My Sweet Neighbor Heero vol.1

新しい家のにおいって、なんだかちょっとわくわくする感じ。今日からこの街、この部屋で私の新しい生活が始まる。新しい学校、新しい友達もたくさんできたらいいな。
ついでに、素敵な恋人も…なんて。

ジェーン、そっちのダンボールから食器を出しておいて!」
「はぁい!」

私たち家族は、今日この街に引っ越してきたばかり。お父さんの仕事の都合での引越しはもう何度目だろう。それでも、この街には高校を卒業するまでは確実にいられるという話だし、大学に進めば夢の一人暮らしもできるかもしれない!
ダンボールの中から、お母さんお気に入りのティーセットを慎重に取り出しながら、私は明日から通う高校に胸を躍らせていた。
前にいたのは公立の普通校だった。今度はミノフスキー学園という、私立校に通う。
編入試験は結構難しかったけど、何とか入ることができた。他にもムラサメ高校とかダイナミック学園とかいう高校があるけど、決め手になったのは制服のかわいさと立地条件!
紺のブレザーに赤いリボン、スカートは落ち着いた色合いのチェックがかわいいプリーツスカートで、憧れのローファーに紺のハイソックス!そして学校は繁華街からそう離れていないし、このマンションからも歩いていける。
はあ、とため息をついていると、引越し業者さんを見送っていたお父さんが私を呼んだ。

ジェーン!」
「なあに?」
「すまんが、コンビニでゴミ袋と軽い食事を買ってきてくれ」
「いいよ、ゴミ袋って燃えるごみの?」
「うん、それと燃えないごみのもな。お父さんは食べれるものだったらなんでもいい」
「お母さんは?」
「なんでもいいけど、お菓子ばっかり買いこんじゃ駄目よ!」
「はぁーい」

作業の邪魔になるからと思ってゴムで縛っておいた前髪を下ろし、軽く整えてからサンダルで外に出る。
今日はとてもいい天気で、マンションの下のほうから子供たちの笑い声も聞こえてくる。ここはまさしく住宅街って感じで、ちょっと歩いたところにコンビニとドラッグストア、それから大通りに出れば美容院とかスーパーとか、そういうお店も並んでいる。お父さんにしては中々いい部屋を選んだよなあなんて、えらそうなことを考えながら、私はコンビニへと向かった。


頼まれていたゴミ袋と、お弁当を三つ、それからペットボトルのお茶と紙コップ、ついでにおやつを何袋か買ってしまった。
なんとも気の利かないことに、コンビニの店員が袋を全部いっしょくたにしてしまったものだから、さっきからもち手が指に食い込んでかなわない。そんなに私、たくましそうに見えるのかしら。
オートロックを開錠して中に入ると、ちょうど男の子が出てくるのとかちあった。
茶色い髪で、背丈は私とそんなに変わらない。悪く言えばキツイ目つきだけど、すごく印象的な瞳だった。間違いなく美少年の部類に入る子だなあなんて考えていると、

びりっ

ぐしゃっ

悪い予感はしていたものの、もう少しもってほしかった。ビニール袋が破れて、中身が床の上に落っこちていったのだ。

「うわぁ!もうサイアク!!」

しかも美少年の目の前なのだから恥ずかしくてしょうがない。あわてて落っこちていったものをかき集める私を、どうやら彼は立ち止まって見ているようだった。うう…ペットボトルなんか底がつぶれちゃってるし。
しゃがみこんだ私の上に、淡い影が落ちた。
見上げると、その美少年が身をかがめて、落っこちたものを拾ってくれていた。とっつきにくそうな子だけど、優しいんだな、そう思った。

「ありがとう」

私が両手いっぱいにお弁当やらを抱えながら、それでも彼から荷物を受け取ろうとすると、その子はエレベーターの方へと向かっていった。

「あの…?」
「運んでやる。何階だ?」
「え?あの、5階…」

その申し出にあわてながらも、私もエレベーターに乗り込んだ。
気まずい。こういう無音の空間ってどうしてこうも気まずくなってしまうんだろう。

「あの、ここに住んでる人…?」
「………」
「だ、だよね…ごめんね間抜けなこと聞いて…」

これが10階とかだったら、本当に私涙目になってたかもしれない。ちょうど私の言葉が終わるときに、エレベーターが止まった。美少年君はドアを抑えて、先に下りるように促してくれた。…人は見かけによらないというけど、この人の場合はよくわからない。

