「申し訳ありませんでした」

 再起動したジェーンさんは、開口一番に頭を下げた。彼女は彼女で、この結果が自分の巻き起こしたものであると悔やんでいるらしかった。傷跡をふさいだラバーはそこだけ微妙に色が違うけれど、今は珍しくほどいた髪に隠されている。
 睡眠を必要としない彼女は、邸に戻ったあとの微調整のためベッドの上に身を横たえている。着ているものは普段のワンピースだけど、エプロンはサイドテーブルの上にたたまれていた。完全復活した青木さんが、彼女の身の回りの世話をしているのだけど、こうしていると、彼女が人造人間だとは到底思えない。
「いいんだよ、大事にならなくて本当によかった」
 僕は明るい声を心掛けてみたものの、ジェーンさんの表情は浮かない。
「……わたくしはいくら壊れてもすぐに修理していただければなおります。ですが、皆様はそうはいきません。吉永様も浜田様も、お怪我を――」
「僕ならいいんだよ、大したことじゃない」
 浜田君が笑いかけても、しゅんとしたままだ。
「ジェーンさんはみんなを守ろうとしてくれた、それで怪我をした。君ががんばってくれなかったら、もっとひどいことになっていたかもしれないんだ。サリーちゃんや哲也君、そして浜田君の友人として、心から感謝してるよ」
「そんな、舞人様……」
「でも君の雇い主としては、怪我をさせてしまったことを申し訳なく思ってる。大体君は休みだったのに、手伝ってほしいと言ったのは僕なんだし。本当に、ごめん」
「舞人……」
「それにね、人間と人造人間を天秤にかけちゃいけない。サリーちゃんたちが助かれば君がどうなってもいいなんて、人間じゃないからいいなんてことは、ないんだ」
 言いながら感じている違和感の正体はわかっている。僕は人間と人造人間を区別したくないと思っているからだ。彼女を“人か、そうでないか”の枠の中で、もう考えたくないのだ。
 こんな考え方はおかしいだろうか。僕は何か間違っているのだろうか。
「ガインたちだってそうさ。そりゃ、どちらかを選ばなきゃいけないってときもあるかもしれない。でも僕は、誰かが誰かの幸せのために傷ついていいなんてことは、絶対に間違ってると思う」
 何かを間違っているということは、とても難しいことだ。
 僕は、正しいのだろうか。二兎を追うものは一兎も得ずというけれど、僕は全てを救ってみたいのだ。それは、やはり傲慢だろうか。
「理想論かもしれないけどね」
 ジェーンさんは、髪を揺らしながら微笑んだ。
「いえ、舞人様のように、上に立たれる方には理想を追求していただきたく思います」
「そうかい?」
「そうですよ。でも、この人のためならばわが身を投げ出せると、そう思えることもあるのです」
 その言葉は本心から出ているものに違いない。そして彼女は、誰に対してもそう思って行動してしまうのだろう。
「舞人様にも、お互いそう思いあえるような方ができますと、ようございますね」
「え? あ、そう……だね……」
 僕はてっきり博愛精神の話をしているものだと思っていたので、飛び火した話題を一瞬認識できなかった。
 それをどう勘違いしたのか、浜田君が噴出しつつからかう。
「ぷっ。舞人、照れてる」
「……浜田君にはそういう人がいるか聞くのはひどいから、ジェーンさんに尋ねようかな」
「ひどいってどういうことさ!」
 何しろ彼の中では、家族以外で最も親しい異性といえば悲しいかな、いずみさんなのだから。
「ジェーンさんにはそう思いあえる人が、いるのかい?」
「え?」
 軽い口調の言葉は、一瞬だけ彼女の顔に翳を落とした。
「そうですね……今どこで、何をしているのかもわからない方ですが……」
 遠い昔を懐かしむような口ぶりに、僕らはそれ以上の追及を諦めざるをえなかった。