ソロモン海域でつかまえて!



Vol.5 “最強”の笑顔

 こんにちは、ララァ・スンです。突然ですが戦争が始まりました。
 そう、これこそ後の「一年戦争」です。



「それは…もう決定済みのこと、なのでありますか…」
「うむ…」

 宇宙要塞、ソロモンからサイド3に帰還しているドズル・ザビ中将に呼ばれたジェーンバーキン中佐。
 何を言い渡されたのか解りませんが、見たこともない落ち込みぶりです。

「中佐にはすまないと思っているが」
「いえ、元は私が言い出したことでありますから」
「…それでは、伝達の方は頼んだ」
「はッ…」

 失礼します、と言い置いてジェーン中佐はドズルの部屋を後にします。重い足取りで向かうのは自室です。軍人に限らず、いくら落ち込むことがあっても仕事はしなきゃいけませんし、誰も何も待ってはくれません。ぼんやりしてミスをしでかすかもしれないと思ったのでしょうか、ジェーン中佐は自分の頬を両手で叩いて気合を入れています。なんだか、私にも痛々しく見えます。


 一方、コチラはジェーン中佐の執務室で書類を整理しているガトー中尉です。ここ最近、彼は渋面が張り付いたまま。
 その理由は戦争、そう、半分は戦争のせいです。
 人として、戦争という行為の罪悪はわかっていながらも、軍人としての彼は活躍の場を得られるかもしれないと言う期待を抱いています。それは全て公国のため。自分が戦うことで、何かを得て、守れるのならば。いつの時代も戦う男の考えることは同じなのでしょう。
 しかし彼にそのような場はありません。毎日毎日、本国の兵舎で書類を分けているだけ。それが全く役に立たないことだとは言えないけれど、それでも士官学校を卒業した身としては釈然としないのでしょう。
 たとえ、命を失うことがあっても戦場に身を投じたい。だがそれが叶わない。
 だからこそ、彼の眉間の皺は深まるばかりだったのです。

 キィと、心持ち静かに開いたドアに、彼が視線を滑らせると、上官であるジェーン中佐が瞼を伏せたまま入ってくるところでした。

「すみません、書類はもう少しで全部、片付きます」
「え?…あぁ、そうか」

 いつもなら、「馬鹿者!そのくらい5秒で終わらせろ!」と言いそうなものを、今日のジェーン中佐は心ここに在らずといった返答です。

「…どうか、しましたか?中将閣下に何か…」

 さすがに変だと思ったガトー中尉は、腰を上げかけます。それをジェーン中佐は手で制します。

「なんでも、ない。喉が渇いたな」
「用意します」
「いや、私がやろう」

 ふっと力なく微笑んだジェーン中佐の表情は、儚げで、今にも消えてしまいそうでした。

「これが、最後かもしれないから」


 残った書類の整理を進めながらジェーン中佐の小さな背中を盗み見るガトー中尉の挙動は、むしろ中佐の背中を見つめ続ける合間に書類を整理する、と言ってもいいほどでした。
 あんなにワガママだった人なのに。
 そう、思ってしまうくらい、力の無い動き。
 そのワガママに振り回されるのにも慣れて、いつしかそれが当たり前になって、それでも時々、とんでもない雷が落ちてくる。
 きっと「戦場に行きたい」なんて言ったら、100叩きどころじゃすまないだろうな、と、中尉は今まで思い続けていたのです。けれど、出来うることならば、ジェーン中佐を守るのは自分でありたいとも。
 最後、とは。どういうことなのだろう。うすうす感づいている自分を押し殺しながら、彼は上官をいつまでも見つめていました。

「待たせたな」
「いえ」

 いつもよりも言葉少なな二人の前に置かれたティーセットは、マ大佐が地球から送ってくれたもの、らしいです。
 旧世紀のものでありながらも、まだ美しさをとどめているそれらは一体どこの誰から接収されたものだろうなと、ジェーン中佐は思います。戦争。瞼を下ろしたジェーン中佐は思い切ったように、手に持っていたカップを置き、息を吸うのでした。

「ガトー」
「は」
「…お前の、転属が決定した」
「……え?」

 カップの持ち手をさするようにしていた指先を止め、ジェーン中佐の毅然とした瞳はガトー中尉を捉えます。

「ソロモンだ」

 宇宙要塞、ソロモン。
 アステロイド・ベルトから運ばれてきた小惑星を元に建造された宇宙要塞。
 そこは戦争の進み方によっては前線基地にもなりうるし、誰もが考えたくも無いことではありますが、戦場にすらなるかもしれない場所。
 ジェーン中佐は立ち上がり、弾かれたようにガトー中尉も腰を上げます。向き合った両者の表情は硬く、ガトー中尉はともかくジェーン中佐は自分を押し殺しているのを悟られまいと、必死でした。

「それに伴い、アナベル・ガトー中尉を大尉に任官する。正式な辞令は、ソロモンに赴いてからドズル中将から拝領するように。なお、ソロモンでの勤務内容はMS部隊だ。大尉も小隊を任されるらしい。心して臨む様に」
「中佐…、」

 何かをこらえるように、そして反論も抗弁も受け付けないように、ジェーン中佐は途切れない台詞を続けます。

「ソロモンへの移動は明後日だ。急ではあるが、これも公国のため。急ぎ、支度を済ませ、明後日の便には間に合うようにしておけ」
「中佐!」
「…まだ、ドズル中将は執務室にいらっしゃる。挨拶だけでも、してくるがいい。」
「しかし…!」

 強張り始めた表情に、堪えられない、そう視線で訴えるガトー大尉、もう、大尉なのですね。その彼を直視できずにジェーン中佐は空に視線を泳がせ、震える声で促します。

「行けと言っている」
「………わかりました」

 今のジェーン中佐に、何かを言っても無駄だと悟ったようなガトー大尉は敬礼をし、ドアの方へ歩みを進めます。ゆっくりと、踏みしめるように。
 ああ、それで最後なのかもしれないなんて言ったのかと、ガトー大尉は遅まきながら気づいたのですが、それももう後の祭です。もう振り向くことすら許されないような空気に拳を握り締め、自分の心が一体、どこを向いていたのかをぼんやりながらも自覚し始めた彼を、呼び止める声。

「ガトー大尉、」

 彼女は、無理をしているのだろうか、自惚れても、いいのか。
 思わず、それが勘違いではないことを祈りたくなるような、泣き出しそうな笑顔で見送られるガトー大尉に、ジェーン中佐は敬礼を送りました。そして、それはきっとそのときの彼女の、精一杯の強がりだったのでしょう。

「貴殿の活躍を祈っている。ジーク・ジオン!」

 それは一見晴れやかな、けれどすぐにでも消え入りそうな笑顔だったのです。

20090315