虹のワルツ

13.一秒のち、君は笑った(美奈子)


「ただいまー!一周してきた……よ?」
メイド服のおかげで色んな人にクラスの喫茶店を知ってもらえた。これで務めは果たしたと思って帰ってきたら、
「何か……人少なくない?」
お客さんじゃなくて、スタッフという名のクラスメイトが。
「あー……それがさ、夏碕がちょっと……」
カフェエプロンをつけたクラスメイトの女の子がこっそり耳打ちしてくる。なんだかよくわからないけど、問題が起こっているんだろう。
「夏碕ちゃんが?どうしたの?」
「どうしたっていうか、私たちもよくわかんないんだけどさ……ああ!ごめん、人手足りないから手伝って!」
「わ、わかった!とりあえず着替えてくるね!」
私は控え室へ走り出した。

が、ドアを開けると教室を間違ったと思って、一度閉めた。頭の上を見上げて、“控え室”の紙が貼ってあるのを確認してもう一度あける。
「…………何してるの?」
やっぱりおかしい。なんで“一日用心棒”の琥一くんが仁王立ちしてて、夏碕ちゃんがブカブカのブレザーの中で泣いてて、クラスの男子たちが椅子に座らされているのか。
「美奈子ちゃん!」
夏碕ちゃんが駆け寄ってきた。と思ったら抱きつかれた。ますます意味がわからない。
「えっ?えっ?なに!どうしたの!?」
夏碕ちゃんが抱きついた拍子に、羽織っていたブレザーが床に落ちた。これは……ワイシャツだけでいる琥一くんの、ブレザーかな。
「ほら見ろ。おめえらが妙なことすっから瑞野が困ってたんだっつってんじゃねえか」
おめえらと言われた男子諸君はしゅんとしている。いや、反省しているんじゃなくてアレは琥一くんにおびえてるんだ。
「ちょっと琥一くん!これどういうことなのよ!」
「てめえは関係ねえだろ」
「なくない!」
「ま、待って美奈子ちゃん!」
琥一くんに詰め寄ろうとした私を夏碕ちゃんが止める。
「もう大丈夫だから、みんな戻らないと……」
あっ。忘れてた、人手が足りないんだった。でも、
「何があったの?」
できるだけ落ち着いた声で夏碕ちゃんに尋ねた。のに、答えたのは琥一くんだった。
「コイツらが瑞野にその妙な服着せやがったのがいけねえんだよ」
男子たちは萎縮して何も言わない。ややあって、夏碕ちゃんが
「違うの、そうじゃないの……ちょっと……なんていうか、危ない目にあったけどもう、平気だから」
「あ、危ない目!?」
問い質すとつまり、客引きをやっていたら上級生に絡まれて、通り掛った琥一くんに助けてもらえた。それはいいんだけど、ん?いやいや、それでなんで泣いてるのかわからない。そしてなんで男子が集められてるのかもわかんない。
「俺が、妙な格好してるからだって言ったら……そうなっちまったから、コイツらが着せたのがいけねえんじゃねえか」
ああ、なんとなくわかった。琥一くんってば図体ばっかりでっかくなって、年は中学四年生じゃないの……。少なくとも女の子に対しては。
「とりあえず、男の子たちはもう戻って。人手が足りなくてみんな困ってたから!」
「お、おう……」
「じゃあ先に戻るな」
「おい……!」
琥一くんが止めるのを無視して、男子たちを追い出した。夏碕ちゃんにも着替えてくるように言って、残されたのは私と琥一くん。
「あのねえ……」
はー、と長いため息をついて、どう言い聞かせたものか一寸考える。
「まずね、この服がイヤだったら、夏碕ちゃんは着てないよ」
「アイツの性格なら無理矢理着せられたのもありえるだろ」
うっ。それはそうかもしれないけど!
「そうじゃなくて!」
「んだよ」
もー!いっつもこんなふてぶてしい態度なんだから!
「いい?夏碕ちゃんは上級生に絡まれてて、そんなの到底、うまくあしらったりできるわけないでしょ!?わかる!?そりゃ確かに、琥一くんがいなかったらもっと大変なことになってたかもしれないけど!その点は私だって友達として感謝するけど!その後が悪い!」
