怯えすぎじゃないだろうか。
「そんなにくっついて、壁がお好きなんです?」
「……岸辺さんよりは」
「おや、ひどいお人だ」
 粟立った二の腕の白さに喉が鳴る。見咎めて睨む花子さんは壁に頬を寄せていて、はて、いつかこんなシーンを映画の中で見たような、と、記憶を手繰りそうになる。それを彼女の涙声が追いかけた。
「岸辺さんはどうしてこんなことなさるんです? どうして?」
 僕は、悠々と捕捉された彼女の、ぱちぱちと瞬く眼に釘付けになった。
「どうしてって、ただの好奇心ですよ。花子さんはどんな反応をするのかな、と思って。たとえばこんなに、抱きしめてみたら」
 やわらかな布越しに、滑らかな皮膚のハリを感じる。その持ち主は体を強張らせて小さな悲鳴すら上げているが、男に抵抗しても無意味と思っているのか、はたまた満更でもないのか、抗うそぶりは露程もない。
「ひどいわ、人をからかうにしたってやりようってものがあります」
「やりよう、ふむ、ナルホド。しかしこれでも、けっこう誠実にからかっているつもりですがね。とりあえず、僕のことを名前で呼んでみちゃあどうです」
「誠実ですって、嘘。嘘つき。無理矢理呼ばせようとなさってる」
 きっとにらみあげてくる視線はなかなか頼もしい。さあてどう籠絡したものかと考えを巡らせながら、僕は花子さんの目じりをぬぐってやった。
 そうして僕は、「好奇心にすぎない」という言い訳が、建前であってもとりあえず通用する自分の性格に、今日も人知れず感謝するのだった。

夏のあなたは美しい。
気だるさの午後にすだれを上げ、日差しに笑うあなたは美しい。盆狂言の手さばきが、白い光を丸めて捨てる。あなたは舞台を思うがままにする、まるで神の所業だ。わたしは偉大な創造主の四肢を、畏れ多くも捉えてみたい。


岸辺 露伴|ジョジョの奇妙な冒険 第四部