虹のワルツ

26.今はまだ名前をつけたくない(琉夏)


海水浴、超楽しかった。美奈子ちゃんも夏碕ちゃんも、二人の水着姿も拝めたし。で、今週は花火大会なわけだけど。
……確かに言い出したのは俺と美奈子ちゃんだよ?
でもほったらかしってのはちょっとひどくない?

型抜きの屋台を見つけて懐かしそうな声を上げたのは美奈子ちゃんだった。
「わあ!まだあるんだ!」
「懐かしいな」
「琥一くん、やったことあるの?」
「あるなんてもんじゃねーよ」
云々。そんな会話をしている二人をきょとんとした顔で見ているのは夏碕ちゃん。
「かたぬき?」
「夏碕ちゃんはやったことないの?」
俺が聞くと、ていうか知らない、と首を振られた。ちょっと珍しい。
「じゃあやってみる?」
今日は縁日を回る時間も考えて早めに集合していたから、多分大丈夫だろう。
ということで、一人一枚ずつ挑戦することになった。
「この板に彫られてる溝のとおりに、画鋲で抜くんだ。難しい形ほど賞金も高い」
コウが説明するのを、夏碕ちゃんは神妙な顔で聞いていた。俺はコマ、美奈子ちゃんは閉じた傘にすでに挑戦し始めている。
「コツはな、一気にやるんじゃなくてこの溝を徐々に深く掘っていく感じでやるといい」
えー、そういうことは早く言ってよ、と美奈子ちゃんがぼやく。彼女の手元を見ると、傘のもち手がすでに折れていた。美奈子ちゃんって、
「意外に不器用なんだ?」
「そんなこと言ってると失敗するよ」
手持ち無沙汰な美奈子ちゃんに見られていたせいか、俺のコマも細い部分にさしかかったところでボッキリ折れてしまった。
「あーあ。オマエが変なこと言うから」
「人の所為!?」
で、結局他の人の邪魔になるから台からはなれて、コウと夏碕ちゃんが抜き終わる、または失敗するのを待っている。
が、中々時間がかかる。横顔が二人とも真剣そのもの。
「………………暇だね」
「…………うん」
これはあと数十分はかかりそうだ。
「コウ、俺たちちょっと他所まわってくるから」
「おう」
「夏碕ちゃん、終わったら電話してね」
「うん」
なんとも気のない返事だ。聞こえてはいるんだろうけど、理解していそうにない。
「じゃ、俺たちは射的でもやる?」
「うん、行こう!」

というわけで期せずして別行動になってしまった。俺と美奈子ちゃんはデートだと思えばいいけど、あの二人はどうなんだろう……。
俺は美奈子ちゃんと一緒に射的の屋台に行って、見るからに安物のブレスレットを当てた。俺が「欲しいのあったらとってやる」って言うと、どうせ碌なものは並んでいないだろう景品の台を指差して「あれ!あのブレスレット、綺麗。あれが欲しい!」というこの子はきっと、値段とかにこだわらずに好きなものを見つけることができる、純粋な女の子なんだろうな。
「すごい!ありがとう!」
とっても嬉しい。そう言って笑う美奈子ちゃんの顔が、俺は本当に好きだ。
「大切にする」
「そんな、たいしたものじゃないだろ?」
「ううん?だって琉夏くんがとってくれたんだもの」
まるで宝物のようにそれを握り締める美奈子ちゃんを見ているのがちょっと照れくさくて、俺はブレスレットを左腕に付けてあげた。
透明とピンクの、正二十面体をしたガラス玉は、華奢な手首によく似合う。
なんだか本当に二人きりでデートに来たみたいで、俺はちょっとだけ罪悪感みたいな居心地の悪さを感じた。
「あ、あれ……琥一くんたち!」
美奈子ちゃんが背伸びをして手を振る方向に、やたら上機嫌の二人の顔が見えた。
「その様子じゃ、賞金ゲットできたみたいだな」
「コイツすげえぞ。初めてなのに雨傘抜きやがった」
へえ。雨傘は5リッチだったっけ。ちなみに閉じた傘とコマはどちらも3リッチ。
「琥一くんもすごいよ?私の二倍稼いだんだから」
「うわっ、さすが……」
「じゃ、俺は焼きそばとイカ焼きとわたあめ」
「なんでそーなんだよ」
二人して器用なんだな。本当に似てる。兄貴と、お姉ちゃんだ。
「あっ、ていうか、ごめんね……夢中になっちゃって……」
よほど嬉しかったのか、夏碕ちゃんが思い出した!といった顔をした。
「ううん!楽しんでたならよかったし、私たちも楽しかったから」
これ、とってもらったの。美奈子ちゃんは左手首を夏碕ちゃんに見せた。なんか、そういうことされると照れる。
「わぁ……綺麗…………ん?取るって?」
「射的だよ、そこの屋台の」
「へえ……琉夏くんもすごいじゃない……でも本当、綺麗だね」
夏碕ちゃんがうらやましそうにブレスレットを見つめていたので、俺は照れ隠しを兼ねてコウを促した。
「コウもとってあげなよ。得意だろ?射的」
ま、俺のほうが得意だけど。怪訝な顔をするでもなく、多分臨時収入を得て上機嫌だったコウは夏碕ちゃんを促した。
「……ま、そうだな。おい瑞野、どれがいい?」
「え?」
「あれ!私と色違いの!」
美奈子ちゃんが指差した先には、透明と水色のガラス玉がついた同じデザインのブレスレットがかかっていた。
「おめーにゃ聞いてねえ」
「そうだけど……まあ参考意見として」
「なるかよ」
「ふふ……でも、うん、私もアレがいいな」
そうだな。夏碕ちゃんにあの水色のブレスレットはよく似合う気がする。
「おう、任せろ」

こうなったからにはカッコつけのコウは外せない。もちろんものすごい集中のおかげで一発で獲物をしとめたわけだけど。
俺がそうしたように、夏碕ちゃんの手首にブレスレットをつけるコウを見ていた。というか、二人がかもし出す雰囲気みたいなものに。
ひょっとして、俺と美奈子ちゃんも同じような、ちょっと間に入りがたい空気を纏っていたのだとしたら。そう考えるとなおさら照れくさい。
「ありがとう……大切にするね」
「あ?安物だろこんなの」
「値段とか、関係ないよ。琥一くんが取ってくれたんだから」
わー。デジャブだ。なんだか俺まで気恥ずかしくなるし、美奈子ちゃんもニコニコしているもののちょっと顔が赤い。
「そ、うか」
コウも照れてるし、夏碕ちゃんは手首を見つめてうっとりしているような、穏やかな笑顔だ。なんかこういうの、むずむずする。
「そろそろ花火が始まるね、行こうか!」
無駄に大声で言ってしまった。ほら、俺たちまだ子供だもん、そういう艶っぽい雰囲気はまだ早いよ。でも俺たちはもうすぐ大人にならなきゃいけない。ずっと4人でいられないのはわかってる。わかってるから、俺はギリギリまで引き伸ばしてみせるよ。悪いことしてる、その自覚は十分にある。
少なくとも今年は、まだ4人でくだらないことを言って笑っていたいから。
「今年はもうりんご飴は買わない」
「賢明だな」
「ビーチサンダルで来たコウもな」
「え?あら、ほんと」
「ばっ!言うなよカッコわりぃ」

こんな風に。

20100730