「あ、ここなの」

先に歩き出して、私の部屋の前にたどり着くと彼は少し驚いたような顔をした。

「ただいまー!お母さん、ドア開けて頂戴!」
「はいはい、ちょっと待って…あら?」

案の定、ドアを開けたお母さんは美少年君を見てちょっと目を丸くしている。

「あのね、袋が破けちゃって、それでロビーでたまたま会って、持ってもらっちゃった…」
「あらもう、アンタったらドジなんだから…ごめんなさいね、ありがとう」
「いえ。それじゃ…」

美少年君は結局一回も笑いもせず、会釈をして立ち去った。
ここのマンションに住んでるみたい、と私が言うと、それじゃあきちんと挨拶しておいたほうがよかったわねと、お母さんが困ったような顔をして言った。
その後は結局夕方までかかって荷解きをし、両隣に挨拶を家族でしにいったんだけど、右隣の部屋は誰もいなかった。
表札もかけられていないけど、なんとなく、そこには誰かがひっそりと暮らしているような気がした。


翌朝、私は新しい学校に向かう。制服もギリギリ間に合ったし、自分で言うのもなんだけど似合ってる上に数倍可愛く見えそう。

「いってきまーす!」
「気をつけるのよ、それから寄り道も…」
「わかってる!」

ローファーに足をすべらせるように入れて、玄関の鏡でもう一度全身をチェック。うん、可愛いぞ、私。
ガチャリとドアを開けると、ちょうど隣のドアも開くところだった。それは、昨日誰もいなかった部屋で、そこからでてきたのは、

「あっ!?」

昨日の美少年君だった。どうりで昨日、ちょっと驚いたような顔をしていたわけだ。
彼は私を一瞥して、それから何も言わずにドアに鍵をかけてすたすたとエレベーターに向かっていった。

「あ、待って!」
「…何か?」

美少年君はしぶしぶといった感じに、でもちゃんと立ち止まって振り向いてくれた。

「あの、昨日はありがとう…。私引っ越してきたばっかりで…えと、その」
「…………」

やはり、会話が続かない。こんなにぶっきらぼうな人は見たことがない…。
めげずに頭をフル回転させて、

「ああ、名前!私、ジェーンって言うの。あなたは?」
「…ヒイロ。ヒイロ・ユイ」
「ヒイロくん。お隣さんだし、よろしくね!」

片手を差し出して握手をしようと思ったけれど、ヒイロくんはそれをじっと見つめるだけで。なんというか、自分のテリトリーには他人を入れたくない子なのかなと思って引っ込めようとすると、彼は軽く、手を握ってくれた。

「…こちらこそ」

なんだろう。ちょっと感激してしまう。彼はゆっくりと手を離すと、エレベーターに再び向かう。私も後を小走りに追いかけながら、

「あのね、私これから学校に行くの」
「見ればわかる」
「…いやまあそうだけど!ヒイロくんも制服着てるし、学校行くんでしょ?どこ?」

ガタンと音を立ててエレベーターが一階に向かう。

「同じ」
「え?ミノフスキー学園?…ってこと?」
「そうだ。俺は中等部だけど」

なんという偶然!お隣さんが、同じ学校(厳密には違うけれど)に通っているなんて…!あまりの感激に、私は思わず口走っていた。

「ああ!じゃあさ、ヒイロくんさ、誰かと待ち合わせしてるとかじゃなかったら、一緒に行かない?」
「…………」
「だ、駄目かな…」
「別に。構わない」

ちらっと無表情でヒイロくんは安堵のため息を吐く私を見た。朝の日差しを浴びながら、彼は昨日のように開いたエレベーターのドアを押さえてくれる。
ぶっきらぼうだけど、きっと優しいヒイロくんと私は、それから毎日一緒に登下校するようになったのだった。

20090907