はぁ?と琥一くんは、一気にまくし立てる私を怪訝な目で見た。
「夏碕ちゃんは怖かったの!怖いに決まってるじゃない!?琥一くんが来て、一応ほっとしたのに、そんなの着てるから、なんてさ、まるで夏碕ちゃんにも非があるみたいな言い方したら……!」
傷つくよ、誰だって。そこまでは言えなかった。
「でも、琥一くんにも悪気があったわけじゃないのもわかるよ?でもさ、男子集めてこんなことまでして、夏碕ちゃんは困るに決まってるじゃん」
さっき床に落ちたブレザーを拾い上げて、埃を払って渡した。
「もう大丈夫って言ってたから、多分大丈夫だと思うけど」
「………………」
反省しているのかなんなのかわからないけど、琥一くんは黙ってブレザーを受け取った。
「2年B組のワッフル」
「……は?」
「ワッフル買ってきて」
腕を組んで、できるだけ不機嫌に見えるように言ってみた。ちっとも怖くないんだろうけど。
琥一くんは何も言わずに出て行ってしまった。う……でも多分今のであってると思う……けど……。
「美奈子ちゃん……」
着替えスペースのカーテンから、夏碕ちゃんが顔を出した。
「大丈夫?怖かったよね……ごめんね、私一人で先に行っちゃって……」
二人だったら、どうにかできたかもしれないのに。そう思うと、後悔がつのる。
「あっ!その、本当に大丈夫だから!…………美奈子ちゃん」
夏碕ちゃんに手を握られた。
「ありがとう……言えなかったこと、言ってくれて」
ほんのりあったかい手に、ちょっと力がこもる。
「ううん!」
まだ目元が少し赤い夏碕ちゃんの顔が、少しずつゆがんできた。
「ど、どうしたの!?」
「あ……その……いまさら恥ずかしくなってきたのと、申し訳なくなってきたのと……」
泣き顔なんて……高校生にもなって……みんなにも迷惑かけたし……。と、夏碕ちゃんは私の手を離して、両手で顔を覆ってうずくまった。
「だ、大丈夫だよ!みんなわかってるって!」
「ううう……」
しばらく夏碕ちゃんを慰めながら一緒にうずくまっていると、ドアが開いた。琥一くんだった。ちゃんと手にワッフルのパックを持ってる。夏碕ちゃんはまだ顔を覆ったままだから、私が立ち上がった。
「…………売り切れだったからこれで我慢しろ」
さすがに午後のいい時間だと売り切れもやむなし、か。ずいと差し出されたパックの中身は白かった。形はワッフルだけど……。
「なにこれ?白ワッフル?」
そんなのあるのか知らないけど。
「…………モッフルだと」
ああ、お餅の……。
まぁいいかと思って受け取ろうとすると、夏碕ちゃんが「ぶっ」と噴出した。小刻みに体が震えている。
「どしたの……?」
「だって……琥一くんが“モッフル”って……」
あ、言われてみれば確かに面白い。面白い取り合わせだ。私もなんだか楽しくなってくる。
「じゃあもう一回言ってみてよ、せーの」
「誰が言うか!」
「もっふる……」
「うるせえ!」
夏碕ちゃんはとうとう耐えられなくなって、横座りになって笑い出した。よかったと安心する間もなく、私も大きく笑った。
「てめえら…………」
「わー!暴力反対!私着替えてこよーっと!」
手を振り上げかけた琥一くんから逃げるように、私はカーテンの中に逃げ込んだ。

「お前まだ笑ってんのか」
「ごっ、ごめ……でも……」
「……………………」
「……………………」
「その、アレだ………………悪かった」
「……ううん、助けてくれてありがとう」
「……………………」
「……………………」
「食えよ」
「ふふ……もっ………………なんでもない。いただきます」
「それでいーんだよ」

はぁ、仲直りできたのかな?
脱いだ衣装を畳むと、色んな肩の荷が下りた気がする。
前よりずっと、話せるようになったから、そろそろカレンの言うように、夏碕ちゃんも誘ってどこかに出かけるのもいいかもしれないな。

20100715