03

ガトーの父親と、ジェーンの父親は仲が良い。今日もバーキン邸でチェスの勝負をしてきたところだった。
お互いに公務から引退してはや5年。一人は息子に家を任せ、一人は長女の婿に同じく任せている。
ジェーンの姉の夫は、元々の身分こそさほど高くはないものの、能力を買われて司法局に勤めている。末は長官にでもなれるだろうとも言われ、加えて非常に人当たりのいい好青年で、昨年生まれてきた孫も目に入れても痛くないほどかわいい。生まれてきたのが娘二人で、一時はこの家もどうなるものかとひどく心配したものだったと、バーキン卿は昔を思い出して苦笑した。
残りの心配は、二番目の娘、ジェーンだ。あれは姉にも母にも似ず、お転婆で男勝りで、嫁の貰い手もないのではと婆やと一緒に嘆いているのだ。ピアノもヴァイオリンも洋裁もまるで壊滅的だというのに、馬術だけは好きなようで、よく遠乗りに出かけているらしい。らしい、というのは、年頃の娘がそんなことをして怪我でもしたらどうするのだと彼が常日頃から言い聞かせているため、どうやらこっそりと出かけているらしいということしかわからないからだ。

「参ったものだよ。あの子は男にでも生まれてくればよかったのではないかとも思う」

バーキン卿は、チェスにではなく、頭を抱えながらそう言った。今日の午後のことである。

「ジェーンのことかな?何を言う。あんなに愛らしい娘が男であればなど…あの子は十分、神に愛されて生まれてきているではないか」
「見かけで言えばそうかもしれんがね…しかし本当にこのままでは、あの子は行かず後家になりそうでなぁ…」

ガトー卿はふと顔を上げた。

「それをいうなら我が愚息もだよ。公務と剣術に没頭しおって、わしが持ってくる見合い話には見向きもせん」
「うむ、あの子は真面目すぎるようであるからな」

アナベル・ガトーの父親であるガトー卿も、頭を抱えていた。
妻が早くに亡くなってしまったため、一人息子だけが彼の家族である。彼のまわりの連中はすでに嫁を迎えたとか婿がいい男だとか、孫は可愛いとかそういう話をしているというのに、彼の息子は全くそういう気がないらしい。家を守る気がないのではないだろう。見合いを断る理由も、父親として予想はついている。ついているからこそもどかしいのだ。自分に似て不器用で、そのくせプライドの高い息子が、愛らしい嫁を連れてくるのはいつのことやらと、天を仰ぐのだった。

「お前さんとは違ってな、わしは孫をこの手に抱く前に召されてしまうかもしれんな」

半分は本心から、ガトー卿はこぼした。と、バーキン卿は笑う。親友同士だからこそだ。

「何を言うか。アナベルほどの男ならば、いくらでも寄ってくる女子がおるだろうて。そのうちあの子も家庭を持ちたくなるさ。ほれ、男と言うのはいつまでも走り回っている生き物でもなかろうに」

ガトー卿は苦笑した。親子そろって鈍いのだから困る。母君に似た第一子の長女は、非常にきめ細かに気がつく女性で、それでこそ王妃付きの女官に抜擢されたのだろうが、こと父親と末娘は鈍感すぎてため息もつきたくなる。
バーキン卿は、彼の息子が「結婚したくない」のだと思っている。それがそもそもの間違いなのだ。ガトー卿は知っている。息子は「好意を寄せている相手にそれを未だに伝えられない」のを。
それとなく、彼女の父親にほのめかしても、この様子では期待できない。

『だからこそ、あらゆるツテを頼ってあのカードを書いていただいたというに…』

バーキン邸から戻った彼を待っていたのは、仁王立ちする息子だった。たくましく育った息子の背丈は、当の昔に父親を追い越している。

「父上」
「なんだ。そのような顔をしおって」
「失礼。元々このような顔ですので」

貴方に似ているんですよ、とでも言いそうな気迫だ。
何故怒っているかわからないほど、卿は耄碌はしていない。親子そろってプライドが高いのだ。誰かから、あのカードの真相を聞いてしまったのだろう。と、思いながら息子を見上げるが、怒りながら困っているような息子は口を開かない。
息子も息子で困っていた。父親が、半分は彼自身のためにしたことだとは思うが、もう半分は息子の自分を思ってしたことだろうというのがわかっている。年老いた父に対してできる最大の親孝行ができていない自分をもどかしくも思うが、それに対して人の手を借りようとは毛筋ほども思っていない。かといって、年々曲がってくる背中に怒鳴り散らすのも気が向かない。

結局、睨みあったその後に、背の高い息子は一言だけ言い放って去っていった。

「自分で決着はつけます。私とて人間なのですから」

20091210

title from たしかに恋だった (⇒「堅苦しい彼のセリフ」をお借りしました。)