虹のワルツ

08.僕と君じゃ見方が違うらしい(琉夏)


「あーあ。夏休みも終わりかあ」
エアコンの効いた、午後4時の喫茶店。8月最後の日曜日は、コウと美奈子ちゃんとフリーマーケットめぐりをして楽しんだ。誘われた最初こそめんどくさそうだったコウだって、さっきまでほっそい目を皿のようにして(絶対なんないけど)掘り出し物探してた。
アイスティーのグラスをストローでかき混ぜながら、美奈子ちゃんが言ったのが冒頭の。
「死ぬほど遊んだくせにまだ足りねえってのか?」
これは呆れてるコウ。
確かに、3人で死ぬほど遊んだ。海に行ったし遊園地のナイトパレードも見たしフリマにも行った。それから夏碕ちゃんも一緒に花火大会も行ったし。なんか、俺って高校生って感じの、楽しい夏だった。
「足りないって言うか……」
ストローを持つ手の逆の手で頬杖をついて、天井を見上げる美奈子ちゃん。
「夏碕ちゃんとはあんまり遊べなかったのが心残りかなー。ちょっと琉夏くん、お行儀悪い!」
飲み終えたアイスコーヒーのストローを口にくわえていじっていたら怒られた。でも美奈子ちゃんに怒られてもちっとも怖くないし、俺だったら調子に乗る。こういう役目はコウと夏碕ちゃんが、きっと似合う。
そうそう、花火大会の日も二人とも俺と美奈子ちゃんの保護者だったもんな。うん、まさに夏碕ちゃんはお姉ちゃん。
そういうわけで、
「お姉ちゃんはクラブで忙しかったんでしょ?」
「お姉ちゃんって…………もう、ストローいじらない!」
「はいはい」
観念して、咬み跡のついたストローをグラスに戻した。俺の動作を一々見ていたコウが意外そうに言った。
「アイツ、クラブやってたのか?」
「もー……これだもん。夏碕ちゃんは新体操部のエースだよ」
あ、俺はちゃんと覚えてたよ。コウは“へー”って顔してるけど。でも美奈子ちゃん、
「新体操ってエースがいるの?」
「…………わかんないけど。でもすっごく綺麗なんだから」
「夏碕ちゃんのレオタード……」
「琉夏くーん?」
それは冗談だとして。あ、コウ今ちょっとむせかけた。美奈子ちゃんが気づいてなくても俺は気づいたからな?
「そういえばさあ、コウ」
「んだよ」
ストローを使わずに直接グラスからアイスコーヒーを飲むコウに、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
ま、コウのことだから絶対何もしてないと思うけど。
「夏碕ちゃんにハンカチ買ってあげないと」
コウの、グラスを傾ける手が止まった。美奈子ちゃんもはたと気がついて、
「あ、そういえばそうだったね……今日買えばよかったのに」
「なんで買ってねえ前提なんだよ」
「いや、買ってないでしょ」
「想像つかないもん」
ねー。二人で顔を見合わせて首を同じ方向に傾げる。コウはぐうの音もでない。ほら見ろ。
「ちゃんとお礼しなきゃ」
「わーってるよ。ちっ、メンドクセーな…………」
「またそういう…………」
呆れた美奈子ちゃんの提案プラス、なんだかその場の流れで、「なんか買いに行きそうにないし、コウが女の子用のハンカチ買う場面は正直寒気がする」から今から3人で買いに行くことになった。

「お姉ちゃんだから大人っぽいのがいいね」
「意外にカレンみたいに、かわいいの好きだったりして!」
「花椿さんってそういうシュミなの?知らなかった」
フリマの開催地からほど近い雑貨屋に入って、3人で色んなハンカチを手にとる。でも、夏碕ちゃんっぽいのって中々ない。
主に俺と美奈子ちゃんでうだうだやってる横で、コウはやっぱりめんどくさそうにしていた。ていうかコウ、超場違いだよなって思うと、悪いけど笑いがこみ上げてくる。
「これは?」
「ちょっと子供っぽい。こっちのがいい」
「琉夏くん、真面目に選ぼうか」
アレ?だめだったかなこれ……。
「琥一くん、ちゃんと選んでる?」
美奈子ちゃんが振り向くのと同時に俺も振り向くと、そこにコウの姿はなかった。
「…………あれ?」
二人でキョロキョロしていると、
「帰るぞ」
反対側からぺしぺしと連続して頭を叩かれた。コウだ。手には小さな包みがある。
「あれっ、もう買ってたの?」
「お前らがぐだぐだやってる間にな」
「ちょっと待ってよ、どんなの買ったの?」
美奈子ちゃんは店を出て行くコウに追いすがった。自動ドアを潜り抜けると、温い風が肌にまとわりつく。「ありがとうございましたー」俺たち、どう見られたんだろ、店員さんに。
「別にどんなもん買ったっていいじゃねえか」
「ちぇーケチ。いいよ、夏碕ちゃんに見せてもらうから」
「勝手にしろ」
それにしても、コウ、ちゃんと渡せるのかな……。夏碕ちゃん絶対びっくりするだろうな。俺もコウもこの歳までケンカばっかりで女っ気ってやつが皆無だった。それを抜きにしても強面のコウがこんなにかわいい店でハンカチを買って、それを女の子代表みたいな女の子らしい夏碕ちゃんに渡すなんて、考えただけで面白くてしょうがない。美奈子ちゃんとは幼馴染っていうか妹みたいなところもあるから普通に接してるみたいだけど。いや、でもそれは俺も同じかもしれない。例えばこんな風に出掛けて、帰り道でたわいない話をするとか。

「あ、一番星みっけ」
「どこどこ?」
「オラ、おめーら!帰るっつってんだろが!」

20100712