虹のワルツ

24.くっつかない雲と雲(美奈子)


あっという間に夏になった空を仰ぐと、洗濯洗剤のCMのシーツより真っ白な雲の上にぎらぎらした太陽が見えた。
「絶対あの二人何かあったよね」
夏服のリボンをカレンみたいに外したらちょっとは涼しいかなと考えながら、先を歩く琉夏くんに話しかける。今日は土曜で、プラス試験結果発表だけの学校が午前中だけだから、まだ暑い中を歩いて帰るのがちょっとつらい。
「あの二人?」
振り返った琉夏くんの顔は、長い前髪に隠れて一瞬よく見えなかった。
体育祭の後、なんかこう、悪い意味でぎくしゃくしているというか、いい意味ではちょっと近づいたというか。
もちろん私と琉夏くんのことではなく、
「夏碕ちゃんと琥一くん」
琉夏くん、何か聞いていないのと問うと、聞いてるわけないでしょと返される。
まぁ、そうかもしれない。夏碕ちゃんに聞いても「何もないよ」の一点張りなのだ。同じように口の堅そうな琥一くんが喋るわけないし、大体琉夏くんと琥一くんが、修学旅行の女子部屋のような話題で盛り上がるなんてちょっと……いやかなりファンシーで気持ち悪いかもしれない。
海岸沿いの歩道から見える海は、ぎらぎらの太陽に照らされて光っている。ここから見ると白い光の絨毯みたいなのに、その中に飛び込むと淡い水色。
「海に行きたいなあ」
「今から行く?」
立ち止まった私たちは並んで、ガードレール越しに海を見ていた。
「海水浴だよ!まだ海開きしてないでしょ」
「でも泳げるよ?」
そりゃあ琉夏くんはね。と、口には出さずにため息で返した。「うそうそ」と琉夏くんは笑って、風に乱される髪をかきあげながら言った。
「今年は夏碕ちゃんも誘おう?花火大会も、また行くだろ?」
海風が私の髪もさらっていく。左手で頭を抑えながら「うん」と頷いて、それぞれの家路をいそ……ぐと暑いのでゆっくりと帰った。

明けて月曜日。
「海水浴?」
同じクラスになってからは、時々私たち四人は、誰かの席の周りに集まってお話したりする。今日は、夏碕ちゃんの席の周り。でも琥一くんはいない。どこにいったんだか。またサボリかな。こんなにさぼってて、真面目にやってる(つもりの)私より期末の成績がいいなんてなんか腹立つ。
「うん!」
「いつ?」
「夏の大会前で日曜日は忙しいだろうから、海の日は?」
「気を遣ってくれなくてもいいのに……でも、助かる。それなら私も行けるから」
暑くなってからはポニーテールがおなじみの夏碕ちゃんが笑顔を見せた。
「よかった!」
「うん、よかった。これで楽しみが二倍だ」
琉夏くんの楽しみはどーせ水着姿のことだろう。ん?そういえば水着、今年は新しいのを買おうかな……。
「夏碕ちゃん、今度水着買いに行かない?」
「水着……そっか、私持ってないし、いいよ」
「じゃあ俺も行く」
「琉夏くんは駄目」
「ちぇっ」
何が「ちぇっ」よ。なんてことを話していたらチャイムが鳴ったので、私と琉夏くんは自分の席に戻った。そうなると日にちがないから今週のどっかの放課後に買い物に行くしかないな……あ、それから花火大会のことも言い忘れてた。夏休みは予定がいっぱいになりそう。頭の中がそんなんだから、私は日本史の教科書を上下逆さに置いていたことに、授業が半分進むまで気がつかなかった。

火曜日の放課後に商店街に行った。もちろん水着を買うため。春物のジャケットとスカートを買ったときに貯まったポイントカードは確認済みだから、かなり安く買えるはず。
「どんなのにしようかな……」
一軒目に入ったのはシンプルで大人っぽいショップ。もちろん並んでいた水着も大人っぽすぎて、「ちょっと私たちには早いかもね」と笑いながら出た。
次に入ったのはカレンが好きそうな、「女の子」って感じの服を扱ってるお店で、私はここで水色のフリルの水着を買った。
「お待たせ!」
会計を済ませて紙袋片手に夏碕ちゃんのところへ戻ると、夏碕ちゃんは水着を物色しながら、
「ねえ……美奈子ちゃん……」
「ん?」
怪訝な顔をして、というか、おそるおそるといった風に夏碕ちゃんが尋ねる。
「最近の水着は……ビキニしかないの?」
「へ?」
「び、ビキニなんて恥ずかしいじゃない!」
でも、私今まさにビキニを買ったところだし。というと、夏碕ちゃんは「えーっ!?」と叫ばずに、表情で表した。信じられない、みたいな。
「着るの!?」
「き、着るよ!着るから買ったんだし!」
「そ、そうだよね……やだ私ったら…………」
「ほ、ほんとに夏碕ちゃんは……」
何を言ってるのかしら。お互いにそう言いたくなった。
「でも…………はずかしい……スポーツショップで競技用水着とか」
「ダメ!かわいくない!」
なんか、私も最近カレンみたいになってきたような気がする……。でもこんなにスタイルがいいのに。ビキニ、絶対似合うと思うんだけどな。

三軒目。あんまりお色気お色気なのは苦手なのかなと思って夏碕ちゃんを連れてきたのは、スポーツショップではないにせよ、けっこうカジュアルな服を扱ってるお店だった。
「意識しなきゃ大丈夫!それに海に行ったらもっときわどい水着の人とかいるし!ね?」
「……本当?」
………………多分。
ていうか恥ずかしがってると逆にえっちくさくなりそうだし。
「はい!見立ててあげるから!んーと、これは?」
「わー……派手……」
「じゃあ……これ」
「ひっ……紐!?」
なるべく夏碕ちゃんっぽい色柄を選んでいたけど、どうもデザインがお気に召さないらしい。さすがに私も紐パンはないと思うけど。
「こういうのはちょっと違うよねー」
私が手に取ったのは、「アメリカンなプレイガール★」って感じの、そのまんまなんだけど星条旗柄のビキニだった。
「いや……それにする……」
「そっかそっか、これに………………えっ!?」
派手だしこれワイヤーとか入ってない三角ビキニだよ!?と言おうとしたらショップの店員さんに声をかけられてしまう。
「お客様、申し訳ありませんがまもなく閉店時間ですので……」
ああもうそんな時間なのか。意外に時間かかっちゃったな。
「すみません。あのこれ、いただけますか?」
夏碕ちゃんの決断は信じられないくらいに早かった。閉店間際ってのもあるかもしれないけど。お店の人とサイズの確認をしている夏碕ちゃんの後ろで、私は手に取っていた水着をハンガーに掛けなおしていた。
お店を出てから、夏碕ちゃんに聞いてみる。
「アレでよかったの?」
「うん」
「なんで?」
「だってズボンついてたから」
ああ……なるほど。ってことは、海に入る気はないのかな……?

20100730