その続きの物語



彼の、聞き慣れた声、わたしを呼ぶ声

「さぁさ、お嬢様。そんなに泣いてちゃ可愛いお顔が台無しですよ」

マリアンヌは、ソファに突っ伏して泣いているジェーンを必死に慰めている。ゴブラン織りの豪華なソファは非常に高価なもので、元当主のお気に入りだ。その大旦那も、可愛い嫁候補と信じていた乙女が斯様に泣いているのを見るのは忍びない。ソファが汚れるのも全く意に介していない。

「ジェーンや、顔を上げておくれ。お前にそんなにされては、この爺は悲しいよ」

眉を下げた卿は心底困っていた。と同時に息子に対してひどく怒っていた。
あれほどまでにしてやったというのに、なぜあの馬鹿息子は恩を仇で返すような真似しかせんのか、と。全く誰に似たのやらと考えて、あの良くできた妻に似ているはずもなく…では自分か?と思い当たったところで思考をやめる。ともかく、彼は今、血のつながった息子よりも、親友の娘に肩入れしていた。
不意にドアがノックされる。

「大旦那様、若様がお戻りです…」
「来たか!あの親不孝ものめ!」

杖を振り上げんばかりに激昂する卿を、マリアンヌが慌てて止める。
片隅でジェーンが肩を震わせるが、誰も気づかない。

「ジェーン!」

慌しく入ってきた当主は、ジェーンの他には目もくれずに部屋の中に飛び込んできた。

「待たんか!!」
「大旦那様!」

つかみかかろうとする卿を片手で制し、

「私がやります。父上、それから皆も出て行ってくれ」

有無を言わさず、ガトーは言い放った。
見たことのないような気迫に圧倒され、誰も口を挟まずにすごすごとその場を後にした。
残されたガトーは、相変わらずソファで微動だにしないジェーンに歩み寄る。

「ジェーン」

返事はない。代わりに、ゆっくりとした呼吸が聞こえる。

「……ジェーン」

困り果てた。ジェーンが何を考えているのかわからない以上、自分が何を言っていいのかわからない。
あの乳母としては天下一品のマリアンヌさえ歯が立たなかったのだ。自分には荷が重過ぎるのかもしれないとは思う。
が、それでもこの状況を打開できるのは自分しかいないのではないか、とも同時に思っていた。

20091211

title from たしかに恋だった (⇒「選択式」から3つお借りしました。)