その続きの物語



秘密の恋がバレたら

「いいかげん、話を聞かせてくれてもいいんじゃないか…」

こっちは夕食もとらずに来ているんだ、とはさすがに言わないほうがいいだろうと思い、言葉を途中で区切った。随分長い時間、同じ事をしている。つまり、ジェーンはソファに突っ伏したままだんまりを決め込み、ガトーは椅子に座ってジェーンをなだめている。
だが何を言ってもジェーンは無反応で、もうそろそろガトーも我慢ならなくなってきた。

「おい」
「………」
「何を勘違いしているのか知らんがな……俺はそうしてお前が黙っているうちは気の利いた言葉なんかかけてやることはできないからな」
「………………」
「……何しろ、恥ずかしながらお前以外の女性と、お前以上に親しくなったことがないからな」

自分の経験のなさを引き合いにだして自己弁護したつもりが、まさかジェーンの癇に障ると誰が予想しただろうか。

「うそつき!」

あまりにも唐突で、反応が遅れてしまった。
ジェーンが投げつけたクッションは見事にガトーの顔面に的中した。意外に痛いな、とどこか落ち着いた頭で考えながら、彼は立ち上がって鬼の形相をしているジェーンを眺めた。

「嘘ばっかり!」
「ちょ、ちょっと待て!」

手当たり次第に物を投げつけようとするジェーンの両腕をつかんで止めて、ガトーは必死に説得しようと試みた。が、ジェーンは泣きながら捲くし立てるばかりである。

「何のことだ」
「姉上から聞いたんだから!」
「ジェーン、」
「私のことほっといてさ、誰と結婚するのよ!!」
「は!?」

さすがにこんなことを言われるとは思わず、ガトーは言葉を失った。

「どういうことだ?」
「それはこっちのセリフよ!」
「言っていることがよくわからんが…」
「だって、だって…」

ジェーンはしゃくりあげる。

「姉上が……姉上が言ってたもの…あっ、アナベルがっ…婚約者……仲良くっ…」

その婚約者と勘違いされているのはお前なのだが。
どうしてこう、勘違いの結果を勘違いしてしまうのか呆れながら、彼は少しだけほっとしていた。

「ジェーン、よく聞いてくれ…それはな、」
「やだよ…いやだ…!」

ジェーンの両腕をはなすと、彼女はガトーの胸元にしがみついた。彼はそっと、細い体に手を回した。自然、抱きすくめるような格好になりながら。
小刻みに体を震わせているのは、期待をしてもいいのだろうか。

「誤解だ」

一体何から話せばいいのか。
昨夜のように額を寄せて、ガトーは必死に頭を回転させた。が、それでどうなるわけでもない状況では何も思いつかない。

「ジェーン」

どれくらい、想い続けていただろうか。

「その、」

自分でカタをつけると豪語したというのに、いざとなると言葉にならない。
本当に、経験がないのだからどうしようもない。ジェーンは、違うのだろうか。間近に柔らかな肌を感じながら、もう手放したくない思いだけが大きくなっていく。誰にも渡したくない、渡さない。
大切なことだからと、言葉を必死で探そうとしていると、先にジェーンが口を開いた。

「本当に?結婚しない…の?」
「あ、ああ…」
「本当に?」
「ああ」
「絶対?」
「そう言っているじゃないか」

喋りたいのはこっちなのだと言えないのもあってうんざりしてきたガトーを、真っ赤な目が見上げている。鼻をすすりながら一呼吸置くと、ジェーンは安堵したようにため息をついて、

「よかった…本当によかった…アナベルがどっか行っちゃうのはやだもん」
「…ジェーン、」
「だってわた、」

ほぼ直感と言っていいものが働いて、ガトーはジェーンの口を手で覆った。突然の行動に驚いて、ジェーンは眼をまんまるに見開いている。とは言っても、泣き腫らした目はさほど開かないようだが。

「もが、」

この行動の意味がわからないジェーンは抗議するように口を動かすが、くぐもったうめき声のような音しか出てこない。

「いや…すまん…その、俺だって男、なのだからな…こういうことはやはり…」

俺のほうから…と言いながら顔が紅潮していくのが自分でもわかった。その様子をまじまじと見ているジェーンが段々としたり顔になっていくのも悔しい。これでは言葉にしているのと同じではないか。
中々思い通りに、型どおりにもいかないものだなと考えながら、彼は息を吸い込んだ。

20091211

title from たしかに恋だった (⇒「選択式」から3つお借りしました。)