花京院千夏のみる夢(2)

 ガラスの瓶だ。

 空気のぽつぽつが混じって、標本のように固められている。

 棚板の上、ガラスの瓶だ。

 右隣には白い砂時計、左隣には外国語の本。上の段には茶色い背表紙、下の段には緑の背表紙が並んでいる。

 本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。

 本棚の前では女の子が手を伸ばしている。その傍らで、彼女が上まで手を伸ばせるように抱きかかえようとしている、背の高い少年がいる。

 腰高窓を挟んだ二棹のうち右側の本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。

 向こう側がうっすらと透けて見える、白いレースのカーテンが風に揺れている。その合間を潜り抜けるようにして、外からの若草のかおりが感じられる。

 広い洋間の南側の壁の腰高窓を挟んだ二棹のうち右側の本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。

 古い応接セットには、不注意でつけられてしまった傷跡がいくつも残っている。それは時が流れるのとともに味わいとなって、持ち主の心にも特別な感情を刻むのだろう。

 白い洋館の広い洋間の南側の壁の腰高窓を挟んだ二棹のうち右側の本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。

 少女は扉を開ける。そこには彼女のもっとも愛する人がいる。両親でも家族でもない。けれど誰よりも彼女の魂を理解してくれる存在。そして彼女もまた、彼の魂を深く理解しているつもりだった。

 とある閑静な住宅街、白い洋館の広い洋間の南側の壁の腰高窓を挟んだ二棹のうち右側の本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。

 どうしてそんな古ぼけた本を抱えていたのかわからない。読んでもらおうと思っていたのか、それとも彼が探していたものを掘り当てた喜びか。彼女は思い出そうとする。小さな頭で必死に考える。考え、思い出そうとしても、告げるべき人はもうそこにはいなかった。

 風吹きすさぶ草原の中のとある閑静な住宅街、白い洋館の広い洋間の南側の壁の腰高窓を挟んだ二棹のうち右側の本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。

 魂はどこへ流れるのかと尋ねられたことがあった。どうして彼が、年端もゆかない少女にこんなことを尋ねたのかはもはや誰にもわかりはしない。魂はどこへ流れるのだろうか。枯れ草のにおいを胸いっぱいにためて、彼女は思いをめぐらせる。もしも答えを出したのなら、もう一度彼が帰ってくるだろうか。

 ここはガラスのドームの内側で、風吹きすさぶ草原の中のとある閑静な住宅街、白い洋館の広い洋間の南側の壁の腰高窓を挟んだ二棹のうち右側の本棚の棚板の上、ガラスの瓶だ。



 風が吹いている。
 波音が聞こえる。
 誰かが歩いてくる。

 さざなみが揺れる。