虹のワルツ

35.あいつの笑顔を見る方法(琉夏)


「もー!琉夏くんはしゃぎすぎ!」
だって楽しいんだからしょうがない、こんにゃくぶつけ係。
出入り口のところでオバケの衣装、白い着物の美奈子が両手を腰に当ててぷんすか怒っている。ちょっとかわいい。
「お客さんがべとべとになってるじゃないの」
「でも好評でしょ?」
「う……まぁ確かに、大迫先生が財布を落としていくくらいには好評だけど……」
「なにそれマジ?アハハッ!大迫ちゃんウケる」
俺が腹を抱えて大笑いすると、美奈子は両腕を組んでじとりと睨んできた。うん、お化け屋敷が好評なんであって、俺のこんにゃく投げが好評なわけじゃないのはわかってる。
「――ゴメン」
「次はもうちょっと考えて投げないとだめだからね?」
わかった?と顔の前で人差し指を立ててお説教する美奈子が、またかわいい。緩んでしまう頬が自分でもわかる。
「っていうかなんで出てきたの?」
「休憩。他のやつと変わってもらって出てきた。回るだろ?一緒に」
出来る限りの平静を装って、ほんとに何気ない風に言ったそれは、俺の精一杯だ。精一杯強がってるから、ヤダなんていわれたらショックでこんにゃく係やれなくなるかもしれない。もしくはこんにゃく投げつけ量が倍加するかもしれない。
「私と?」
「そ。ほら、見たいとこいっぱいあるだろ?俺も連れてって?」
「うん、そうしよう!着替えてくるから待ってて!」
にっこり笑った美奈子につられて、俺も自然と笑顔になる。見てる方がすごくあったかくなる笑顔、自然にそういうことができる人は中々いないと思う。
俺は美奈子が着替えてくるのを待つ間、廊下に立って時間を潰しそうと思った。けど、なんかいろんな人に声をかけられそうなので大人しく、お化け屋敷の入り口脇にぼんやりと立っていた。美奈子と入れ替わりに客引きに出てきた女の子をよそに、俺はぼうっとしていた。

「琉夏くん」
そんなに長い時間じゃなかったけど、ぼうっとしていた俺は不意に肩を叩かれて驚いた。首を回すと、そこには夏碕ちゃんと、それから後ろに二人の女の子がいた。
ええと、新体操部の子だ。切れ長な目に黒髪のクールビューティーな方が確か、井上さんで、アヒル口のおっとりした感じで明るい髪色の子が、ええと何ちゃんだったっけ。昔のアニメのキャラクターと同じ名前で呼ばれてた……あ、髪が二つ結びだから、アッコちゃん?
「お客連れてきたよ」
「いらっしゃい」
営業スマイルを浮かべても、二人は特にきゃいきゃい言うわけではなく、にっこり笑って「お疲れ」とか「繁盛してる?」とか、そういうことだけを口にした。なんというか、類は友を呼ぶって言葉は本当なんだなと実感。
夏碕ちゃんの手には、小さな茶色い紙袋がある。よく見ると、井上さんとアッコちゃん(仮)の手にも同じのがある。俺があんまり見つめていたせいか、夏碕ちゃんは笑いながら、
「これ、一年生が駄菓子屋さんやってるから買ってきたの。琉夏くんも行ってみれば?」
「そんなのあるんだ?他にもおいしそうなお店あった?」
「うーん……あ、二人のクラスがクレープ屋さんやってるよ?」
「マジ?それ行くからさ、俺におまけして?クリーム2倍とか」
俺が二人にそう言うと、井上さんが何か思いついたように口を開いた。
「ああ、それはいいけどさ、じゃあ交換条件」
「何?」
俺、あんまり二人とは親しくないけど何だろう。お互いにちょっと歩み寄って、俺は井上さんから話を聞いた。
井上さんの申し出はこういうことだった。去年から(元)新体操部の三年生がステージでバンドとかダンスとかを披露していて、もういっそそれを新体操部の伝統にしたいし、来年は自分たちも何かやりたいけど夏碕ちゃんが首を縦にふらないので俺からも説得してほしいとのこと。
「夏碕ちゃんがバンド……」
「や、別にバンドじゃなくてもいいけど」
「イノ……やらないってば……」
困った顔の夏碕ちゃんは、ステージ映えすると思う。ダンスは、新体操の演技中の身のこなしから察するに上手いだろうし、バンドは中々意外性があっていいかもしれない。そう言うと、アッコちゃん(仮)が嬉しそうに、是非美奈子からも言うように伝えて欲しいと付け加えた。
「外堀から埋めるとか……」
夏碕ちゃんが眉尻を下げている。いつもお姉さんな夏碕ちゃんが困ってるのを見るのって、新鮮でちょっと楽しいかもしれない。
「だってクレープかかってるからね?」
「割に合わないよ」
夏碕ちゃんは、さっき美奈子がそうしたようにぷんすか怒ってみせた。
「ウソウソ。でも夏碕ちゃんがドラムとかやってたらかっこいーと思うし、来年はもっと目立ってもいいんじゃない?」
今年のお化け屋敷だって、夏碕ちゃんなら超目玉の役どころを狙えたはずなのに。サダコって役柄を。コレ言うと怒られそうだから言わないけど。
「あー!ほら、美奈ちゃん来たよ?一緒に行くんでしょ?」
地獄で仏みたいな顔をして夏碕ちゃんが指差した方には、確かに制服に着替えた美奈子がいた。
「え?あ、ホントだ」
美奈子は俺たち四人に手を振っている。どうやら顔の広い美奈子は、新体操部の面々とも仲がいいみたいだ。井上さんたちも笑顔で手を振ってる。
「じゃ、私たちも中に入るから!」
「バイバーイ」
三人は俺に小さく手を振ってお化け屋敷の中に入っていった。美奈子とすれ違いざまに二言三言言葉を交わしながら。

