虹のワルツ

22.どうか、この手を(琉夏)


もうすぐ体育祭だねえ。
と、美奈子ちゃんがラッピングペーパーをしまいながら呟いた。いや、話しかけたのかな。
アンネリーのエプロンが様になってきた美奈子ちゃんに、そうだねと返すと、さぼっちゃ駄目だよと釘をさされる。
「さぼんないよ?」
「ほんとに?」
あれ。俺ってそんなに信用ないのかな。こないだヒムロッチから逃げたのがいけなかったのかな……いやでもアレは逃げるでしょ、普通。
「ホント」
「ふーん。じゃあいいや」
なんだそりゃ。
時々、美奈子ちゃんはよくわからないことを言う。俺もそうかもしれないけど。
「ちゃんと出なきゃ駄目っていっといてって、いろんな人に言われたからね」
「いろんな人?」
「そ。大迫先生とか、大迫先生づてに聞いたらしい紺野先輩とか」
「生徒会長が?俺ってひょっとして有名人?」
冗談めかして言うと、美奈子ちゃんは笑った。
「悪い意味でじゃない?」
「ひでー」
「いい意味だったら、女子の間でかな?」
そういえば最近はそうでもなくなったけど、入学したてのときはひどかったなあ。美奈子ちゃんとか夏碕ちゃんとかといるのは全然大丈夫なのに、他の女の子に話しかけられるのは、ちょっと苦手。
そういえばなんでだろう。と考える。
美奈子ちゃんは、幼馴染だからってのがある。これはわかる。解決。
夏碕ちゃんは、どうしてだろう。
他の女子と違うところを思いついてみる。落ち着いてる。これはあるな。そしてお姉ちゃんっぽい。でもなんでお姉ちゃんぽいんだろう。
薄紅色のカーネーションの切花に手を入れながら、やっぱり俺たちの事情に深く入ってこようとしないからかな。とか思ってみる。
美奈子ちゃんは、入学式の日に聞いた。
『そういえば、二人そろって入学なの?』
複雑なようで、ひどく簡単な、でも口に出すのはまだつらい俺の境遇。美奈子ちゃんにも言ってない俺のこと。
そういえば、まだずっと小さい頃、美奈子ちゃんはよく俺に聞いた。
『琉夏くん、なにか悲しいの?』
ずっと悲しかった気もするし、でも三人でいると悲しくなかったようにも思う。何も言えなかったあの頃の俺は、しつこく聞いてこなかった美奈子ちゃんの手をずっと握っていたかった。それはコウも同じ。
カーネーションの隣の、白い雛菊がしおれそうだ。
俺のことを気に掛けてくれる人。
俺のことを守ってくれている人。
夏碕ちゃんは多分、二人よりちょっと離れたところから、二人よりも冷静に俺のことを見ていてくれる人なんだろうな。

「琉夏くん、どうしたの?」
美奈子ちゃんが、俺の隣にしゃがみこんでいた。覗き込む頬に、一筋の後れ毛。
「これ、ちょっとしおれてるなって思って」
「ほんとだ」
「俺がやるからさ、オマエはあっちの鉢植えを見てきて」
「はーい」
高校生になっても、美奈子ちゃんは俺のことをこうしてたまに、あの頃と同じ目で心配してくれる。
それが最近は、すごく嬉しくて、あったかい気持ちになる。
そういう、俺をあったかい気持ちにさせてくれる人が美奈子ちゃんのほかにもいるって、それだけで今は十分な気がした。
今度、夏碕ちゃんが大会に出たときは花束を持っていこうかな。
きっと、びっくりするだろうな。

20100725