「えっとね、まずはミヨの美術部の展示に行って、それから……」
教室を出てから、美奈子は小さな指を折りながら観るべきものと観たいものを次々に挙げていく。どこのクラスの誰それが勧めていたとか、あのクラスのあの子が是非来て欲しいって言っていたとか。そういう付加情報まで丁寧に説明してくれるものだから、俺が口を挟む余地なんてものはまるでなく、まあそもそもそんな気もなかったからいいんだけど、とにかく楽しそうな顔を見て心があったかくなる反面、どうしようもなくむずむずするような気持ちもあった。
オマエは、誰とでも仲良くできる、心根の優しい子。俺はそんなところが好きだよ、とても。
だけどそういうオマエの態度が、ときどきすごく不安になる。
お前の中で、俺はその他大勢とイコールなのか、その他大勢よりも一段上にいるのか。知りたいけど、知るのが怖い。

というか、そこから先に進んじゃいけないんだ。
「すみません、体育館に行きたいんですけど」
ちょっとだけ年上に見えるお姉さん二人組に声をかけられた。去年やってた案内係のせい、だろう。
美奈子は井上さんたちのクラスのクレープ屋さんで、トッピングを何にするか迷ってる。ちらとそちらを窺うと、ぱたっと視線が合った。こっちの様子に気づいて慌てて走りよろうとするのを、俺は手で制した。
ほらね。俺はこれ以上望んじゃいけないんだ。
ほんの短い間だったけど、一緒に回れて楽しかったから。
そんな気持ちを込めて美奈子に笑いかけると、悲しそうな顔をしてくれる。
……ありがとう。
俺はお姉さんたちに向き直る。
「あいよ。二名様ご案内」
おどけたフリをして、体育館の方に向かって歩き出す。ひそひそと何事かを話していた二人を体育館まで連れて行くと、ポケットの携帯が震えた。
美奈子からだ。
メールの文面は、美奈子の笑顔みたいに俺を笑顔にさせた。

『クレープ屋さんの前で待ってるよ!^^ まだ休憩時間あるから、次はたこ焼き屋さんだ!』

20100901